第38話 名機 クランポンR13

カップの中のジャリジャリとした砂糖を薄める為、ティーポットから紅茶を注いでは飲んで、注いでは飲んでしながら琴映を待っている弘之。そうやって暫く時間をつぶしていると下からトントンと心地良いリズムで階段を登って来る音が聴こえて来た。


(琴ちゃん戻って来たかな?)弘之はそう思い部屋のドアに視線を送る。(もしかしたら服を着替えるのに下に行ったのかも)と、まだ若干見せたいものが「むふふ」である事への期待も込めて。


ガチャリと音がしてドアが開く。すると直ぐに琴映が黒いナイロン製の布で包まれた四角いケースを嬉しそうに持って部屋に入ってきた。


「ふっふっふー♪お待たせー。じゃじゃーん。見せたかったのはコレだよ」


そう言いながら琴映は手に持った黒く四角いケースをずずいと前に差し出してくる。

琴映は嬉しそうに差し出してくるが、中を見せて貰わないとただの黒い箱にしか見えないので「へ、へーっ」っとうすーい反応を返す弘之。


そんな弘之のうすーい反応が面白く無かったのか琴映はほっぺを軽く膨らませるてから質問形式で弘之の興味を惹こうとする。


「むー。じゃあねー。ここで問題です、中身は一体何でしょう?とっても良いものだよー」


アゴに右の人差し指を当てて考える弘之。

(良いもの…良いもの…むふふ。あ、閃いた!)


「琴ちゃんのパン…」ドガァ


手が塞がっている琴映から足で思いっきり蹴られた弘之。

もちろん手でポカポカされるより足の方が痛い。弘之は痛がりながらも何とか弁解しようとする。


「痛いよー。まだ最後まで言ってないじゃないか!琴ちゃんのパンケーキって言おうとしたかもしれないじゃん。どうしてパンツだって思っ…」ドカドカ


「バカバカ、超バカ。キモいキモい」


そんな弘之に琴映から連続で蹴りが繰り出される。


「そんな言い訳通用する訳無いじゃない。このケースの中にパンケーキは無理でしよ?あんたの考えてる事なんてお見通しなのよっ!何年一緒にいると思ってんのよ」ドカドカ

猟奇的な彼女。いや幼馴染である。


「痛い、痛いよ。話せばわかる、話せばわかるじゃないか…」


5.15事件の被害者である某首相 犬養毅(いぬかい つよし)の様な発言をしながら、しかしこれに関しては不用意に口を滑らせた自分が悪いと思ってるので、ただ耐え嵐が過ぎ去るのを待つ弘之。


一通り弘之への蹴り攻撃を終えた琴映は「はぁはぁ」とした息を整える。

その後小さなガラステーブルからティーセットをそっと脇にどけて、黒いナイロン製のケースをそこに置くと「ふぅ」と一息ついてから再び最初と同じ質問を弘之に投げかける。


「ここで問題です。中身は一体何でしょう?」


最初と同じく笑顔なのだが、その目が「ふざけた事は言わせねーぞ」と語っている。


そんな目をされると逆にふざけた事を言いたくなってしまうダメ少年な弘之だが、琴映を怒らせると怖い事を先ほど身をもって知ったので真面目に考える。


「んー。良いものでケースに入ってる…指輪とかネックレス?」


「ブー。違うよ♪ヒントはねー、ここの文字だよ」


そう言って琴映はケースに書いてある「BUFFET CRAMPON」と言う文字を指差す。直ぐにヒントを言ってしまうあたり早く中身を見て欲しくて仕方がないのだろう。


弘之がそこに書かれた文字を口に出して読む。


「ブフェエト クラムポン?」


「ビュッフェ クランポンだよ。」


直ぐに琴映が訂正するが、弘之はちょっと別の事を考えていた。

(ん?クランポン…?クランポンが笑ったよ。クランポンはかぷかぷ笑ったよ。クランポンは跳ねて笑ったよ。※宮沢賢治 短編集「やまなし」より)

弘之よそれはクラムボンである。


弘之のトリップタイムが始まったのを琴映は「あー、またか」と半ば諦めた目で見ていたが、このままでは先に進まないと、弘之を置いて先に進める。


「もういいや。じゃじゃーん。はい、楽器でしたー♪わーすごーい。じゃあ開けちゃうねー」パチパチ


琴映はそうやって独り言を言い、同じく1人で拍手して盛り上がるとナイロン製のケースのジッパーを開ける。やはり2人は似たもの同士なのだ。


ナイロン製のケースの中には木製の四角いケースが入っていた。ケースinケースである。

その後琴映は続けて取り出した木製のケース両サイドについた金属の留め具をパチッ、パチッと開けて中を開く。

すると中からパーツ毎に分解され、艶々と黒く輝くクラリネットが姿を現した。


「えっ、凄い!クラリネットじゃん!どうしたのこれ?」


やっとトリップタイムから帰って来た弘之がケースの中のクラリネットを見て目をキラキラと輝かせ琴映に質問する。


「へへーん。良いでしょー?クランポンR13だよっ!親がね、買ってくれたんだー♪」


そう心から嬉しそうに、胸を張って答える琴映。


弘之と琴映の間にある小さなガラステーブルの上にある「BUFFET CRAMPON」社の傑作と呼ばれるR13。

2人の目にはそれが、どんな宝石よりもキラキラと輝いて、2人をつなぐとても大切な物のように映っていた。


※1950年、設計者ロベール・カレによって開発されたR13は、アメリカで大変な評判を呼び、今現在も前例のないほど高い支持を受け続けています。

広いホールの隅々まで音を響かせることのできる、力強い音量、柔軟な表現力、彩り豊かな音色を備えた楽器がR13です。ビュッフェ・クランポンの代名詞とも言うべく、R13の管体にはモデル名を冠したプレートや彫刻は入っていません。


日本でも吹奏楽をはじめ、学生さんから一般の方、プロまで幅広く愛用され、人気No.1の地位を不動のものにしている。


BUFFET CRAMPON公認特約店 永江楽器店さんホームページより抜粋。




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