第47話 そもそもF管とは?テナーバストロンボーン1

数多くの楽器の中から選んだBACH《バック》42GBOを手に取って、パートの指定位置でマウスピースを使った音出し練習をしている甲斐かい 姫乃ひめのと他の一年生(姉小路あねこうじ 頼姫よりひめともう一人の女の子)の元へとやって来た弘之。


すると弘之がやって来たのを確認して姫乃は吹くのを止めると、弟を見るお姉さんの様な顔で弘之に「決まったのねぇ♪」と話しかける。

自分で選んだ楽器を手にした弘之は新しい玩具を買ってもらった子供のように余程嬉しそうな顔をしていたのであろう。


「はい! 姫乃先輩。僕、この楽器にします!」


手を前に出し、ジャジャーンと効果音が鳴りそうな素振そぶりでBACH42GBOを姫乃に見せる弘之。


「あらぁ。BACH42GBOね♪とっても良い音がする楽器よね」


「はいっ! 凄く柔らかくて『ぼーん』としてて。自分にはこれが1番良いって思いました」


姫乃は弘之の言った「ぼーんとして」の「ぼーん」ってのはどんな音なのかがちょっと良くわからなくて若干首を傾げて考える仕草をするが、BACHの音の良さには同意する。


「そうねぇ。私もBACHの音は大好きよぉ♪」


自分の好きな音を褒められた弘之は嬉しくて「パァ」っと明るい笑顔になる。

(BACHの音が大好きって事は姫乃先輩の楽器もBACHなのかな?前にYAMAHAじゃないってのは聞いたけど)

前に姫乃の楽器がYAMAHAかどうか聞いた時は即効で否定されたが、今度は姫乃自身が「大好きな音」と言っているので間違いないだろうと少し勇気を出して聞いてみる弘之。



「あのっ! もしかして先輩の楽器もバッ……」


「それは違うわ!!」


今度も弘之が言い終わる前に全力で否定された。

まあ前回もYAMAHAを「安心、安全、安定の世界のYAMAHA」と大絶賛だったのに使用楽器については全力否定だったしね。


「私のメーカーはひ・み・つ♪よ。まあそのうち気が付くでしょうしねぇ」


口に右手の人差し指を当てて「ひ・み・つ♪」と言ってからウインクした姫乃。

和風美人お姉さんのその仕草が美しくて、弘之は一瞬ぼーっと見惚れてしまった。


しかしその刹那、なぜかプンプン顔をした琴映に怒られる想像が頭をよぎり、軽く頭を振ってから、一応、念の為、万が一、「まさか」とは思うけれどもと、辺りをゆっくーりと見回す弘之。


そのまま、弘之がクラリネットパートの方を見ると二年生の奏先輩と楽しそうにお喋りをしている琴映が目に入った。

(ふぅ。危ない)

何が危ないのかわからないが安堵の溜息をはいた弘之。


安心しろ弘之。実は姫乃に見惚みとれてたのはしっかり琴映に見られていて多分後でプンスカされるから。


姫乃はそんな弘之を(ふふふ♪揶揄からかい甲斐があるわねぇ)といつもの様に妖しく微笑んで見ているのであった。

悪女か。


取り敢えず今のところは大丈夫と、安心した所で楽器を選んでいた時からずっと気になっていた事を姫乃に聞いてみる。


「あのー?先輩っ。 このビヨーンって出ているのや、グルグル巻かれてるの。確かF管でしたっけ? って結局何なんでしょう?たまにテレビに出るジャズ?とかで見るトロンボーンにはついて無いと思うんですけど?」


弘之の疑問を聞くと、さっきまで(ひろっち面白いわぁ♪うふふ)と余裕の感じで構えていた姫乃がおでこに右の手の平を当てて、やや語尾のトーンを下げ考える様に「あー」っと長めに口に出す。

後ろに「それ説明して無かったかぁ」と付いてそうだ。

そんな姫乃先輩の普段見せない仕草もまた絵になるからお得だ。何が?


「そうねぇ。じゃあ今から説明するわねぇ。せっかくだから頼姫よりひめちゃんと詩子うたこちゃんも一緒に聞いてね」


「詩子ちゃん?誰それ?」

(うたこちゃん?ウタコチャン?)


初めて聞く人名がピンと来ず、先輩にタメ語で返す弘之。

すごそこ頼姫の隣りに居るのに。


「ひろっちぃ。ちゃんと同級生の名前ぐらい覚えようねぇ。姫乃お姉さんは怒っちゃうわよぉ。頼姫ちゃんの隣りにいる娘、有馬ありま 詩子うたこちゃんよ!昨日パート決めの時にみんなで自己紹介したでしょう?」


姫乃はまるで琴映みたいに顔をプクーっと膨らませて怒る真似をしながら弘之に注意する。


(ふぁー。姫乃先輩が怒ると可愛いなぁ。琴映がやると面白いだけだけど)

弘之。死ぬぞ。


「あー。詩子ちゃんね! 今、思い出しました。ごめんなさい」


ようやく思い出したのか、それとも姫乃が名前を言ったから初めて覚えたのか判からないがそう言い、最後に取って付けた様に謝る弘之。

頼姫の方はインパクトが強すぎて直ぐに覚えたのだが。

金髪縦ロールに頭にティアラで姉小路って。


存在を忘れられた当の本人、有馬 詩子は「良いんです。わたし影薄いみたいで、クラスでも良く忘れられるんです……」などと、か細い声で言っている。

可哀想だ。


詩子の声を聞いた弘之達三人は可哀想でなんとなーく居たたまれない気持ちになる。


そんな空気を元に戻そうと姫乃は弘之にもう一度注意してから話しを始めた。


「もう。ひろっちしっかりしてよねぇ。3人とも良い?今からF管に付いて説明するからねぇ。なるべく簡単に。出来るかな……」


専門的な事を簡単に説明するのって難しいからね……。

いや、この小説のお話しじゃなくてね←


「簡単に言うとF管って、F(ファ)の位置までスライドを伸ばした分の長さをベルの横にグルっと巻いてある管の事よぉ」


「「Fの位置?」」


声を揃えて聞き返す3人。

果たしてF管とは。

そしてよく見る普通のトロンボーンと何が違うのか。


説明回が長いので一旦分けます。

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