第13話 旅の仲間
翌日、サラ王女の一行はダリアスの街を無事に出発した。
予想通り門衛は一行を総出で送り出した。やはり前日の火事と領主の不在で意思疎通は全く出来ていなかった。
首尾よく街から出た一行は西にある王都に続く街道を使わず、まずは北へと向かった。
ここで半日移動した後、先に出発していた盗賊ギルドの馬車と泉で合流。ギルド員と馬車を交換した。
流石に王家の馬車は目立ちすぎるので、彼等を替え玉にして目を惹き付けてもらうことにした。これらはギルドマスターのロザリーの発案だ。
そして何事も無く馬車を乗り換えた一行はそのまま旅を続けた。
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旅は既に六日を迎えた。
本来ダリアスの街から王都アポロニアまでは主要街道を使えば五日で行けるが、今回は大幅に迂回して旅をしているので倍以上の日数が掛かってしまう。
今日も北の山地の隙間を縫うような細い山道をどうにか通って宿泊予定の山小屋まで辿り着いた。
幸い馬車がギリギリ通れる幅の山道なので神経を使うが、襲撃を気にする必要はない。
道中の宿泊は大抵盗賊ギルドが所有する隠れ家を利用させてもらっている。寝具の類は置いていないが保存食や薪及び木炭の備蓄があり、十人もの人間が寝泊まりするには些か狭いものの、何より雨風を防ぐ屋根があるのが非常にありがたかった。
今は使用人達が山小屋を簡単に掃除している。狭い小屋でもせめて主人には埃臭い思いはしてほしくないというプロ精神だった。
アルトリウスはまだ本調子ではないが、ある程度身体が動かせるようになったので沢に水を汲みに行っている。サラはまだ彼を休ませたかったが、本人が鍛錬を兼ねていると言い張ったので好きにさせていた。
虜囚となったダイアラスは初日は非常に煩かったので猿轡を噛まして樽に放り込んで運んでいたが、用足しや食事のたびに自由にすると喚き散らしていた。それが目障りだったヤトが剣を首筋に当てて皮一枚切ると、途端に静かになった。以後は縛られて大人しくしている。
そしてヤトはどうしているかと言うと、彼は鹿を相手に追いかけっこをしている。理由は当然食べるためだ。
ヤトは粗食でも平気だったが、他の面々は長い移動で疲労が溜まっていたのと単調な保存食に飽きていたので、暇つぶしを兼ねて食料調達の鹿狩りをしていた。
手にはそこらで拾った長い枝に脇差を括りつけて作った即席の槍を持ち、カイルが待ち伏せしている窪地へと獲物を追い込んだ。
鹿は明らかに殺しにかかっている人間から必死で逃げており、周囲を気にする余裕がない。故に自身がどんどん逃げ場の無い地形に追い詰められているのを知らなかった。
それに鹿が気付いた時は既に周囲は山壁で囲まれており、どうにか逃げようとするも、その生は唐突に終わりを告げた。首に二本の矢が刺さっていたからだ。
力無く倒れ、血を流しながら失血する鹿を木の枝から見下ろすのは弓を構えた盗賊カイルだった。
一般にエルフの血を引く者は弓の名手が多いと言われている。それ例に漏れず、枝上の盗賊少年もまた弓の名手であった。
「それだけの弓の腕ならわざわざ追い込まなくても、遠距離から射止めるのも容易いでしょうに」
「チッチッチッ、分かってないねアニキ。狩りで重要なのは、気配を消して獲物に近づく技術と追い込みの技術だよ」
木から降りてきたカイルは自慢げにふんぞり返るが、ヤトはどうでもいいとばかりに倒れた鹿の皮を剥ぎ始めた。
無視されてもさして気にしないカイルは、獲物の解体を手伝わずに窪地の木の根元から食用キノコを採集している。ここで待ち伏せしている時に見つけていたのだろう。他にも食べられる野草を幾つか摘んでいる。
処理を終えた肉塊を担いだヤトは、同じく食材を抱えたカイルと連れ立って山小屋へと歩く。
「狩りや食べられるキノコも盗賊ギルドで教えてもらったんですか?」
「うん、母さん――――ギルドのマスターが役に立つからって、色々仕込まれたんだ。他にも現地で毒を入手する知識とか、薬の作り方とか」
カイルが母と呼ぶのは盗賊ギルドのロザリーだ。ただ、彼の話では血の繋がりは無いらしい。
山小屋までの間、二人は色々な話をしていた。と言っても殆どカイルが喋っているだけで、ヤトは程々に相槌を打っているだけだ。ただ、それでも普段より他者に関心を持ち、時折質問をしている。
自分とは修めた分野が異なるので戦う気は無かったが、カイルの斥候としての技術はそれなりに認めていた。
そしてカイルも何故かヤトをアニキと呼んで懐いている。他のサラやアルトリウスは客相手の一歩線を引いたような接し方、他の使用人も他人行儀が目につく。
理由は分からないが敢えて問う理由もなく、害は無かったので一行はそのまま放っておいた。
狩りから戻った二人は、何故か竈の火の番をしていたサラから食材を渡せと言われた。
理由を聞くと、今日の夕食は自分が一品作ると自信ありげに答えた。
「私も神殿で炊き出しを手伝ってましたから料理ぐらい出来ます」
「――――ふーん。一人で料理を作った事は?」
「今日が初めてです」
カイルの懐疑的なツッコミにも彼女は自信満々に答えたのを見た二人は非常に嫌な予感がした。というかほぼ確信した。
そしてその確信は数時間後の夕食に現実のものとなった。
――――その日の夕刻。
一行はいつものように火の周りを車座になって夕食を執っていた。
今日のメニューはカチカチに焼き固めた保存重視のパン。新鮮な鹿の香草入り焼き肉。キノコと鹿肉のスープだ。
旅先では塩漬け肉が主なタンパク源なので久しぶりの新鮮な肉はご馳走と言ってよい。それも鹿一頭となれば使用人も腹一杯食べられる。
普通に考えれば和気あいあいになりそうな食事だったが、今回はいささか趣が異なる。
サラを除く全員が無表情でスープを飲んでは水を口にしている。正確には無表情を繕って何かを我慢するように、だ。
「アルトリウス、その…スープの味はどう?」
「は、大変美味しいです。さすがサラ様の作っただけはあります」
「本当?良かった」
(嘘です。騙して申し訳ありません)
アルトリウスは大喜びの意中の女性を謀った事を心の中で謝罪した。
実際、サラの作ったスープは不味くて飲めないほどではないが、美味しいとは言い難かった。
『コクが無く、ただただ後味辛い』
スープの総評を著すなら、こうである。新鮮な鹿肉もキノコも煮込めばいいダシが出てコクがあるが、何故かそれが無く、ひたすらに塩気が強いのだ。せっかくの新鮮な食材が台無しである。
かと言ってきっぱり不味いと文句を言うほどでもなく、飲み干せるのが困りどころだった。だから周囲は王女の面子を潰すわけにもいかず、黙って食べていた。
誰もが微妙な味のスープを真っ先に飲み干して、メインディッシュの焼き肉を食べる頃、ようやく楽しい気分になった面々は談笑に興じている。例外はお代わりを何杯も勧められているアルトリウスだけだ。
談笑に興じている使用人の一人がカイルに話題を振った。
普通エルフの血を引くハーフや時々冒険者をやっているはぐれエルフは見た事あるが、古代エルフは実際に見た事が無い。そんなお伽噺のエルフが何故犯罪組織に居るのかを知りたがった。
「僕もよく知らない。ギルドの人達は、敵対する奴隷商の商品って言ってた」
あっけらかんと自分の過去を口にしたカイルを全員が凝視する。
彼の説明では、幼い頃に別の街の奴隷商を壊滅させた時に接収した商品の中に居たが、マスターのロザリーが気まぐれで手元に置いて盗賊として育てたらしい。
だからどこで生まれて、何時奴隷として攫われたのかも分からない。分かっているのは奴隷市の目玉商品のエンシェントエルフである事だけだ。
親兄弟も生まれた土地すら分からない少年を不憫に思う者は多い。しかし、本人はそこまで悲観した様子は無い。
「僕がどんな生まれなのか気になるのは確かだけど、寂しいとか辛いとか思った事は無いから。母さんは厳しいけど優しいんだ」
少年は少し恥ずかしそうにはにかむ。それだけ見れば、どこにでもいる年頃の少年だった。
カイルは自分のせいでしんみりした雰囲気になっていると気付いて、話題を逸らそうと元から興味のあったヤトの方に話を振った。
「アニキは凄いよね。傭兵ギルドを一人で血の海にしちゃうし、領主の館に一人で乗り込んで人質助けてくるし。凄く強いけどなんか強くなりたい理由とかあるの?」
「――――???強くなるのに理由なんているんですか?」
「へっ?」
真顔で質問を質問で返されたカイルは面食らう。そして他の面子、特に騎士であるアルトリウスが最も理解に苦しんだ。
「だって男に生まれたからには誰よりも強くなるのは当然じゃないですか」
「あっ、うん。そうだけど」
ある意味男なら誰もが理解して納得する理由ではあっても、誰も額面通りに受け取れない理由に沈黙が生まれる。
「誰よりも強くなろうとするのは男として共感するが、何のために強くなるのか、その強さをどう扱うかを聞いているんだ」
「それって必要な事なんですか?ただ最強である事を証明するだけで十分でしょう?」
何の躊躇いも無い言葉に、アルトリウスは理解不能な怪物とヤトが重なって見えた。
武門の貴族として生まれたアルトリウスにとって強さとは義務である。そこはヤトの考えに同調するが、あくまでも目的を果たす手段として強さを求めるものだ。
彼にとっての目的とは、すなわちサラを命懸けで護る事である。その手段として強さがある。
しかしヤトにはそれが無い。ただ、己が誰よりも強い事を証明するためだけに力を振るい、殺戮を繰り返す。
護るべき者は居ないが金に拘らない気質から、何かしら特別な目的のために強くなったと思っていたが、まさか己の強さを証明するためだけに闘争の世界に身を置くのは想像の埒外だった。
その上、凄まじい強さなのを軽々しく認めたくは無かった。
「―――――信じられん。そんな男が存在するなど」
「よく言われます。でも、僕も理屈をこねて強さを求める人がよく分かりません」
ヤトはアルトリウスのように誰かを護る為に強さを求める者はそれなりに理解している。
王族など貴人を護る事で利益を得る行為や家を政治的守護下に置いてもらうケースは珍しい物ではない。相互に利益を得る関係は健全である。
それを忠義や忠誠などと綺麗な言葉で糊塗しているのは迂遠に思うが、何事も建前を用意するのが礼儀だと納得している。
あるいは伴侶となった女性や意中の女性を護る事も、雄としての本能に素直な欲であり肯定もする。
そうした欲のために強さを求めるのは理解は出来るのだが、そもそも理由を作らなければ強くなれないのかと疑問を持っているのもまた事実だ。
『なぜ己が最強でありたいという理由の強者は居ないのか』
それがヤトには不思議で仕方が無かった。
「僕が目指すものは世界最強。天下無双。己がそうであるという証明。それで十分です」
鋼鉄のごとき確固たる意志であるがゆえに、ヤトは誰よりも孤高であった。
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