第7話 古兵の矛盾と葛藤



 ―――――朝。村の鍛冶場の前でヤトとナウアは顔を合わせて挨拶を交わす。

 卑劣な策略により戦う羽目になったナウアだったが、やる気はともかく装備に手は抜かなかった。頬まで覆ったヘルメット型の兜、銀色に輝く細かい鎖のチェインメイル、白銀のグローブと脛当て。村を警護するエルフの防具とは意匠が違って飾り気が少なく、より実戦的な装備と分かる。

 そしてより目に付くのが地面に突き刺してある長身のツーハンデッドソード。柄を含めた全長はそれなりに上背のあるヤトと同等。かなり背の高いナウアと比較しても長く幅広。これだけは他のオリハルコン製の防具と違ってミスリル製だ。


「お前と手合わせすると怪我を負いそうだから、私が若い頃に使っていたのを物置から引っ張り出してきた」


「本物の竜殺しの装備いいなぁ」


「言っておくがこれはやらんぞ。兄者からもお前に武器は譲るなと厳命されている」


 ナウアは物欲しそうな眼をしたヤトを牽制する。と言っても半分冗談だ。ツーハンデッドソードも使えない事は無いが長すぎて使いにくいので、例え本物の竜殺しの名剣でも体格に合わない武器は敬遠したい。

 それと兄者とは誰の事かと尋ねると長のダズオールと答えが返ってきた。意外と偉い人だった。

 話はここまでにして二人は戦いを始める。ヤトは鞘からレイピアを抜き払い、ナウアは地面から剣を抜く。後は互いに剣で語るのみ。

 対峙する二人の男。ヤトの佩剣も業物だったが、いざ剣を構えると互いの得物の差が如実に分かる。剣の纏うオーラや覇気が明らかに違うのだ。あるいはかつてヤトの佩刀だった赤剣『貪』なら互したかもしれないが今更折れた剣を惜しむのも女々しい。

 よって『今』の剣を信じて一歩深く踏み込んだ突きを放つ。朝日に照らされた剣身が六つの剣光を作り、かつての竜殺しを襲った。

 閃光のような速さの突きをナウアは柄と剣身の中ほどを握って剣を回転させて盾のように扱い神速の六連撃を全て防ぎ切った。初手は古兵の流麗にして剛の剣に容易くあしらわれた形になる。

 お返しとばかりに古の強者は剣を肩に担ぐような上段構えから一瞬で袈裟斬りを繰り出す。常人なら反応すら不可能な速さと破壊の権化のような殺傷力を有した一撃は読んでいたヤトに余裕をもって躱される。そのまま大振りの一撃で二の太刀を放てないナウアに突きを放とうとしたが、本能から踏み込む前に大きく後ろに飛んだ。その選択は正しく、踏み込んでいたら今頃返しの太刀で斬られていた。

 今の初太刀は誘いの軽い剣。本命は倍は速い返しの二の手だった。この間僅か五秒の応酬である。


「――――竜殺し。これほどとは」


「お前こそ、本当に五十年も生きていない赤子か。これほど強い人間は私の知る中でも三指に満たないぞ」


「それは誤りですよ。僕が一番強い」


 ヤトは言うなり切っ先で草花を巻き上げてナウアに叩き付ける。緑の吹雪が視界を覆うも神代の古強者は子供騙しと断じて、一気に間合いを詰めて勘で薙ぎ払う。

 勘は正しくそこにヤトはいたが、切っ先が前髪を僅かに落とすだけで通り過ぎ、空振った剣の腹に細剣の切っ先を当てて強制的にナウアの背を晒した。

 絶対的な好機を逃さず最速の突きを背に叩き込むはずだったが、回転を利用した後ろ回し蹴りでレイピアを弾く。普通なら足を斬られるが、ご丁寧に靴底にミスリル板を仕込んであったので靴底を少し切られるだけで済んだ。

 手を休めることなく追撃の剣が迫る。今度は刺突に加えて斬撃と殺気の塊故に極端に読み辛いフェイントを幾重にも織り交ぜた攻撃だ。

 上左右からの虚実織り交ぜた変幻自在の剣撃は実戦なら三度は相手の命を奪う凶剣であったが、老エルフの剣士はその全てを紙一重で防ぎ切り、あまつさえ反撃の一手でヤトの袖を裂いていた。


「今のは私の勝ちかな?」


「いえいえ、良くて引き分けですよ。ほら―――」


 茶目っ気を出したナウアにヤトは切っ先を見せつける。剣先には光り輝く数本の金髪が引っ付いていた。先程の剣戟を全て防げたわけではなかったのだ。

 二人は無言で口元を釣り上げて笑みを作った。

 今までの応酬で互いの基礎情報は把握した。力と速さは互角、戦闘センスはヤトに軍配が上がり、技量は数千年の蓄積のあるナウアが上を行く。あとは武器が如実に差を露にする。

 ―――――――ここより二人の戦いは常にヤトが仕掛け、ナウアが受ける形で百手を数えた。これは速さに勝るが剣の耐久性に劣るヤトが受け手に回るとナウアの剣を受け切れずに折ってしまう危険性故にだ。

 バイパーの街の商人から譲られたレイピアはオリハルコン製の業物だ。それに風の加護が付与されて恐ろしく軽いので普段以上の手数を繰り出せるが、竜の力を宿したヤトの力には到底耐えきれない。だから常に加減した立ち回りを余儀なくされる。おまけに今回の相手は隔絶した技量によってすべての攻撃を捌き切ってしまうし、いざとなったら分厚い両手剣を力任せにぶつけて細剣を叩き折ってしまえる。

 幸いこの戦いは稽古でしかなく、何が何でも勝つ必要が無いのでナウアはそんな無茶はせず、純粋に技量の勝負に収まった。

 裏を返せばヤトは手加減されているとも取れるので少し面白くない。ならばせめて技量でも勝っておかないと納得出来ないのだが、この限られた状況では負けはしないが勝つ道筋も見えてこない。

 最近こんな感じのスッキリしない戦いばかりでストレスが溜まる。それでも技量がどんどん上がっていく実感があり、稽古としては非常に充実した時間だった。

 そして実を言えば剣士として腕が上がるのはやっぱり嬉しかった。



 二人の戦いは実に千手を超えた所で、外からの来訪者によって止められた。


「おーい。ゴハン貰って来たから休憩だぞ~」


 草を編んだバケットを持ったクシナが大きな声を上げながら姿を現した。空を見上げれば日は随分と高くなっていたのでなし崩しに休憩する。

 滝のような汗を拭き、バケットから素焼きの瓶を貰って一息で飲み干す。中身はただの水だったが刺すように冷たく、火照った体に染み渡るほど美味かった。

 ナウアは鍛冶場からテーブルと椅子を持って来て使うように勧めて早めの昼食と相成った。

 焼きたての卵入りパンはやわらかくて味がよく、クシナは大層気に入ってガツガツと食べている。彼女を尻目に男二人は程々に果実を齧ったりナッツ類を摘まんでいた。

 持ってきた食事を半分程度腹に納めた時、ナウアが若い二人に疑問をぶつける。


「お前たちは夫婦だな?」


 唐突な質問に二人は疑問符を浮かべながらも同時に頷く。


「ヤトはクシナが古竜なのを知っている。その上で妻を殺すために剣を求めているのを知っているな?」


「何を言いたいのかは何となく分かります。ナウアさんは夫婦で殺しあうのはおかしいと言いたいんですね」


「まあな。私も昔、外の世界を旅して色々な者を見てきた。素晴らしい者も見るに堪えない者も理解したくない者も大勢居た。親兄弟で殺しあった者達も、妻殺しや夫殺しもだ」


 ナウアは遠い目をしながら過ぎ去った神代の世界に想いを馳せる。槍のように鋭く深海のように深い瞳でかつて何を見たのかは本人にしか分からないが、きっと生まれて二十年を経ないヤトには想像もつかないような経験をしたのだろう。


「そういう手合いは大抵互いが憎かったり、利益衝突があったり、本人にはどうにもならない理由から殺し合った。しかしお前達はそうした理由は持ち合わせていないように思える。なぜそれでも戦おうとする?」


「クシナさんが一番強いと思ったから、僕がこの世で一番強いと証明するには全力で戦って勝つだけです。それにクシナさんと戦うのは喜びですから」


「儂もヤトと戦った時は生まれて初めて楽しいと思った。ああでも、子を作って育てるのが先だからな」


 ナウアは二人の事がよく分からない。なぜそうも平然と殺し合う前提で愛を育めるのか。どちらが死んでもつらい想いを抱えて生きねばならぬというのに。

 もしかしたら仲間のカイル少年なら何か分かるかもしれないので、それとなく話をするのもいいかもしれない。


「でも中々子供出来ませんね。やっぱり人と竜とじゃ色々勝手が違うんでしょうか?」


「竜が人のようにポコポコ生まれたら今頃この世は竜の天下の前にメシが足りずに滅びておるよ。気長に子作りするぞ」


 さっきまで殺し合う話をしていたというのに、今は今夜の子作りの話をしてイチャイチャしている二人を見たナウアは心の中で長い生涯でもこれほど異質な関係の夫婦は居ないと確信する。

 そして良識ある老人としてこの若夫婦を戦わせたくない想いと、一鍛冶師として優れた剣士に自分の剣を打ってやりたい気持ちとが自身の中で衝突していた。

 ヤトが常に全力を出せずにもどかしい想いを抱えているのは数手交えた時点で分かっていた。それを何とか出来る力が自分にはあるが、兄からは手を出すなと命じられている以上、精々が稽古に付き合ってやるぐらいだ。


『己の心行くままに思う存分腕を振るう』


 誰しも若い時はそう振舞えるのに、誰よりも才と力を持った隣の若者が窮屈な思いをしている。それを見ているのが何とももどかしかった。


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