第29話 トロンボーンの聖書(レミントン)2

マウスピースでの簡単な音出し(唇のほぐし)を終わらせ、一緒に基準音Bの音をチューナーで442Hzに合わせるのを教わると(ベルの後ろに有るチューニング管を抜き差しする)と姫乃が譜面台に置いてある「レミントン、ウォームアップエクササイズ」を開き始める。


「えーっと、先ず基本的な質問なんだけど、ブレスはわかる?全音符とか四分音符とか音符の種類は?拍子の意味とかはわかるかなぁ?」

教本練習を始める前に先ず姫乃は弘之の基礎知識がどれくらいか知る為に優しく微笑みながら質問してきた。


弘之は辿々しくだが小学校の音楽の授業で習った内容を思い出しながら質問に答えて行く。


「うーん、ブレスは息を吸う事?音符の種類は全音符が小節全部で二分音符はその半分で、四分音符は全音符の4分の1?かなぁ?拍子はー、すみません、わからないです。」


そう自信なさ気に苦い顔をして答える弘之。

しかし姫乃はいつもの悪戯は封印して優しく諭す様に話を続ける(なんて良いお姉さんなんだ!)。


「まぁ2つは大体正解ね♪ブレスは呼吸。これは◯ね。音符の種類は、まあ◯かな。定義的には四分音符の倍が二分、二分音符の倍が全音符らしいんだけど、ほぼ同じね。ただ全音符の場合小節全部って意味も有るから注意が必要よ♪それと拍子は、んー、左端に4分の4とか4分の3とか書いてある譜面見た事無いかなぁ?」


そう姫乃に質問され弘之は思い出す様に首を傾げて天井を見上げる。

(見た事有る様な、見た事無い様な…)と思いながら。

そろそろ弘之の頭から煙りが出そうだ…。

姫乃はそんな考えこむ様子の弘之を見て「大丈夫ぅ?」と声を掛けるが、弘之が難しい顔をしつつも頷きを返したので話を再開した。


「簡単に言うと、4分の4は1小節の中に四分音符が4つ、4分の3は1小節の中に四分音符が3つ入ってるって事よぉ♪だから4分の4は1234、1234って進んで、4分の3は123、123って進むの。ま、やってけばわかる様になるから大丈夫よ♪」


「はい。頑張りマッスル!」


姫乃の拍子の説明に弘之は元気いっぱいマッスルマッスルで答える。

完全に思考回路がショートして来てるな。


一通り説明も終わったので、さあ楽しい練習の開始だ。


「頑張りマッスルゥ?まぁ先ずはこのロングトーンの譜面から始めましょう♪最初になるべくリラックスして楽に沢山ブレスを取って、1番ポジションのB(♭シ)を4拍吹いて2番ポジションのA(ラ)の音を4拍吹く、この8拍を一塊として吹くの。次は1番ポジション(以下1pos)B(♭シ)を4拍吹いて3pos(♭ラ)を4拍吹く。同様に1-4、1-5、1-6、1-7とどんどん距離を遠くして4拍ずつ吹いて行くのよぉ♪わかった?」


そう言ってメトロノームを1分間60回打つ(テンポ♩=60)で鳴らし始める姫乃。

そこに弘之は、気まずそうに話しかける。


「あのー、先輩?1番ポジションはスライドを全部入れた状態は分かるんですけど。2番から7番は何処でしょうか…?」


姫乃は右手を頬に当てて「あー、そこ教えて無かったかぁ。」と基本の説明を忘れていた事に気が付き、自分の楽器を手に取って弘之に見せる様にして再び説明を始める。


「えーっとね。トロンボーンには7つのポジションが有って。スライドを入れ切った状態が1番ポジション。これは分かるわね?で伸ばし切ったのが7番ポジション。ベルの所が4番ポジション。で、1から4の間に2.3と4(ベル)から7の間に5.6と有るの。」


自分のスライドを動かし視覚を使って教えてくれる姫乃。

「で、ポジションが一つ下がると半音ずつ音程が下がって行くのよ。大体こんな感じなんだけど、わかったかなぁ?」


「ポジションをいっこ下げると半音下がって、いっこ上げると半音上がるんですね…何となーくですけど分かりました。」


やや不安だが、(やってる内にわかる様になるか)と始める姫乃。


「じゃあ始めましょう♪1234の後に入ってね。1・2・3・4」


♭シーラー、♭シー♭ラー、♭シーソー、♭シー♭ソー、♭シーファー、♭シーミー


4拍4拍で8拍ずつ吹いて行く2人。

終わると姫乃がアドバイスをくれる。

「ブレスはらくー(楽)に取って、らくーに吐くのよ。それと初めのうちはチューナーを見て音程を確認しながらやりましょう。慣れて来たら自分で音程をイメージして吹いて、チューナーはたまに確認するぐらいにしないとチューナーに合わせる癖が付いてしまうから注意ね」


言われたことを忘れない様なメモして行く弘之。

そんな弘之を「偉い偉い♪」と感心した様に見て、書き終わったのを確認すると再び楽器を構えて先に進める姫乃。


「次は1番ポジションBの下の倍音。F(ファ)の音から同じ様に1-2、1-3…と続けてやりましょう。1234」



合間合間で沢山のアドバイスを貰う。

息の流れを一定にして、音はなるべく揺れずに真っ直ぐ伸ばす。

ベルを振動させて響かせるイメージで吹く。

スライドは軽く持ちボクシングのジャブの様に縦に動かす(肘を横に出さない)。

音と音の移動でスライドを早く動かす。

等々……


そうしてロングトーンをしながら時たま雑談をして過ごすと部活の終わりの時間になった。


「もう部活の時間も終わりね。今日も片付けは大丈夫だからそのまま帰ってね♪あと明日は私お休みするから楽器倉庫から好きな楽器を出して吹いてね」


姫乃は音楽室の壁掛け時計を見るとそう言って片付けを始めた。


「明日先輩休みなんですね……分かりました」


弘之は残念そうに言いうと姫乃に挨拶をしてから、一緒に帰ろうと拓郎の所へと歩き出す。


「今日もありがとうございました☆さようならー」


「またねー♪」


ここ最近のいつもの様にわいわいと拓郎と2人雑談しながら家に帰った弘之。


家に帰ると部活の事を思い出しウキウキ気分でコーヒーを入れる弘之。


「あー、今日も楽しかったなー。とろん、ぼーん」


しかし椅子に座り一息付くとあの事を思い出してどっと疲れが押し寄せてきてしまう。


「ああっ、琴ちゃんに返信してないや…どうしよう」
















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