第45話 楽しい本入部♪2

姫乃先輩の言葉に急いで自分の名前を書きに来た弘之。

しかし他の新入生(女子)達が黒板の前でワイワイキャッキャ♪とはしゃいでるので通れず、背伸びをしたりピョンピョンと跳ねながら黒板を見ようとしていた。


思春期の少年には同級生とは言え若い女子の集団の中に「ちょっと、ごめんね」と言って割って入って行くのは中々困難な事だ。


仕方なく弘之が精一杯背伸びをして女子集団の間からなんとか黒板の方を見ると、なんとそこでは友達の拓郎が黒板の目の前で女子集団とキャッキャしてるのが見えた。


「くっ、リア充め」


そう怨嗟えんさの言葉を吐いた弘之だが、弘之と琴映との関係を周りの人間が見たら十分リア充であると言われるであろう。

あんまり贅沢言ってるとまた剣道部(リア充死ね死ね団)に捕まるぞ。


「んー、進めないよー。どうしよう」

前に行きたい弘之がそう呟けど誰も退いてはくれない。


「んー、進めないよー!ど・う・し・よ・うーっ!」

弘之は勇気を出してもう一度同じ言葉を先程より大きな声で言ってみたのだが手前の女子達ににらまれて終わった。

(怖い)


パンパン♪


「はいはーいっ! 書き終わった人は横にズレて前を開けてねー。まだ書いてない人の邪魔になるからねー」


そんな状況を見かねた部長の波瑠はるが指示を出して黒板の前の人を動かす。

身体は小学五年生みたいだけどなかなか出来る部長なのだ。


波瑠の指示でやっと空いた黒板の前へと辿り着いた弘之。

トロンボーンの所を見ると定員は3人。

既に名前が2人書いてあった。


「誰だこれ?」

仮入部で弘之が吹いている間にも何人かトロンボーンの所に楽器体験に来ていたのだが、練習に集中していた(妄想にじゃ無くて?)弘之は全然覚えていない。


「まあいっか、どうせ後で会うだろうし。それにしても危なかったなぁ。あと1人だったじゃん」

そう言って自分の名前を書き始める弘之。

べつに早いもの勝ちでは無いのだが……。


「お、お待ちなさい! そこの枠はワタクシが貰いますわ! 」

しかし、弘之が名前を書き始めるや否や金髪縦ロール、頭にティアラを乗せたいかにもお嬢様な格好の女の子がそう言って、カツカツと足音をたてて弘之の隣りにやって来た。(履いてるのは普通の上履きなのに……)


だが残り一つの枠。

弘之も必死に反論する。

「いや、僕の方が早いから!」

だから、早いもの勝ちでは無いのだが……。


しかし、金髪縦ロール姫の方も引き下がらない。

「あら? あなた、小庶民の分際で姉小路あねこうじ財閥の娘である、この姉小路あねこうじ 頼姫よりひめに逆らうと言うの?」


弘之はいきなり出て来た姉小路だか袋小路だか道路工事だかわからない謎の同級生に沢山言いたい事があったのだが、取り敢えず真っ先に思いついた言葉を頼姫よりひめに返す。


「ちょ、ちょっと待ってよ。色々と突っ込み所が多いんだけど、僕の方が書き始めたの早いんだからねっ! てか財閥の娘ならお金持ちなんだから自分の楽器を買って貰ってピンクのチョークで書けば良いじゃん」

(大体なんで財閥の娘が公立中学に!? とか、何故金髪縦ロールなのに姉小路!? とか、頭のティアラは何!? 等々などなど他にも言いたい所は沢山あるのだけど)


弘之の言葉を聞いた頼姫よりひめは弘之の「僕の方が早く〜」の言葉の方は気にも止めず「楽器を買って貰ってピンクのチョークで書けばいい」(部長が言った「自分の楽器を持っている人は決定」)の方だけを都合良く聞き取ると「あらぁ、それもそうね。このワタクシへの献言けんげん感謝しましてよ」と言うと黒板にピンクのチョークで名前を書き出した。


それを見て弘之は(しまった! ピンクのチョークは決定って波瑠先輩も言ってたじゃん。これでトロンボーンの定員が埋まってしまった)と自分の失言に気が付き、書く手を止めてオロオロする。

ピンクのチョークで自分の名前を書いた姉小路 頼姫は「ふふん」と鼻を鳴らして勝ち誇った顔で弘之を見ている。


「もちもちお餅のはしもっちー。早いもの勝ちじゃ無いからね、名前を書いて大丈夫だよー。これから調整するんだし」


そんな風にオロオロとして動けなくなった弘之を見兼ねた部長が助け船を出してくれた。


部長の言葉を聞いて弘之はほっと胸を撫で下ろすと頼姫にアッカンベーをしてから自分の名前を黒板に書いた。

安心感からか「もちもちお餅」と言われた事に気が付かないでいるが、また変なあだ名が増えるぞ。

そして行動が大人気ない。子供だけど。


「新入生は皆んな書いたかなー?じゃあこれから調整するよー」


ほぼ全員が書き終わった所で再び波瑠が声を掛けて仕切る。


その言葉にまだ書いて無かった数名が慌てて名前を書くと、一年生総勢25人全員が黒板に名前を書いたようだ。

3人ほど楽器未定の所に名前が書いてあるけど、仮入部に来なかったがやっぱり吹部に入ろうと思って来た口だろう。


定員オーバーのパートはトロンボーンとサックスとフルートとトランペットだ。

特にテレビドラマの影響で人気若手女優がやってるフルートと有名イケメン俳優がやってるトランペットに人が集まっている。


逆にあんまり馴染みの無い楽器は空欄だ。

そこを先輩達が均等になるように説得して行く。取り敢えず未定の者も何とか人が少ないパートへと振り分けていくようだ。


さて、トロンボーンは定員3人の所に4人来てしまったので1人溢れてしまう。

そこで話し合いになったのだが、姉小路さんは「お父様にお願いして一番良い楽器を買って頂くから宜しくてよ。ホーッホッホッ」等とちょっと良く分からない事を言っているので放置だ。

特に何が「宜しい」のか全く分からない……。

とにかく自分の楽器を買う(買ってもらう)と言っているので決定だから放置だ。


残りの3人で「私が」「私が」「僕が」とやっているがどこかの芸人さん達(◯◯クラブ)の様に「どうぞどうぞ」とはならず、話が並行線になる。

「じゃあもう仕方がないからじゃんけんにしよっか」と成りそうになった所で話し合いを見守っていた姫乃が口を開く。


「誰かユーフォをやってみないかしらぁ?トロンボーンと近い音域で、もっと暖かくて深みのある音がする楽器なんだけどぉ」


その言葉に3人は「うーん」と各々おのおの上を向いたり下を向いたりしながら考える。

弘之だけ(UFO?未確認飛行物体かー。ワクワクするなー。アダムスキー型かなー)とか、ちょっと違う事考えているのだけど。


暫くそうしていると1人の女の子が小さく手を上げて「あの、私、ユーフォニュウムも興味があったのでユーフォやっても良いです」と言ってくれた。


その言葉に弘之と姫乃ともう1人の女の子はほっと胸を撫で下ろす。

因みにまた弘之だけ(ユーフォニュウム?UFOじゃないの?UFOニウムやるの?てか何UFOニウムって?アルミニウムなら知ってるぞ)と考えているのだけど……。



その後、先輩達の努力も実って無事各パートに人数が均等に振り分けられた。


一年生25人

クラリネット3

オーボエ1

フルート3

サックス3

ファゴット1

ホルン3

ユーフォニュウム1

チューバ1

トランペット3

トロンボーン3

コントラバス1

パーカッション2


なかなかバランスの良い編製だ。

2年生が抜けても大丈夫な位のバランス。


楽器決めが終わると、名前を覚える為と親睦を深める為のレクリエーション大会が始まった。

何でもバスケットをやって椅子に座れなかった人が罰ゲームでモノマネや自分の黒歴史を言ったり。

楽器の音当てクイズではチューバに高音を吹かせた音を皆んながトロンボーンと間違えたり、サックスの種類が分からなくて混乱したり。


一年生二年生総勢35人全員が全力で遊んで、全員がとても楽しい時間を過ごした。


波瑠先輩はいつもみたいにバタバタと手足を動かしてはしゃぎ、姫乃先輩は普段の妖しい笑顔ではない無邪気な笑顔で、奏先輩等他の先輩方も弘之が初めて見る様な本当に楽しそうな様子で、一年生も同様に楽しく時を過ごし、拓郎はイケメンスマイルで、結花はふわふわ不思議ちゃん笑顔で、頼姫はオーッホッホッと謎の高笑いで、琴映はたまにプクーっとした顔で弘之を見ながらもワイワイと、勿論もちろん弘之も久しぶりの大人数で遊ぶ体験に心躍らせ精一杯はしゃいだ。


それは二度と戻れない本当に夢のような大切な時間であり、その時が以後1年間で最も富士見ヶ岡中学吹奏楽部が活動する第一音楽室に沢山の人と、人の笑顔が溢れていた時であったと、後日一年間の部活動を振り返って書いた日記に弘之は記していた。

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