第22話 生と死の境界線



 予期せぬ形でドロシー達と挟み撃ちの形に持って行けたカイルとドロシーは余裕をもって残存兵力を殲滅できた。

 ひとまずカイルは彼女達に加勢の礼を言う。


「気にしなさんな。礼儀を分かってる同業者を助けるのは回り回って自分を助けるものさね」


「ところで他のお二人の姿が見えませんね。はぐれて―――――――――奥ですか?」


 ヤンキーが頭上の尖った耳をしきりに動かして音を拾って答えに行き着く。広間での戦闘中は気付かなかったが、奥からクシナの咆哮と凄まじい打撃音がここまで届いた。


「あの二人がここまで長引くのはちょと信じられないよ。僕達は行くけど三人は?」


「おいどんはまたクシナさんと大食い競争がしたいから行く」


 スラーの気の抜けた返事にも後の二人は笑いながら同意した。助けるつもりで同行するということだ。

 カイルは戦う相手の情報を簡潔に三人に伝えると、ドロシーは法を司る神官として死霊魔法に強い嫌悪感を露にする。ヤンキーも同様だ。スラーはいまいち分かっていないが二人に引っ張られてやる気は上がった。

 そして五人は未だ戦いが続く玉座へと急いだ。



 大広間での戦いは決したが、玉座の戦いは苛烈なまま続いていた。

 クシナとアジーダは血みどろの乱打戦を続けて互いに一歩も引かない。クシナが力任せの拳を叩き付けてもアジーダは平気で反撃の三連撃を食らわせる。両者ともに蹴りもあれば頭突きに身体を掴んでの投げ技を放ち、互いの血で全身がどす黒く染まっていた。

 俯瞰して両者の戦いを見るとアジーダの方が戦いを有利に進めているように思われる。

 元々クシナは右腕が無いので両腕があるアジーダに手数で劣る。それに彼女は比較する生物が存在しないほどに身体能力が高いが戦闘技術はゼロに等しい。相手はヤトに比べれば素人のようなものだが、それでも多少なりとも心得があるので攻撃を防がれて反撃を貰いやすい。技巧の粋は守備に露呈する。

 一番の問題は技巧で埋められる程度に両者の身体能力が近いという点だ。古竜のクシナと攻防で引けを取らない生身の男など存在そのものが冗談であり、ただの人間とは思えなかった。

 実はアジーダもまた古竜が人の姿を模していると言われた方が納得するが、クシナは彼を同種とは思っていない。

 ヤトと出会う以前に何度もオスの竜と戦ったが臭いが違う。かと言って今まで出会った人間やエルフのような人類種とも違った。

 未知の存在と殴り合いを続けるクシナは苛立ちいい加減うんざりしていた。どれだけ殴りつけても相手は死なないどころか平気な顔で反撃してくる。

 ヤトとの戦いはかくも楽しいものだと新鮮な驚きに満ちていたが、今回の相手はただただ面倒くさいとしか思えなかった。

 さっさと終わらせようと力を込めた一撃も思うように当たらず、逆に何度も攻撃を貰ってしまいストレスが溜まるばかりで余計にイライラしてしまう。

 今も鳩尾に全力の拳を打ち込んで膝が落ちても、すぐさま立ち上がって殴り返してくる。それも四発もだ。大したダメージではないが腹が立って仕方がない。

 クシナとアジーダの戦いの決着はまだ遠い。


 一方ヤトとミトラ及びドワーフ王の亡骸との戦いも膠着していた。

 普通の相手ならとっくに決着がついているが、今回はただ斬って終わるだけの相手とまるで勝手が違った。

 なぜならヤトは既にミトラを百回は斬っているのに一度たりとも傷を負わなければ流血も無い。服にすら傷が付かない。そのくせ斬った手ごたえは一丁前にあるのだから気持ちが悪くて仕方がない。もしや剣が効かないと仮定して素手で攻撃をしてみても結果は同じだった。

 何かカラクリがあるのは確かだが剣で攻略出来ない以上は自分には対処する手段が無い。

 よって遺憾ながら今はミトラを無視して瘴気をまき散らすドワーフ王を先にどうにかしようと度々攻撃している。

 気功術は瘴気に阻まれて威力が損なわれてしまうが多少はダメージが通るので連続して『颯』をぶつけて弱らせ、瘴気が弱まった箇所に気功剣『風舌』≪おおかぜ≫を叩き込む。両断されたドワーフ王は声無き絶叫を挙げてのたうち回る。


「はい、やり直し」


 ミトラの気の抜けた言葉によって王の身体は元通りになる。これも何度も見た光景だ。

 ならば剣を突き刺してから刺し口に直接聖水を流し込む。悶え苦しみ瘴気をまき散らすのでヤトはまともに瘴気を受けて身体が焼け爛れるが無視してさらに気功を練る。


「『旋風』≪つむじかぜ≫!」


 気功の竜巻によって内部からかき回された無数の骨が部屋全体に飛び散った。これならと思ったが、やはりミトラが錫杖を振るうと骨が一か所に集まって元の姿に戻ってしまう。

 これにはヤトも閉口するしかない。おまけに無理をしたせいで剣が瘴気で錆びてボロボロになってしまった。まだ剣として使えるだろうが、あと数度が限界だった。

 こうなると頭には撤退の言葉が出てしまう。クシナとの戦いにも考えなかった言葉だ。


「あらあら、もしかして逃げようと思ってるの?」


 ヤトの心を読んだようにミトラが嘲笑する。やはりこの手の女は苦手だ。しかし嘲りを受けても不思議と苛立ちも不快感も感じなかった。あるのは考えを読まれる苦味だ。


「ええ、そうですね。貴女の人形遊びに付き合うのも飽きました。そして生きてもいなければ死んでもいない輩の相手なんて無駄の極みですから」


「ひどい言い草ね。私はこうして貴方と話をしているわよ。それは生きている証拠じゃないかしら」


「死体が喋った所で驚くほどでもないですが、さっきも言いましたが貴女はどちらでもない気がする。あなたは止まっている……違う。ここにいるけどここにいない、これも正しくない。ズレた場所に留まっている…か。上手く言葉に表せないけど、場違いですね」


「貴方は――――――いえ、まだ早いわね」


 ミトラは何か言いかけたが結局止めた。その時ヤトは初めてミトラの本心の一片を見たような気がしたが、戦い以外は割とどうでもよかったのですぐさま忘れた。

 そしてこの問答がカイル達との合流する時間を作った。


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