第23話 夕陽の脱出
玉座に戻ったカイル達五人が見たものは血みどろになって殴り合いを続けるクシナとアジーダ。体の半分が焼け爛れたヤトと微笑むミトラ。そして瘴気を垂れ流す王の残骸。
それらを見て真っ先にカイルが勝ち誇る。
「何やってんのさ二人とも。もうこっちは片付けちゃったよ」
「すみません。僕じゃ負けないけど勝てない相手だったので」
「うるさい」
素直に謝るヤトとは違い、クシナは悪態一つ吐いてアジーダの顎に頭突きをしてから離れる。粉々に砕けた顎を押さえたアジーダも他の面子を見て戦う気勢がやや削がれた。
状況は変化したが好転しているわけではない。それを一番知っているミトラは余裕を崩さない。
「あらあら大勢ね。でもここは数の多さを競う場ではないわ」
「かもしれないけど、まずはやれる事をやるだけさね」
そう言ってドロシーは前に出る。彼女が向かう先は瘴気を放つ哀れな躯。
彼女が歩けば錫杖の遊環がシャンと鳴る。その澄んだ音が一つ鳴るたびにドワーフ王は小刻みに震える。
さもありなん。元より神官の錫杖は魔を払い魂を鎮めるために生まれた浄罪の術具。輪が鳴らす音一つが不死者を鎮め魂を清める。
それだけではない。神官たるドロシーの軽やかな足運び、滑らかな手の動き、流れるような髪、吐き出される吐息。そのどれもが意味ある浄化の儀なのだ。
そして彼女は囚われた古き王の前で錫杖を手に鎮魂の舞を披露する。彼だけのために。瘴気は既に止まっていた。
それを誰も止めない。ミトラもアジーダも。誰もが彼女と王に見入っていた。
演舞は短い時間で終わり、躯は完全に動きを止めた後、音を立てて崩れ始める。
「もう二度とこっちに来るんじゃないよ」
ドロシーの厳しい言葉に崩れゆく髑髏が笑ったように見えたがただの錯覚だろう。唯一残った王冠だけが王が居た証だ。
すべてを見届けたミトラは惜しみない拍手で応えた。嫌味ではない。本心から素晴らしい物を見たからこそ拍手で応えたのだ。
「いつ見ても浄罪の舞は良い物ね。今日は良い気分になれたから、もうおしまいにしましょう」
「勝手な物言いと言いたいですが、これ以上貴女と関わりたくないのでさっさとどこかに行ってください」
「嫌われたものね。じゃあ、ご機嫌直しに一つ良い事を教えてあげる。貴方に相応しい剣がこの国の王都にあるから探してごらんなさい」
ヤトはミトラの言葉の真偽と真意を測りかねる。まさか本当にご機嫌取りのために情報を与えたわけではあるまい。しかしここで何か言うとその分だけ彼女と関わる羽目になるので黙るしかない。
内心を見透かしているミトラは相変わらず読めない笑みを張り付けたまま幻のように姿を消していつの間にかアジーダの隣に現れる。ボコボコで血まみれになった彼に呆れるが、本人は無視してヤトを指差す。
「今回は残念だったが、次に会ったときはお前とだ。忘れるなよ」
砕かれた顎は治っており、アジーダはそれだけ言って二人は唐突に姿を消した。
残された七人は多少の警戒心を残しつつ、ドロシーがまずヤトとクシナの治療をするように勧める。
「忘れ物をしてたわ」
唐突に戻ってきたミトラに全員がギョっとするが、彼女は構わず玉座の後ろの床を錫杖で突いた。すると部屋の全体が揺れ始めて天井が崩れ始めた。ミトラが何かしたのは間違いない。
「お約束の脱出劇というやつよ。行きは良い良い帰りは恐い」
やりたい放題やった女は今度こそ消えた。
「呆けてないで逃げるよみんなっ!!」
ドロシーの言葉に全員が出口に殺到した。その前にヤトは残っていた王冠を回収してカイルに渡す。
大広間も玉座の間と同様に崩壊が始まっていた。無数の石柱は倒壊して見事な彫刻をただの石に変えて、天井の崩落はそれらを等しく埋める。
その中を七人は焦りながら、努めて冷静に駆ける。それでも運悪く自分達の頭上に落ちてくる巨大な石はヤト、クシナ、ロスタの三人がそれぞれのやり方で排除した。
短いようで長い道のりを何とか踏破した一同は休む間もなく坑道を抜けて精錬所まで辿り着く。
精錬所のある空間は既に半ばまで岩と瓦礫に埋まっており、帰り道になる坑道も巨大な岩で塞がれていた。これを破壊するには時間が足りない。
「どうしましょう、これじゃああたくし達全員生き埋めですよ」
ヤンキーが弱音を吐いてフサフサの毛の尻尾を垂らす。スラーも髭が萎れていた。
「大丈夫だよ。すぐ近くに外に抜ける道があるから」
カイルの励ましに獣人二人は希望を取り戻して言われたまま続く。
外に続く坑道も岩で埋まっているが、ヤトが剣で切り裂いて隙間を確保した。そこで剣が役目を終えたとばかりに半ばで折れてしまったが、誰もそんなことを気にしない。
坑道は罠にかかった死体がそのままだったが、幸いどこも崩れていなかったので慎重に罠を避けながら急いで抜ける。
突き当りの外への石壁は開ける手間が惜しかったのでロスタが槍で砕き、七人全員が欠けずに脱出した。外は既に夕暮れ時だ。
全員が荒く息を吐いて落ち着く。その後気が抜けたのか誰ともなく笑いあった。
「いやぁ今回はかなり危なかったですよ」
「おいどんも死ぬかと思いました」
狐と狸コンビが全員を代弁する。ヤトもカイルも戦場で死を間近に感じた事はあるが、今回のような危機はまた別だ。
命の尊さを確かめ合うのも良いが、このままここにいると外で野営する羽目になるのでヤトとクシナの治療を済ませたら急いで街に戻る事にした。
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