第34話 クロマティックスケール終

姫乃からのアドバイスを読み、取り敢えずモノは試しとクロマティックスケール(半音階)を吹いてみる事にした弘之。


ロングトーンと同じくテンポ♩=60(1秒間に60拍)で初めてみる。

電子メトロノームをピッピッっと鳴らして、それに合わせて下のBから半音ずつ上がって行く。

♭シ→シ→ド→♯ド→レ…


「うわわ、駄目だあ」


しかし譜面を読む事に慣れておらず、音やポジションをまだいまいち把握していない弘之は、今どの音を吹いて居るのか、どのポジションに居るのかが分からなくなり、途中でやめてしまった。


「姫乃先輩はゆっくりでも確実にって言ってたな。少しテンポを落としてみよう。」


そう呟くと弘之は電子メトロノームのボタンを操作して、テンポを♩=52に設定し直して再び練習を始める。

八分音符で♭シ→シ→ド→♯ド→レ→♯レ→ミ→ファ→♯ファ→ソ→♯ソ→ラ→♭シ♪


「出来たあ!」


間違えずに上まで上がれた事が嬉しくて、思わず喜びの声を上げる弘之。

しかし直ぐに調子に乗り「ゆっくりにするとそんなに難しく無いな」等と言っている。


しかしこの考えは強ち間違えではなく、音大生やプロも「これは…」と言う箇所は確実に出来るテンポで「ゆっくり練」をする事が多い。それは「絶対に出来る」テンポで練習する事によって苦手意識を無くし、難しく箇所から簡単な箇所に脳の思考を変え、そんな箇所等全く意識する事無く(無意識まで昇華する)、音楽の表現や歌う事に自身の意識を向ける為でも有る。

本番が近づく程だんだんとテンポを落として練習するピアニストもいるらしい。


少し横道に逸れたが、話しを物語に戻そう。


半音階上行系が出来た弘之は声を出して喜んだのものの、念のためもう一度やってみる事にする。


♭シ→シ→ド→♯ド→レ→♯レ→ミ→ファ→♯ファ→ソ→♯ソ→ラ→♭シ♪


「出来た! もう楽勝だなっ」

完全に調子に乗ってる弘之、また謎の鼻歌を歌い出しそうな雰囲気だ。

そんな弘之に不意に後ろから声が掛かる。


「おー、弘之。ちゃんとやってるかい?」


弘之がその声に反応して、後ろに首だけで振りかえると、首からストラップでアルトサックスをぶら下げて、同級生の拓郎が自信ありげに立っていた。


「ちゃんとやってるよー。いま半音階の上に上がるのが1オクターブ出来たんだ」


そう弘之も自信満々に返す。(初心者なのに凄いでしょう?)とでも言いたげだ。

すると拓郎は「そうか」と一言だけ言うと、おもむろに自分の首から下げているアルトサックスを構え、マウスピースを咥えると「某小学生名探偵」のテーマを辿々しくだが吹き出した。


一通り演奏すると拓郎は「どうよ? 先輩に教えてもらったんだー。凄いだろう」とサラッと言って帰って行った。


「く、くやぴー。なぜ自分と同じ初心者なのに、もう曲が吹けるんだ……。僕も早く曲が吹ける様になりたいなぁ」


弘之は去りゆく拓郎の後ろ姿を見て歯噛みしながらも、頑張って自分も早く曲が吹ける様になろうと、まずは目の前の課題に集中する事にしたのだった。(拓郎も弘之のモチベーションを上げに来たのだろう。そうに違いない。決して自慢では無いと思う。だと良いな)


「まぁ、今は自分のやるべき事をやるべさー」

(なぜ語尾が「べさ」?)

そう一言呟くと楽器を構え、今度は半音階の下降系を上行系と同じく確実に出来るテンポでゆっくりと開始する弘之。


何度か吹いても大丈夫だったみたいだ。

「よし! 完璧。次は上に上がるのと下がるのを繋げてやるべさー」


途中、少し息継ぎ(ブレス)を取るタイミングに苦労したが、これも大丈夫そうだ。


「このままテンポを上げてやるか、半音上げてHからやるか。どちらにしようかな?」

上行系も下降系も両方繋げてやるのも出来たところで次はどうしようかと迷う弘之。


「取り敢えず先に進もう。姫乃先輩の手紙には出来るだけ上までって書いてあったからな」


そうやって、同じ要領でHから1オクターブ、Cから1オクターブを四苦八苦しながら練習して、気が付くと窓から見える空は夕焼け色になっていた。窓を見ていた視線を音楽室の壁掛け時計に移すと、もうすぐ部活が終わる時間になっていた。


「んー、結局3オクターブしか出来なかった…。いや、レミントンもしっかりやったし、3オクターブも出来た!にしよう。ポジティブが思考が大事だ」

若干項垂れるも、直ぐに好転的に考えを改めた弘之。

そのまま席で楽器をケースの上に置き、ミーティングが始まるのを待つ。周囲を見渡すと、今まで練習に集中していた為気付かなかったが、ザワザワとしていて音楽室の密度も高い事に気が付く。


「何か大分人数が多い気がする。1.2.3.4…ん?30人以上居ないか?」

(確か二年生が10人だから…一年生が20人以上!?ポン部すげー!ポン部ブーム。ポンブーム?愛媛の名品ポンジュースみたいだな。)

弘之は知らなかったが、4月から吹奏楽を舞台にし有名女性アイドルと有名男性アイドルを起用したテレビドラマが始まったていた事が仮入部の生徒が多い大きな要因の様だ。勿論、部長の波瑠が勧誘を頑張ったのも彼女の名誉の為書いておこう。


暫くすると朝と同じく、波瑠が指揮台の前に立ち終わりのミーティングが始まった。

弘之は後ろを振り返って変顔をしてる拓郎に変顔を返したり、ホルンの天才少女、結花とゆるふわ♪ ふわりん♪っと手を振って遊んでいたのだが、その余りのふざけ様が目に付いたのか波瑠に指揮台の上から指をさされる。


「もちもちのはしもっちー! 遊ばないの!」


ビシッとお決まりの探偵ポーズで注意する波瑠だが、その言い方と身長のせいか全然怖くない。むしろ可愛いまである。(ちびっ子的意味で)


弘之は「はーい」と言って大人しくする(振りをする)。


部員全員はちびっ子波瑠と弘之のやり取りをほのぼのと暖かい目で見ていたのだが、波瑠はそんな弘之と部員達の様子にしっくりこないのか、しばらく「むー」と頬を丸くして怒っていた。しかし、すぐにあまり効果が無いと悟り話しを先に進める。


「もー。明日と明後日、土曜日曜は部活はないからねー。週明け月曜日から新入生は本入部だから宜しくね。じゃあ今日の部活を終わります。起立、気を付け、礼」


波瑠の締めの言葉で皆、礼をすると楽器の片付けや雑談など各々自由に行動し始めた。


弘之は楽器を片付け始める事にしたのだが…。

「ん?これ、そのままバラしてケースに突っ込んで良いのかな?」

そうである…。今まで弘之が使った楽器は姫乃が片付けてくれていたので、片付け方がわからない。取り敢えずケースに入っていた布で楽器を軽く拭いてからケースにしまった弘之。

本来なら良く水を抜いて、スライドに付けたクリーム(又はオイル)を拭き取り、スライド内管と外管をガーゼを巻いたクリーニングロッド(棒)で掃除して、チューニング管とベルにスワブを通し、楽器本体を綺麗な布で拭く事をしなければならない。最悪でもスライドクリームとオイルだけは落とす様にしないといけないのだが。


楽器を片付けて倉庫にしまうと、拓郎を待つ為にイスに座る弘之。木管楽器の方が片付けは大変のようだ。

弘之はイスに座ると一息ついたあと、カバンからスマホを取り出す。画面を見るとSNSに通知が1件来ていた。

アプリを開くとどうやら琴映からみたいだ。


            琴映)明日ひま?

 ?マークがついたキャラクターのスタンプ


液晶には、短くそう書かれた文がポオっと白く浮かび上がり表示されていた。










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