第30話 亡き王女の為のパバーヌ

何処までも遠く澄んだ夜空。

一切の乱れも無くピンと貼った薄氷の様な湖面。

そこに浮かぶ月は白金の光を水面みなもに映す。

メロディがフウっと揺れると、その冷たい風に揺られて幾重にも波紋が生じ水面みなもの朧げな月も姿を変え、白い輪になって消えて行く。

やがて月はだんだんと沈み、ゆっくりと登る太陽は紺桔梗こんききょう色の夜を朝霧と共に白くぼやけた世界に変えて行く。

その幻想的な音楽は何処か懐かしく儚げであり、哀しみと温かさを含んでいた。

(亡き王女の為のパバーヌ)




昨日、家に帰りここ最近のいつもの様にその日部活で教わった事や気が付いた事等を「とろんぼん練習ノート」に書き込むとベットの中に入り込んだ弘之。

布団から手を出して机の上に置いてあるスマホを手に取ると、ある画面を眺めて一つため息を吐く。

「琴ちゃんからのメッセージずっと返信してないや…」

弘之は家に帰ってから何度も返信しようと試みた、既に琴映に対して怒っている気持ちは無く。只々メッセージを見落としてしまった後悔のみが心に重くのしかかる。

「うーん、うーん」とうなりながら、返信しようとしてはゴロゴロ、返信しようとしてはゴロゴロとしてる内にだんだんと眠くなってきて、睡魔に負けてしまいそうになる。

しかし、眠た目を何とか擦りながらようやく思いついた文を一文送信すると睡魔に負けて眠りに付いた。

弘之)怒ってないよ

   仲直りしたいな


弘之が朝起きて直ぐにスマホを見ると通知が一件、SNSを開くと琴映からで「よくわからない顔と格好をしたキャラクター」のスタンプがペタンと押されていた。

(仲直りしたのか何なのかよくわからないなぁ……)そう複雑な気持ちになりながらも、気になっていつもより早く起きたせいか、いつもより早く朝食を取り、いつもより早く家を出た。


教室に着くとまだ殆ど人はおらず、琴映もまだ来ていなかった。

弘之は鞄を起き椅子に座るとポケットからスマホを出して(スタンプの意味や返信するべきか等)考え事をしながら画面を眺める。

暫くそうしていると、だんだんと他の生徒たちも登校して来たようでザワザワと周囲が騒がしくなって来た。

弘之がふと気になって視線をスマホから教室の入り口の扉に移すとちょうど琴映が扉から入って来た所で、お互いに視線が合ってしまった。

一瞬時間が止まり、複雑そうな顔をしてお互いを見る2人。

やがてどちらとも無く言葉の無い軽い会釈を互いにすると、再び時間が動き出しいつもの教室の風景へと戻っていった。

気になるけれど昨日よりは少しだけモヤモヤが晴れた様なそんな一日が始まった。


授業を終えて、帰りのホームルームを終え、「今日は家の用事が有る」と言う拓郎と別れると弘之は1人で音楽室へと向かった。

昨日と同じく琴映と同じ教室に残るのは何となく気が引けたのと、今日は1人で来た為に昨日より更に早く音楽室の前に着いた弘之。


早歩きで来たせいか少し上がった息を整えていると、音楽室の中から澄んだ美しい音色が聴こえて来る。


その美しい音色に暫く聴き入ってしまう。

遠く、哀しく、懐かしい。

その心に響く音楽にいつの間にか瞳から一筋の涙が流れていた。


曲が終わり、暫く何も考えられずぼーっと扉の前に立っていた弘之。


しかしハッと気が付いた様に涙を拭うとドアノブに手を掛け、ギィィーっと音楽室の扉を開ける。

するとそこにはホルンを脇に抱えた1人の少女が、教室の窓から差し込む西日に照らされて立っていた。


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