第40話 琴映の事情
前話に続き伊達家でわいわいと楽しい時間を過ごしている弘之と琴映。
弘之は琴映が吹いていたクラリネットを難しそうだなと思うが、メカニカルな所がカッコよくて興味を持ち、自分も吹いてみたくなったので琴映に吹かせて貰えるようにお願いする。
キーの配列とかジョイント部が工場の配管みたいでカッコいいもんね。
「ねぇ、琴ちゃん。クラリネット、僕も吹いてみたいな。ちょっと貸してもらえるかな?」
「いーよー。はいっ♪」
弘之がお願いすると琴映は特に気にするでも無く笑顔でクラリネットを差し出してきた。
「ありがとう。えーっと」
弘之はそれを受け取ると琴映が持っていた持ち方を真似して持つ。
「こうだよ♪」
直ぐに細かな所は琴映が弘之の指を取ってなおしてくれる。
弘之は(さーて、吹くぞー)と意気込んで「カプッ」っとマウスピースを咥えようとするがそこである事に気が付き一瞬躊躇する
(あれ?これってさっきまで琴ちゃんが咥えてたやつだよな?って事は間接キス?)。
「どうしたの?吹かないの?」
クラリネットを持ったまま、なかなか吹き始めない弘之を見て無邪気な笑顔で尋ねる琴映。
弘之の心の中で天使と悪魔が争いだす。
(悪魔「ほーら、琴映もそう言ってんだしカプっと咥えちゃえよ」天使「ダメだ弘之!琴ちゃんの好意に付け込むなんて」悪魔「いいんだよ!なんならいっそペロペロもしとけよ。こんなチャンス滅多にないぞ」天使「ペロペロとか絶対だめだよ!でもちょっとだけ、少し咥えるくらいなら…ぐふふ」)
天使が負けた所で弘之はニマニマとした顔でマウスピースを咥えようとする。
「よーし♪」
バッ
「やっぱり返して!」
あと少しの所で琴映にクラリネットを奪い返された。
急にクラリネットを取られた弘之は空中で口をカプっと空振りし、腕を伸ばしたまま不思議そうな顔して固まっている。
(ちえっ、バレたか…でも何でバレたんだろう?)
間接キスのチャンスを無駄にした事を残念に思うも、後ろめたさを隠す事も兼ねて抗議の声を上げる弘之。
「どうして急に楽器とるのさ?」
「だって弘之。絶対エッチな事考えてる顔してたし」
どうやら全てお見通しだったみたいで琴映からそう返されてしまった。
…
その後もわちゃわちゃとした時を過ごしていると下から「ただいまー」と大きな声が聞こえて来た。
どうやら琴映の姉の織絵(おりえ)が部活を終えて帰ってきたみたいだ。
「あ、おねえが帰って来た」
そう言って琴映は立ち上がる。
そんな琴映を見て弘之も立ち上がり2人で部屋を出るとトントンと階段を降りて玄関まで織絵お姉さんを迎えに行く。
「おねえ、おかえりー♪」
「ただいまー、琴映。んー?後ろにいるのは弘くんかな?」
琴映がふと見れば隣にいたはずの弘之は後ろでモジモジしている。
そんな弘之を琴映は脇腹をつついて前に出るように促す。
すると弘之はすすーっと琴映の横に来て緊張しながら挨拶するのだった。
「お帰りなさいませ織絵お姉様。本日も大変お美しくて可愛いらしくて最高で…いたぁ!」
何故か挨拶の途中で笑顔の琴映から脇腹をつねられて痛みの声を上げる弘之。
弘之が琴映を見ると顔は笑っているのに凄い眼力でこちらを睨んでいた。
「ふふふ。ただいま弘くん、お久しぶりね。でも良かったわね?こ・と・え♪弘くんとー、仲直り出来たみたいで♪」
そんな2人を見て織絵お姉様(弘之の中で優しくて綺麗で可愛いキングオブお姉様)は弘之に微笑み挨拶を返すも最後にちょっとだけ琴映をからかう。
流石、あの母親の娘だ。
琴映はまた恥ずかしくなって耳まで真っ赤にしてしまい、弘之の服の袖をギュウゥっと掴んで俯いている。
そんな風に琴映が何も喋られなくなってしまったのを見て、琴映のフォローの為にお姉さんが弘之に向かって仲直りまでの顛末を説明しだした。
流石、優しくて綺麗で可愛いキングオブお姉様(お姉様だからクイーンか)。
「ほら、今の富士見ヶ岡の吹奏楽部ってポンコツのポン部って言われてるでしょ?琴映ね、新しいクラスの友達に吹奏楽部に入るって言ったらバカにされたらしいのよ。そんな部活入るより一緒にサッカー部のマネージャーやろうって誘われて、そう言われたら女の子同士だと付き合いとかで断れない事があるし…」
「えっ!?」
弘之は驚くもそれも無理はないと思った。
自分も同じく吹奏楽部が下手くそでポン部と呼ばれている事が理由で入るのを戸惑い、琴映とは逆に友達の拓郎の後押しで入部を決めたからだ。
もし拓郎が居なかったら、または拓郎が他の部に弘之を引っ張って行こうとしていたら自分と琴映は逆の立場になっていたかもしれない。
「それでね。仕方なくサッカー部に行ってたんだけど、弘くんとの約束を破っている事を気にしててね。この前うちの父と母に泣きながら相談したのよー。そしたらうちの両親が直ぐに琴映に新しく楽器を買ってきてね、友達には親に楽器買って貰ったから吹部に入らないといけないって言いなさい!っ言って。ねーっ?琴映♪」
そう言って最後は琴映を楽しそうにからかいながら琴映の顔を覗き込む織絵お姉さん。
優しいだけじゃない姉妹間の「なにか」を垣間見てしまった様な気もするが。
琴映が自分の口からは言いにくい内容を弘之に言ってくれるあたりはホントに優しいんだろうけど。
「おねえ…」
琴映はプクーっと頬を膨らませて、余計な事まで言った姉への抗議と言いにくい事を言ってくれた事の感謝が混ざった複雑な感情を込めた上目遣いで姉を見て呟く。
弘之の服の袖を握ったまま。
「そうだったんだ」
その内容と顛末に驚くがこれまでモヤモヤしてた経緯がわかり安堵する弘之。
しかし安堵と同時にここ最近ずっと思っていた疑問が心に沸いてくる。
(もしかしたら織絵お姉さんなら知っているのかも?)と。
「あのっ!そもそもどうしてうちの吹奏楽部はポン部なんて言われるようになったのでしょうか?織絵お姉さんがいた時は大会で賞をとったり、凄かったんですよね?」
弘之は意を決してお姉さんに聞いてみるが琴映から掴んだままの服の袖をツンツンと引っ張られて注意された。
「弘之。ここ玄関だからおねえを家に入れてあげて」
「あわわわ。ごめんなさい。気が付かなくて」
琴映に注意されてようやく失礼に気が付いた弘之が慌てて謝る。
すると織絵お姉さんはシューボックスに手をついて片方づつ靴を脱ぎながら「良いのよ。そっかー、琴映はそこ説明しなかったんだー。まあそうだよね。取り敢えず2人はリビングで待ってて貰って良いかな?」と言って2人をリビングへと促すのだった。
「はぁーい」
琴映はそう言うと織絵お姉さんの靴を脱ぐ仕草に見とれていた弘之を自分が掴んでいた服の袖ごと引っ張ってリビングへと連行していった。
「いたたた。破ける!破けるからー」
その光景を(さながら散歩中に違う方向へと行きそうになる犬とそれを別の道へと引っ張っていく飼い主のようだな)思い、微笑みながら見守る織絵お姉さんだった。
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