第43話 まだ何かあるの!? 

所々ところどころ嗚咽おえつし言葉を詰まらせながら「ある事件」の全てを語った織絵お姉さん。

お姉さんは全てを語り終えると目の両端を手で軽く拭いてから「ちょっと、ごめんなさいね」と言って、下を向き顔を隠すようにして席を立った。


織絵お姉さんから聞いた「ある事件」の内容の余りに凄惨さに言葉が出なくなりうつむいてしまった弘之。すると琴映はそんな弘之の手に自分の手を重ねて優しくそっと握ってくれた。

その柔らかい温かさに弘之の心の重さが少しずつ無くなっていく気がした。


しかし何故か琴映はそのまま弘之の手をギュウゥっと力強く握る。


「琴ちゃん?」


弘之は強く手を握られた驚きで、どうしたのかと琴映を見る。すると琴映は苦しそうな顔をしながら更に衝撃的な事を言ったのだった。


「あのね。その日おねえもその場所に居たんだって……」


「えっ?」


弘之はその言葉に声を詰まらせる。


「その日ね。後輩達が心配でおねえ達も聴きに行ったんだって。それであの事件が起こって。何とかしようとしたんだけど、酔っ払った人や興奮した大人達が怖くて何も出来なかったみたいで……」


琴映は織絵お姉さんから聞いたより詳しい内容とその後の事を途切れ途切れ少しずつ教えてくれた。


その日、顧問が変わって後輩の大多数がやめてしまった事を聞いた織絵お姉さんと数人の中学吹部の同級生は後輩を心配して地域の春のお祭りの演奏を聴きに行った事。

そこであの事件が起こった時、織絵お姉さんや同級生達は周りが怖くて何も出来なかった事。

織絵お姉さん達がステージが中止になった後、泣いてる部員を慰めてまわった事。

「もう辞める」と言う二年生に「新入生の為にももう少しだけ頑張ろうよ」と説得したりもした事。

撤収作業の為戻って来た先生がそんな織絵お姉さん達を見て追い払い、全てのOBOGの吹部への出入りを禁止にした事。


話し終えると先程の織絵お姉さんと同じく、琴映も泣いていた。


弘之は「そんな先生は絶対に許せない」と思った。


琴映を悲しませた事、織絵お姉さんを悲しませた事、その事件の時泣いてる吹奏楽部の生徒達を放って置いてケアしなかった事、その前にちゃんと指導せず多くの2年生と3年生全員が辞める理由を作った事、ずっと続いてきた先輩達との繋がりを自分の判断で勝手に切った事。


それら全てが絶対に許せないと。


しかしそれと同時に「何とか出来ないかな?」とも思った。


暫く弘之と琴映、2人して下を見ながら色々と考えていた。

そうやって下を向いて考えている2人に不意にお姉さんの明るい声が上から聞こえてくる。


「あらあらー♪弘くんと琴映、2人して手を握ぎり合っちゃって。とっても仲良しだねーっ♪ お姉さん羨ましいなー」


その声と内容に弘之と琴映が慌てて手を離して顔を上げると、顔を洗って来たのかさっぱりとした顔をした織絵お姉さんがいつもの柔らかな笑顔で2人の前に立っていた。


(あれ?さっきまでの話しは?)

弘之と琴映の2人がお互いに顔を見合わせ首を傾げてそう考えているとお姉さんはより明るい声で2人を茶化す。


「なあに? どうしたの? 2人ともお互いに見詰め合っちゃって? あー、もしかしてお姉さんが居ない間に2人とも付き合っちゃった? いーなー♪ 」


それを聞いた琴映はバッと横に5センチ程弘之から離れ「べ、別に、付き合ってなんかないし! て、てか、あ、私がこんなどうしようもないバカでエッチな弘之なんかと、つ、付き合うわけないじゃん! おねえのバカバカバカ!」とツンデレテンプレの様な事を言って反論しだした。


(どうしようもないバカでエッチ……どうしようもないバカでエッチ…)

弘之はリビングの天井を見ながら琴映のその言葉を頭の中で反芻はんすうしていた。


そんな2人をお姉さんは「ふふふ♪」と満足そうに見て微笑んでいた。


その後、姉妹の母親から「弘くんもうちでご飯食べてくー?」と誘われる攻撃を何とか固辞こじ……出来なくて、帰って来た琴映の父親とも一緒に家族団欒かぞくだんらん(弘之は家族ではないのだが)の食卓を楽しく過ごしてから伊達家をおいとました弘之。


帰り掛けに玄関で琴映父が弘之に「で、2人はいつから付き合ってるのかなー? 」などと先程の織絵お姉さんの様な質問をして、再び琴映が「つ、付き合ってなんか……略。バカバカ、パパのバカ」と再びツンデレテンプレの寸劇すんげき(失礼)を展開する一幕もあり、琴映父は「お? パパか? せっかく中学生になってからパパママ呼びからお父さんお母さんに変えたのになー、ははは」と少し嬉しそうに笑いながら琴映に押されてリビングへ消えて行った。


そうして楽しい伊達家での団欒だんらんを終えて家に帰った弘之はお風呂に入ったりする間、歯を磨いてる間、少しの勉強をしてる間、布団に入って眠る前にも織絵お姉さんの話しや琴映の話しについて考えていた。


先輩や同級生、ましてやその原因となった先生さえも、みんんなが円満に解決する方法は無いかなと。

しかし、中学生になったばかりの弘之にはそんな方法など思い付く筈もなく考えは頭の中を堂々巡どうどうめぐりするだけだった。


「何とか出来ないかなぁ」


やがて弘之は睡魔に負けて布団の中でスヤスヤと夢の世界に旅立った。


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