第41話 こうして吹部はポン部となった①

琴映に引っ張られて伊達家のリビングへと移動した弘之。


琴映にズルズル引っ張られている弘之を見た琴映の母親は「あらまあ、仲良しね♪」と言って笑っていた。

そんな琴映の母親に(いや、普通に助けて下さい!あなたの娘さん乱暴に育ってますよ。このままだと末はランボーですよ!シュワちゃんですよ)と言いたかった弘之。しかしそんな事琴映が怖くて、もちろん言えない弘之は目で訴えてみたのだが、琴映マザーは「ふふふふ♪」と楽しそうに笑って見てるだけだった。


そうやって琴映にリビングのソファーまで引っ張られて座らされた弘之。


「はい、弘之。お座り」


そう言って弘之をソファーに「お座り」させた琴映は「むふー」っと鼻の穴を膨らませて何故かご満悦だ。

「お座り」させられ小さな声で「何で僕がワンちゃん扱いなんだ」とブツブツと呟いている弘之の方も実は満更でもないのだからどうしようもない。


ドMか!


しかしそれは決してドM等ではなく、学校では絶対に見せない、家族と弘之だけに見せる本当の琴映、素の琴映とのやり取りが弘之にとってとても嬉しいからと言う理由ゆえと言うことを弘之の名誉の為に書いておく。


2人がソファーに座り織絵お姉さんを待っていると、琴映の母親がティーカップに新しい紅茶を入れて持ってきてくれた。

どうやら伊達家は紅茶派のようだ。


それを一口頂く弘之。

すると琴映の部屋で頂いた紅茶とはまた違った爽やかな柑橘系の香りが鼻腔に広がる。


「流石リプトン。香りが違うね」


弘之がそう言うと琴映が「うーん、これはトワイニングのledy greyだよ」と直ぐにメーカーと品名を教えてくれた。

(流石琴ちゃん。覚えたっ。レディボーデンね♪今度親に買って貰おう。レディボーデン)

弘之、それはアイスの名前だぞ。


そうやって2人で暫く紅茶の香りを楽しんでいると、帰宅後の片付けや身支度を終えた織絵お姉さんがリビングまで降りてきた。

彼女は自分用のティーセットをテーブルに置き、弘之達の前にクッションを敷いて座わると、ティーカップに紅茶を注いで一口飲んだ。

そうして「ふぅ」と一息つく。

そして弘之の方を見ると「えっと確か、どうして富士中(富士見ヶ岡中学)の吹部(吹奏楽部)がポンコツのポン部って言われるようになったのか知りたいんだよね?」と言って話しを切り出した。


弘之はいつになく真剣な面持ちで短く「はい」と答える。


それを確認したお姉さんは話しを続ける。


「私も詳しい話しは同じ市立の先生になった高校のOBの先輩から聞いたんだけどね。簡単に言うと、顧問の先生が変わったのよ。」


良くある話だった。

指導する顧問の先生が変わった事による部活の多少の浮き沈みはこの業界(吹奏楽界)の常だ。

他の部活なんかでも監督やコーチが変わって上手くなったり、下手になったりする事例も多い。

公立中学の先生は同じ学校に居られる期間(所謂在任期間、各自治体により任期は違うが大抵8年)が決まっていて、その任期が過ぎると別の学校へ移動しなければならないのだ。


(なるほど、大体予想通りだったな)と弘之は思った。

先生に任期がある事など小学校の離任式退任式を見ていた弘之も知っていた。


しかしそれにしても何かが心に引っかかる。

弘之は音楽準備室(通称楽器倉庫)で見た光景を思い出す。

ガラス張りの棚に飾られた多数の賞状や盾。書かれた年号には弘之が生まれる前のものもあったし、かなり昔の物なのか酷く色褪せて文字が読み難いものも沢山あった。

それは支部や全国の違いはあれど、何年も何十年も富士中が沢山のゴールド金賞を獲る吹奏楽の強豪校であった事の証で有ったのだ。

つまり間に指導の先生が変わった事だって何回もあった事の証でもあると言う事だ。


「でも、あの賞状の数。って事は今までだって先生が変わった事があるって事ですよね?」


弘之は気が付いた新しい疑問を素直に織絵お姉さんへとぶつける。

するとお姉さんは「そうね」と短く呟いてから紅茶を一口飲む。


そして「この話しは余り周りの子達には話さないでね」と前置きすると少し暗い表情で話しを続けた。

そこから続く話しは弘之の知らなかった、「大人の事情」と言う社会の闇と言える話しだった。


「弘君の言う通り富士見ヶ岡中学はずっと強豪校だったの。それには訳があってね。普通強い学校の先生が離任する場合、同じ市内で別の強い学校の先生と入れ替えるの。分かりやすく言うとね、市内にA校B校C校と吹奏楽が強い学校があったらA校の先生が離任してC校へ→B校の先生はA校へ→C校の先生はB校へ。って感じでタイミングを合わせて移動するのよ。でもね、去年ある中学校に市の偉い人のお子さんが入学する事になって、その子が吹奏楽をやりたいって前から言ってたみたいでね。それでね、一番指導が上手かった富士中の先生をね……」


織絵お姉さんはそこで話しを一度切った。

弘之が見るとお姉さんはいつもの優しそうな顔ではなく悔しそうな表情をして、両手の拳をギュっと握ると顔を下にしてうつむいた。


「あのっ……」

「おねえ……」


言葉を区切って俯いてしまった織絵お姉さんを心配して弘之と琴映が同時に声をかける。


2人が声をかけるとお姉さんは顔を上げて、指で自分でも気付かない間に流していた涙を拭い再び話し始める。


「ごめんなさい。えっと、そう。一番指導が上手かった富士中の先生、私の恩師でもある先生をその偉い人のお子さんが入学する中学に移動させたのよ。任期の途中で……」


「えっ? じゃあ…」


何が起こったのか気が付いた弘之が続く言葉を言う前にお姉さんが答えを言った。


「そうよ。そこで強豪校の先生ローテーションが崩れたの」


そう言うとお姉さんはまたカップに口をつけて紅茶を飲んむ。

その香りで心を落ち着かせるかのように。



(そうだったのか……去年って事は織絵お姉さんは今高2だから、お姉さんが卒業して直ぐって事だよな。自分が卒業した直ぐに後輩達が涙を飲むなんてお姉さんも悔しかっただろうなぁ)


「そう、でしたか。お姉さんにとっても余り話したくない話しでしたのに、お話してくれて本当にありがとうございました。」


織絵お姉さんの話しを聞いて、その内容に心を打たれた弘之は珍しくしっかりとお礼を言う。

そんな弘之を見て琴映も「おねえ。ありがとう」と優しく言った。


2人のお礼を聞いてお姉さんはいつもの優しい顔に戻ると「ふふふ♪良いのよ」と笑顔になった。


そんなお姉さんを見て弘之と琴映の2人はお互いに顔を見合わせて笑顔で頷き合う。


しかしお姉さんは2人が顔を見合わせて微笑み合うのを見て自分も微笑むと、また直ぐに悲しそうな暗いトーンで話し始めた。


「でもね、この話しにはまだ続きがあるのよ」



怖(続)

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