第33話 クロマティックスケール2

楽器倉庫から続く長い廊下のトンネルを抜け、楽器ケースを開けるとそこは雪国だった。(雪国 川端康成)


実際には音楽準備室、通称楽器倉庫は音楽室の隣りの部屋だし、楽器ケースの中はYAMAHAのYSL-882で有る。

そもそも、楽器ケースの中が雪国ってどう言う事なのか…。異世界物語始まっちゃう?


弘之は音楽室に入りトロンボーンパート所定の位置に座ると楽器ケースを開けてトロンボーンYAMAHAのYSL-882を取り出して組み立てた。

楽器の組み立てが終わると次は譜面台を持って来て組み立て、その上に譜面を置く。

「レミントンのウォームアップエクササイズ」だ。


その後、口慣らしの為暫くブルブルとフラッピング(バジングの緩いやつ)とバジングを少々、マウスピースでブーブーすると一息つく。


「ふぅ。帰ろう」


一息ついたところで、お決まりの文句を言う弘之。帰ってゆっくりと熱いコーヒーが飲みたいとでも言いそうだ。


しかし、早く楽器が上手くなって色んな曲を吹いてみたいと思う心が弘之を再びやる気にさせる。


「よしっ。やるかー!レミントンさん」


弘之はそう言って気合を入れてから、昨日やったレミントンのロングトーンをテンポ♩=60(1分間に四分音符60拍の速度、1秒とおなじ)でゆっくりと開始する。


「えっと、ブレスは楽に自然に沢山とる。音程に注意する。音を変える時スライドはなるべく早く。音は真っ直ぐ。8拍目のブレス前のギリギリまで吹く」


昨日自分で書いたメモを時々見ながら、チューニングB(♭シ)から、下の倍音のF(ファ)から、さらに下のBから、1pos-2pos.1pos-3pos.1-4.1-5と、どんどんスライドの間隔を開けて7posまでロングトーンをやる。

下のBからは初心者の弘之には難しく、4番ポジションのG(ソ)から音が出ないし、息がキツい。


「下の方は音が出ないなあ。今度先輩にコツとか聞いておかないとだなぁ」


そうやって何回か一通りやってみた後、楽器をケースの上に置き、再び一息つく。


「ふぅ、帰ろう」


本日二回目のギャグは弘之本人もお気に召さなかった様で、少し苦笑いしてカバンからスマホを取り出す。

しかし、ホーム画面には特に通知は無かった。


弘之は「はぁ」と短いため息をつくと、譜面台に「姫乃から」と言って波瑠から渡された、もう一つの譜面「クロマティックスケール(半音階)」を置き、それを見る。


その譜面の一段目には八分音符で下のBからチューニングBまで半音ずつ上がって、上まで行くとまたチューニングBから下のBまで半音ずつ下がって行くように書かれていた。

二段目は下のBの半音上のH(シ)から半音ずつ上がって行き、オクターブ上まで行くと半音ずつ下がるように。

三段目はHの半音上のC(ド)から同じ様に、四段目はCの半音上のCis(♯ド)からと。

五段目、六段目…とFからまで書かれており、最後に「可能ならさらに上までチャレンジ♪」と姫乃の手書きで書かれていた。


「まじか」


その譜面を見て弘之は一言呟き項垂(うなだ)れる。

初心者に何させるのかと。

1番目の下のBからの半音階は全部レミントンのロングトーンで出した事のある音なのだが、いまいちポジションがわからない。


難しい譜面にちょっと憂鬱な気持ちになりつつも、もう一度楽譜を見る弘之。

すると先程は譜面を見るのに集中していた為見落としていたのであろう、今回は何か音符の下に(1②①5432154321)と数字が書いて有る事に気が付く。


「んー、この音符の下の数字ってもしかしてポジション番号かな?でもこの①と②は何だろう?」


多分ポジション番号だろうと思うも、丸で囲ってある謎の数字に、やっぱり違うのかと解らなくなり、腕を組んで考える。

そうして暫く考えていたのだが、ふと思い立ちもう一度姫乃からの手紙を読んでみる事にした弘之。


「捜査に行き止まったら最初に返る。刑事の基本だね!って誰が刑事や!」


他に誰も居ないので一人でボケて一人でツッコミを入れる弘之。少し寂しい。


姫乃からの手紙を見返す「やっほー、ひろっち、省略。それと楽譜を1枚渡しておくから、それもやる様にね。ポジションとアドバイスも書いておくから初めはゆっくりと確実にやるのよ。以下略」と書いてあった。


「やっぱり、ポジション番号だった!でも①と②は?あとアドバイスは何処だろう?」


アドバイスー♪アドバイスー♪っと歌いながらもう一度ざーっと譜面を見てアドバイスを探すも何処にも書いていない。


「アドバイス無いじゃん…まさか裏とかに無いよねー?」

困り顔でそう呟きながら弘之が譜面を裏にめくると、有りました。裏に。



裏にはこう書いてあった。

「①とか②は左手親指のF管のレバーを引いた状態で1pos 2posと言う意味ね。あとF管を使う時はそのままだと音程が高くなるから同じポジションでもスライドを少し抜く様にしてね。それと手紙にも書いたけどゆっくり確実に出来るテンポでやる様にね。但し、音が出なくても出てるつもりでFの半音階まで必ずやってね。頑張れー♪」


それを見て弘之はケースの上に置いてある楽器を手に取り再び気合を入れる。


「姫乃先輩、なかなか無茶な事言うなぁ。てかF管レバーってこのカチャカチャ?まぁこれを引いてそのポジションで吹けば良いのだね。その辺今度聞いておこう。よーし、頑張るぞー!」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る