第37話 え?この話しラブコメだったの?
ガチャリと言う音とともに玄関の扉を開け家の中に入る琴映。弘之が琴映に続いて中に入ると琴映の母親と一緒に茶色い猫がお迎えしてくれた。(確か名前は
「こんにちは。今日はお邪魔します」
弘之が琴映の母親に軽くお辞儀をしながら挨拶すると「あらぁ。弘くん、いらっしゃい。ゆっくりしていってね。ふふふふ♪」と意味深な笑いと共に返された。
そんな母親の態度が恥ずかしかったのか琴映は「もう、お母さん。あっちへ行ってよね」と言いながら母親の背中を押してリビングに追いやる。
琴映の母親は「ホントにゆーっくりしてってねー。あ、後でお茶持っていくからー」っと言いながら琴映に押されて消えて行った。
弘之は(あー、これ絶対母親ネットワークで自分の親に知られて後でめちゃくちゃからかわれるやつやー)と今から少し憂鬱な気持ちになる。
後の事を考えて憂鬱な気持ちになり玄関でマゴマゴとしている弘之を母親をリビングに追いやり戻ってきた琴映が早く家に上がるように促す。
「もう、弘之も早く」
そう言って弘之の服を引っ張る琴映。
強引ではあるが、久しぶりのその触れ合いを弘之はなんとも心地良く感じる。
「ま、待ってよ。今靴を」
弘之は慌てて靴を脱ぎ、脱いだ靴を揃えるとそのまま琴映に引っ張られて二階へと上がる。
琴映は弘之に部屋を見られるのがちょっぴり恥ずかしくて、リビングへと通そうと思っていたのだが、母親がいるリビングには通したくなかったので、仕方なく自分の部屋へと弘之を通す。
弘之も弘之でてっきりリビングに通されると思ったのに琴映の部屋へと引っ張られている事に困惑していた。
「えっ?琴ちゃん?上なの?」
「もう、うるさいなぁ。早く入ってよね」
そう言われて部屋に入った弘之と琴映だが、なんか気まずいのか沈黙する2人。
そんな沈黙を破ろうと琴映は弘之に座る事を促す。
「取り敢えず座りなよ」
「あ、うん」
弘之は短く返事をすると、床に敷かれたカーペットの上に座り辺りを見渡す。
(へー、結構綺麗にしてるなー。昔来た時はもっとこうぐちゃっとしてたような…。)
それもそのはず、もしかしたら部屋に通す事になろうかと昨日琴映が一生懸命掃除して、見られてはいけないものを隠したり、可愛い部屋に見えるようにぬいぐるみを配置したり、涙ぐましい努力をしたのを弘之は知らない。
ボフッ
弘之が部屋を見渡していると白いイルカのぬいぐるみが飛んで来た。
「いたぁ」
いきなりぬいぐるみが飛んで来て痛がる弘之に琴映から抗議の声が上がる。
「弘之。女の子の部屋をあんまりじろじろ見ないの!」
そう言われて弘之は「はぁーい」っと若干しょんぼりとして、投げられたぬいぐるみを掴んで見つめる。(確かこれは昔に家族ぐるみで水族館へ行った時に琴ちゃんが買ってたやつだ…)弘之がそう思っていると、琴映もそれを思い出したのか「返してよー」と言って弘之から白いイルカのぬいぐるみを奪おうとするので奪い合いになった。
弘之が琴映と2人でわちゃわちゃと楽しそうにぬいぐるみを奪い合いしてると少し開いていたドアから不意に視線を感じる。
弘之がそちらの方をゆっくりと向く。するとそこには大きなティーポットとカップセット、お菓子をお盆に乗せて持っている琴映の母親がニコニコ(ニマニマ)としながら茶色い猫の茶豆と一緒に中を覗きながら立っていた。
「わぁ」
びっくりして座ったまま一歩後退った弘之。
それを見た琴映も「えっ?」とドアの方を向き母親に気がつく。
「ごめんね。弘くんびっくりさせちゃって。何か2人がとーっても楽しそうだったから、中に入りづらくて。よかったね、こ・と・え♪」
そう言いながら、琴映の母親はニコニコと楽しそうな感じで中に入って来て小さなガラステーブルの上にティーカップを2脚とティーポット、お菓子を置く。
弘之が琴映を見ると、琴映は本当に恥ずかしかったのか母親に言い返す事もなく、耳まで真っ赤にして下を向き、弘之から奪い返した白いイルカのぬいぐるみをギュッと抱きしめている。
琴映の母親はそれを見て(ちょっとからかい過ぎちゃったかしら?)とホントにちょっぴりだけ反省したようで、「じゃあねー」っと言いながら出て行った。
ぬいぐるみの奪い合いをしてせっかく場が和んだのにまた気まずくなってしまった2人。
弘之は2人の間の微妙な空気を何とかしようと手をフリフリしてドアの近くにいた茶豆を呼ぶ。
「ちゃまめー。こっちおいでー。」
すると茶豆は弘之の言葉に反応してピクッと耳を動かすと弘之の方を見るとそちらへ…は行かずにプイッと顔を背けてドアから出て行った。
弘之は(んー、猫ってそうだよなー)っと思うも(何か話しをしないと)と、部活の事を話し出す。
暫くすると琴映の赤さ顔もだんだんと抜けて来て肌色に戻っていき、普通に話しに相槌を打ったり質問したりして来て、2人は自然といつもの雰囲気になっていった。
途中琴映が弘之のカップに紅茶を注ぎ、お返しに弘之が琴映のカップに紅茶を注いだりして、2人でもしゃもしゃとお菓子を食べながらお喋りをする。
琴映は弘之がクラスメイトの拓郎の話しをすると「藤村くんってそんな感じなんだ」と、部長の波瑠の話しをすると「面白い部長さんだね」と、ゆるふわ天才少女の結花の話をすると「ふーん」っとちょっと不機嫌に、魔性の姫乃先輩にからかわれた事を話すと急に「弘之はあまーい紅茶がだぁーい好きだったよね?」っとニッコリしながら弘之のティーカップにドボドボと角砂糖を入れて行くのだった。
角砂糖を10個程入れた琴映は最高の笑顔で「はい、召し上がれ♪」と言うと弘之にそのティーカップを差し出して来る。
角砂糖を大量に入れている過程を見ていたのにも関わらず、琴映の最高の笑顔に騙され、ついティーカップを受け取ってしまう弘之。
弘之は(うわぁ琴ちゃん、凄い可愛いなぁ)と思いながらカップに口をつけると一口ゴクリと紅茶を飲む。
するとやがて口の中に濃厚過ぎる甘みとジャリジャリとした砂糖の食感が広がる。
「うげぇ、あまいよー、なんかジャリジャリするし。」
そう言って弘之は眉毛をハの字にし、舌を出して紅茶の甘さに悶絶する。
そんな弘之の様子を見る琴映は「むふふー」っとご満悦だ。
やはり悪戯好きのあの母親にしてこの娘ありなのであった。
「それ全部飲んだら良いもの見せてあげるよー♪」
暫く悶絶する弘之を楽しそうに見ていた琴映だが更に面白い事を思い付いたようで、そう弘之に語りかける。
そんな琴映の言葉に、昨夜の妄想が復活し弘之の心臓はドキドキと鼓動を早める。
(良いものって、もしかして琴ちゃん…?いや、無い無い。これ飲むのキツいし…)
弘之が頭の中で飲むか飲まないか逡巡して迷っていると琴映が更に追い討ちをかけて来る。
「あー、見たく無いんだ?わ・た・し・の…」
琴映はそこまで言うと言葉をとめて、ニッコリと笑いながら弘之を見詰める。
(琴ちゃんの…?)
弘之は一度ゴクリと唾を飲みこんでから言葉の続きを待つが、琴映はニッコリとしたまま口を閉ざし先を話そうとしない。
そんな琴映の態度に「良いもの」の意味を知りたい弘之は覚悟を決めると、手に持ったティーカップに入った激甘紅茶を一気に飲み干す。
ゴクゴク
「んー。あまーい!もう無理。」
そう言いながらもしっかりと全部飲み干した弘之。何が見たかったのかは秘密だが。
パチパチパチ♪
「おめでとう」
弘之が激甘紅茶を全部飲み干したのを琴映は拍手をして讃えると「じゃあ。今から持って来るね♪」と言って席を立つとバタバタと部屋を出て行った。
てっきり「むふふ」な展開を想像していた弘之は「ポカーン」としながらその場で待つのであった。
暫くして、馬鹿な妄想が本当に馬鹿な妄想だと気が付いた弘之には口の中のジャリジャリとして甘い砂糖が何故か少し苦く感じたのだった。
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