第54話 朝寝坊も青春さ♪

昨夜、3枚(1枚は校歌)の楽譜と作者に付いて調べた弘之はその後勉強もせずにお風呂に入り直ぐにお布団から夢の世界へと旅に出た。


翌朝、弘之は目を覚ますと「旅の思い出」に浸りながらぼーっとした時間を過ごす。


(確か音楽が人を救う世界に大天使コトエル〈琴映の姿をした天使〉に召喚されて。えーっと……)


楽しかった夢の世界を何とか思い出そうと試みる弘之はまだ大天使コトエルと過ごした夢の異世界を諦めきれずに布団に入ったままブツブツと呟いている。


(んー。あれーっ?どんな話しだったっけ?さっきまで覚えてたのに……。 大天使コトエルが可愛かったのは覚えてるんだけどな……って天使の格好の琴ちゃんじゃん……ぐふふ)


しかし、その「旅の思い出」はシュワシュワとした泡が端の方から少しずつ形を変えて無くなって行く様に、ぼーっとした頭が段々と冴えていく間に記憶から消え去ってしまった。


そして、ようやく半分程現実の世界へと戻って来た弘之は完全に冴えてはいない頭のまま、何となくベットの横にある机に置かれた時計を見る。

その何気ない無意識の行為が弘之を完全に現実世界へと引き戻した。


「んぁ!? 8時10分!? あー、やばいやばい! また遅刻しちゃう!」


こうして完全に現実世界へと帰還した弘之は、バタバタとせわしなく学校へ行く支度を始める。


「楽しい夢の世界」と「美しい思い出」には永遠には居られないのだよ。←


毎度の様に繰り返される朝のドタバタ劇場の観客である母親。

そんな母親から小言を言われながらも急いでサラダをかき込み、ミルクを飲み干してから食パンを口に咥えて家を飛び出した弘之は、いつも期待している「美少女と角を曲がってゴッチンコ」するイベントも無く(当たり前)学校へと続く坂を駆け上がり、何とか朝のホームルームで担任の鈴木先生が弘之の名前を読み上げるギリギリ前で教室に滑り込む。


先生の点呼に返事をし、母親に続き先生からも小言を言われた弘之。

ハァハァと息を切らせて席に着き呼吸を整えていると、直ぐに琴映からクシャクシャに丸められた紙が飛んできた。

弘之がクシャクシャな紙を広げて開くと、その中には短く一言「おそい」とだけ書かれていた。


弘之はそれを見ると苦笑いをしてから琴映の方を向き「ごめん」とジェスチャーで謝る。

琴映はそれを見ると弘之に満足そうにニッコリと微笑みかけ、また前を向いた。


そんな琴映の行動に弘之の妄想が広がる。


(何それ可愛い。流石「大天使コトエル」。今度琴ちゃんに天使の衣装を着てもらって、癒してもらいたい……むふふ♪)


いつもの琴映とのやり取りなのに、いつも以上に想像が広がるのはやはり夢の影響なのだろうか。


あと弘之。

絶対に琴映にそんな事(コスプレ)口に出したらいかんぞ!

殴られるぞ。グーで。


ツンツン。

ツンツン。


妄想に浸る弘之を後ろからツンツンと突く者がいる。


弘之は思った。


(奴だ……大天使コトエルとは真逆の存在。悪魔タクローだ)


悪魔タクローからの攻撃に晒されながらも弘之は決っして振り向かないと決める。


ガシガシ。

ガシガシ。

しかし悪魔の攻撃は執拗であり、やがてツンツンとした背中への攻撃はガシガシへと変わる。


(絶対に負けないぞ)


暫く悪魔タクローからの攻撃に晒された弘之。

だが、何度背中を突いても後ろを振り向かない弘之に根負けしたのか、やがてタクローからの攻撃は止む。


(勝った……。厳しい戦いだったなぁ)


弘之は攻撃が止んだ事に安堵し、防御の為に全身に入れていた力を緩める。


コチョコチョ〜。

コチョコチョ〜。


弘之が防御を解いて身体の力を抜いたのを見た悪魔タクローはすかさず打撃系攻撃からコチョコチョ、くすぐりへと作戦を変更する。


「わははは〜。ま、ま、やめ、やめて〜っ! だっ、らっ、らめっ! らめ〜っ!!」


コレには流石の弘之もまいったようで涙目なりながら後ろを振り向きくすぐりをやめるように拓郎へ懇願する。

気持ち悪い言い方で……。


弘之が涙目のまま拓郎を見ると、彼は伊達 琴映を指差し次に弘之に指差すと「ニマ〜ァ♪」っとした顔をして弘之を揶揄った。


そんなこんなで、朝のホームルームでバタバタ騒いでいた弘之は当然担任から注意され、クラス全員から注目される事となった。


全て悪魔タクローが悪いのに。



恥ずかしい思いをした朝のホームルームも終わり、その後の授業も特に滞りなくいつもの様に受けた弘之。

途中で窓の外を見ていたら校庭で「お嬢様〜!」っと叫んでいる執事服の男が先生と追いかけっこしているのを見たが、それ以外は至って普通の学校生活の1日であった。


何処から入って来たんだよ柏木セバスチャン。


放課後。

弘之はカバンに教科書を仕舞うと拓郎と共に吹奏楽部の活動する第一音楽室へと向かう。

今日は琴映は一緒には行かないらしい。

何でも、弘之が悪魔タクローからのくすぐりに大きな声を上げて騒いでいた為クラス大半がその後の拓郎の琴映と弘之への指差しを見ていた為に弘之との関係を友達から揶揄からかわれ、一緒に行くのは恥ずかしいらしい。

またしても、全部拓郎が悪い。

悪魔じゃなくて魔王だ。


因みに当の拓郎は琴映から「1週間は口を利かない」と宣言されている。

自業自得だ。


さてさて、音楽室の前に辿り着いた2人は大きな銀色の扉の前に立つ。

仮入部の新入生用に貼ってあった「ようこそ! 吹奏楽部へ」の紙はもう無くなっていた。


ドアノブに手を掛けてそれ引くといつもの様に「ギィィ」っと古めかしい音を立てて扉が開く。


「さぁ。今日も楽しい部活の始まりだ!」

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