第23話 決闘 巌流島

シュバッ


迫りくる相手の太刀を自身の太刀の先でいなし、突きのフェイントを仕掛けてから相手の頭上真ん中へと真っ直ぐと刀を振り下ろした弘之。


ガッ


だが、その渾身の一撃さえも兄である裕樹ゆうきには通用せず、易々と刀で受け止められてしまいキンと刀と刀がぶつかり合い、鉄と鉄が当たる高いがやや鈍い音が武道場に鳴り響く。(実際には竹刀なのでガッだが……)


「くっ、最早ここまで……ここが我の死に場所となるか……。だが! タダでは死なぬぞ……せめて一太刀! 敵将に報いてから!」


弘之は裕樹が繰り出す刀を受け止めた反動からくる切り返しの胴狙い(カウンター)を自身の身体を咄嗟に半歩引く事にによって交わすと、再び正眼の構えを取りそう呟いた。


「相変わらず何を言ってるかわからないけど、

この試合に負けたらお前は剣道部に入るって事で良いんだよな?」


兄である裕樹も弘之と同じく正眼の構えをすると、そう冷静な声音で弘之に聞いて来る。

弘之の「戦に負そうな、おサムライさんごっこ」のセリフは理解されなかったようだが…。


そんな、兄の理不尽な言葉に竹刀持ち構えを解かないまま、弘之は恐る恐る小さな声で返す。


「いや、僕は吹奏楽部に入るから…」


すると、弘之が逃げ出さないようにぐるりと周りを囲んでいる剣道部員全員から一斉にギロリと睨まれる。

その視線に怯む弘之……そこに生まれた一瞬のスキ


「メーン」パァーン


「一本っ」

審判をしていた剣道部員の手からバッっと赤い旗が上がる。


赤い旗は兄、裕樹の方の旗だ。

勝負は三本勝負、つまり先に二本取った方が勝ちである。


一本先に取った余裕からか、裕樹は口の端羽を上げニヤリとしながら弘之に語りかける。


「さあ弘之、吹奏楽部でとろんばーん?ところぼーん?とろん何とかをやりたいのだろう?ならば俺を倒してその屍を越えて行け!!」

(どうやら兄の方もそんなに弘之と知能指数が変わらないようだ……)



そもそも何故こんな勝負をしているかと言うと…

↓↓↓



拓郎に見捨てられ一人ボッチで30名程の剣道部員達に囲まれてしまった弘之…。


弘之はその様な心細い状況では有るが用件を聞かなければこの状況から脱して部活に行くことは出来ないと考えて口を開く。

「あー、えーっと。あ、兄様(あにさま)何かご用でも?」

弘之が恐る恐る、若干かしこまりながら聞く。


「おー、お前が中学では剣道部に入るって言ってたのになかなか来ないから迎えに来てやったぞ!」


裕樹は相変わらず肩に竹刀を担ぎ、そう満足そうに言うと「なあ?」とでも言いたそうに周りの部員達を見回すと頷いた。


そうである。

まだ星ガ浜高校の定期演奏会に行く前、夕食の一家団欒の時間に中学での部活の話題になって弘之は特にやりたい部活も無かったので「中学入ったら何部に入るんだ?」と言う兄からの質問に軽い気持ちで「あー、ゆう君と同じ剣道部に入るよー」と言っていたのだ。


その話しを聞いた兄は、嬉しかったのかそれを剣道部の友達に話し、それを聞いた兄の友達も橋本家に遊びに来る度に「弘之は剣道部に入るんだって?」と聞いて来たので、そこもテキトーに「そうです。宜しくなのです。夜露死苦」等と言い放っていたのだ。

そもそも富士見ヶ岡中学の剣道部に入って来るのは殆どが近くの高梨剣道場の生徒で有り、皆が昔からの先輩後輩で弘之達橋本兄弟も例外では無いので有った…。


よって今周りを囲んでいる兄&剣道部員達は善意、あくまでも善意で、本当に本当に善意で、昨日剣道部に来なかった弘之をお迎えに来たので有る。


弘之は「あははー」っと誤魔化す様に頭をかくふりをすると「あれ?言って無かったっけ?僕は吹奏楽に入ってとろんぼーんを吹くん…」


バチーン。


弘之が言い終わらないうちに、振り下ろされた竹刀が地面に当たる音が廊下に響いた…。


弘之は一瞬ビクッっとし視線を下に落とすが、恐る恐るゆっくーりと兄を見上げると、兄はこめかみに血管を浮かせ怒った顔で「あぁ!? なんだって?」っと言いながら弘之を睨む。


しかしここで負けては琴映と織絵お姉さんと波瑠先輩と姫乃先輩との夢の吹奏楽ハーレムライフ(?)が出来なくなってしまう。

弘之は意を決して先程よりも大きな声で再び宣言する。


「だーかーらっ。僕はとろん、ぼーんを吹くから吹奏楽部にー…」


「「「バチーン」」」


約30人の竹刀が一斉に振り下ろされ廊下に当たった音が響いた…

コワイ…マジデコワイ…イワコデシマ

ほん怖五字切りしちゃうよ?


弘之がまたビクッっとすると、周りを囲んでいる剣道部員達はトントンと一定のリズムを刻み竹刀で地面を叩きながら「殺せっ♪殺せっ♪リア充殺せっ♪」と不気味な呪文を唱えながら弘之の周りをグルグルと周り出した…。

やばい、怖すぎる。なんかの儀式……?ノリノリだし…


弘之は恐怖でガクガクと震えながら兄を見ると、裕樹はまたニッコリと笑い(だからその笑顔が怖いんだって!)ながら「まあいい、ちょっと来い」と言った後、弘之を後ろから羽交い締めにして両腕を持ちズルズルと武道場へと引きずって行くのであった。


その後を三列縦隊になり相変わらず竹刀で地面を叩きながら謎の呪文を唱えてついて来る集団。

「殺せっ♪殺せっ♪リア充殺せっ♪」


「た、助けてくれー! 僕は吹奏楽部にー」

っと叫びながらジタバタし、引きずられて行く弘之。


すれ違う生徒達の好奇な視線が痛い。


なかなかのカオスであった。



話しを今に戻そう。

吹奏楽部か剣道部かをかけて、いや勝手に掛けられて剣道三本勝負をしている弘之。


しかし既に一本取られ、あと一本取られると弘之の負けだ。

もう後がない…。


週に一度道場に通っていただけの弘之と部活動でほぼ毎日の様に修練を重ねてきた兄、裕樹。

技量の差は明確である…。


弘之は自分から動くと不利だと悟り正眼の構えから防御重視である八相の構え(上段顔の横に竹刀の持ち手を持って来る薩摩示現流等で使われる構え)へと構えを変える。


裕樹もその弘之の構えを見て、ワザとスキを見せ相手に打ち込ませる下段の構え(斜め下に竹刀を下ろしている構え)へと構えを移した。


お互いが待ちの構えとなり、相手の出方を見た事により、ジリジリとした時間が流れる…。


試合時間は全部で5分間、先に一本取られた時の時間もカウントされており、このまま行くと時間切れで、裕樹の有効打一本によって弘之の負けとなってしまう。


先に動いたのは弘之であった。

弘之は八相の構えから上段(竹刀を完全に上に上げて振り下ろすだけの攻撃重視の構え)に変えると右足を擦り足で前に出して動きだす!


その時であった!裕樹が突然横を向いて叫ぶ!


「あ、あんな所に伊達だて織絵おりえ琴映ことえの伊達姉妹がっ!!!」


動き出そうとした瞬間に相手が突然横を向いた事に驚きながらも、裕樹が叫んだ興味深い内容(←)に弘之はついつい釣られて其方そちらを向いてしまう!


「えっ!?織絵お姉さんと琴ちゃん!!どこどこー?」



上段構えをし、よそ見をした事で完全にガラ空きになった胴体へと裕樹の竹刀が飛び込む


「どーぅ」パァーン


「一本!勝負ありっ!」

審判はバッっと再び赤旗を挙げると試合の終了を告げる。


負けてしまった…兄である裕樹は完全に弘之の弱点を知っていたのだ…

伊達姉妹と言う存在を…


被っていた面を外しハアハアと荒い息を吐きながら、両手両ひざを武道場の床につきガックリと項垂れる弘之…。


そんな弘之を見下ろして兄が声を掛ける。

「勝負あったな! これでお前は剣道部へ…」


兄が言葉を紡ぐのを遮る様に弘之が口を開く

「兄ちゃん……僕……」


裕樹が無言だが「わかっている。吹奏楽がやりたいんだろう?」とでも言いたそうに頷き、慈悲深い目で弘之を見つめる。


すると弘之は息を整えてから顔を上に上げ言った。


「兄ちゃん…いや、安西先生…俺…俺…バスケが…バスケがしたいっす!!」



「「「スラ◯ダンクかよっ!!」」」


剣道部員全員からのツッコミが武道場へと響いたので有った…。



その後、兄を含め部員全員から防具の上から足げにされると言う「可愛がり」を受けた弘之が満身創痍になりながらも、兄に「もう、行って良いかな?」(なめてる)と言うと、兄は呆れ顔で「はいはい、もう良いから行った、行った」と手で追い払う様にして弘之を武道場から追い遣った。

周りの部員達も同様に手を追い払う様にフリフリしていたのは言うまでもなかった…。


弘之は鼻歌を歌い、スキップしながら武道場を後にする。


「部活でぼーんでランランラン♪とろんでぼーんで大爆発♪」


しかしそんな弘之の後ろ姿を見る兄と剣道部員達の目はとても慈悲深く、その顔はとても満足そうであった。


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