第10話 襲撃

 あまり関わりたくないなと思いつつ、ラジは小さく会釈を返す。


「さっきは悪かったよ、お前、本当に強くなったんだな?」

「……どこから見てたんですか」


 ラジは焦燥を隠せないまま問うた。

 魔物喰いの現場を見られてはいないだろうか、と。

 フェリアには話したが、それは信頼あってこそである。目の前の男に知られても良いと割り切れるような情報ではない。卑怯な方法を使って強くなっているという自覚も相まって、ラジは半歩後ろに下がった。


 男が手を振りながらラジに近寄る。増々ラジは警戒を強めるが、敵意はない、とでも言いたげに両手を振る男を見てそれを緩めた。


「何も見てない。Eランクとはいえ、一人でここまで来れる冒険者のことをもう最弱とは呼べない。それだけだ」

「本当に?」

「……お前はどこまで疑い深いんだ? 少しは同業者を信用しろ」

「この性格のお陰で今日まで生き残っているので。疑い深い性格を改めようとは思ってないですね。それに、同業者とは言っても名前も知らない」


 男は「シェイカーだ」とだけラジに告げる。

 ラジはさして興味もなさげに、「そうですか」と返した。


 シェイカーはラジに近寄り、手を差し出す。


「友好の証だ」


 ラジはひとつの逡巡の後、握手程度であれば大丈夫だろうと判断しシェイカーの手を握る。

 瞬間。


「ファイア」


 そう唱えたのはシェイカーである。


 シェイカーの手のひらから拳大の火の玉が出現する。ラジは慌てて防壁を作り出し、それにぶつけることによって威力を相殺する。あんなもの、間近で食らってしまえば一溜りもない。


 瞬時に後ろへ飛びのき、シェイカーから距離を取る。


「随分と危険な友好の証ですね」


 ラジはシェイカーを睨み付け、呟く。


「ああ、そうだな。どうだ、仲が深まったことを示す為にも、もう一度握手しないか? なんなら抱擁でもいい」

「僕はそんなに馬鹿じゃないですよ。それに、男色の趣味はない」

「ああ。残念だ」


 迷宮内に悪意が充満する。その悪意はしっかりとラジを突き刺し、攻撃する。


「……僕なんて放っておけばいいじゃないですか。それに、さっき言っていたこととやっていることが矛盾してますよ。Eランクの迷宮で死人は出したくないんじゃなかったんですか? 今の、僕が防壁を出してなければ死んでたかもしれませんよ」

「事情が変わったんでね」


 シェイカーがラジに詰め寄る。リーダーを任されているだけはあるようで、魔物喰いで強化されたラジにすら劣らないスピードだった。


 その速度に乗ったまま、シェイカーはラジに向けて魔法を放つ。防壁を出すか迷うが、間に合いそうになかった為所持しているスキルポイントを全て防御に割り振る。ステータスは変動し、


『ラジ・リルルク レベル1

 攻撃 330/999

 防御 660/999

 幸運 1/999

 魔法 110/999

 召還 1/999

 耐性 999/999   』


 となる。


 片やシェイカーは勝利を確信していた。当然だ、至近距離で魔法を食らって死なない人間など存在しないのだから。

 炎の残滓に包まれているラジを眺めながら、安堵の溜息を漏らす。最弱の冒険者だったラジがどういう風に強くなり、この迷宮に来ているかは知らないが、それほど強くなっていなかったな。と安心を吸収させる。が、


「ファイアなんて、人に向けて放つものじゃないですよ」


 その安心は脆く崩れ去った。


 煙が消えた後に現れたのは、何一つ外傷を負っていないラジだった。


「ど、どうして……! なんで生きている……?」

「さあ? 使用した魔法が弱すぎたか、」


 そこで一度言葉を区切り、ラジはシェイカーに詰め寄って右手を大きく振りかぶる。


「僕が強すぎるせいですかね」


 振りかぶった右手をそのままシェイカーの顔面に振り下ろす。シェイカーは詠唱後防壁を出すが、しかしラジはそれすら突き破る。Eランクの冒険者では到底太刀打ちできない程、ラジは強くなっていた。


 魔法で出現させた防壁が、ラジの物理攻撃によって破壊される。緑色の壁が崩壊し、その破片が辺りに飛び散る。


「待て! 待ってくれ! 俺はただお前を殺すよう依頼されただけだ! こんな依頼、割に合っていない! やめる! もう二度とお前には逆らわない! 関与しない!」


 ラジは振り下ろした右手をシェイカーの顔ぎりぎりで止めて、静かに問う。


「誰に依頼された?」


 口調が変化し、言葉に怒気を滲ませるラジを不気味に思いながら、シェイカーはしどろもどろに告げる。


「ギドラだ! ギドラ・コル! 知り合いじゃないのか!?」

「知らない。そのギドラっていうのはどこにいる? 誰だ」

「この迷宮の最深部にいる! そこでお前の首と報酬を交換する予定だった! なにかお前に恨みがあるようだったが、本当に知らないのか?」

「知らない。少なくとも僕はギドラを覚えていない」

「そうか、情報は渡した! 見逃してくれ……! 俺も命は惜しいんだ!」


 シェイカーは逃げるようにしてラジから距離を取る。

 しかし強化されたラジの脚力に勝てるわけもなく、あえなく追い付かれてしまう。


 シェイカーは叫んだ。


「なんでだよ! 情報は渡しただろう!? もう俺は関係ない!」


「確かに情報は貰った。けど、別に見逃してやるなんて言ってない」


 ラジは静かにそれだけ告げて、シェイカーの首元を掴み、自身に引き寄せる。

 シェイカーの顔は引き攣り、恐怖で痙攣していた。


「お前! 人を殺してもいいと思ってるのかよ!?」

「人殺しは良くないね」


 シェイカーは少し安心する。話が通じないわけではないと。交渉次第で生は保証されると。腐ってもEランククエストのリーダーなのだ、交渉術には多少自信があった。


「そうだろう。取り敢えず放してくれ、落ち着いて話し合おう。ラジも、殺人はしたくないだろう」

「何を言ってるんだ? お前はその殺人をしようとしてたじゃないか」

「あれは依頼だ! 俺の意思じゃない!」

「でも僕を殺そうとしていたのは事実だ。それにEランク冒険者なら分かるでしょ、」


 ずいぃっとシェイカーに顔を近づけ、ラジは呟く。


「迷宮での死は、その原因がなにであろうと「迷宮での死」として処理される。常識ですよね? だから貴方は僕を殺そうとしたし、僕も貴方を殺そうとしている」


 シェイカーの顔色がみるみる内に悪くなり、数秒後、その恐怖から逃げるようにして気絶した。人間の防衛本能というものだろうか。興味深いな、とラジは思った。


 首元を掴んでいた手の握力を弱める。どさり、と音を立ててシェイカーは放り出された。ラジはそれを見下ろしながら言う。


「殺すわけないでしょ……。殺人鬼になんてなったらフェリアさんにあわせる顔がないし。でも、少し脅し過ぎたかな……」


 眼前に横たわるシェイカーを尻目に、ラジはギドラがいるという最深部へと向かった。

 迷宮内で気絶してしまったシェイカーに、防壁系の魔法を付与してやろうかと少しだけ思いラジは足を一度止めたが、しかしそこまでする道理もないかとその考えを一蹴し、再び歩みを進めた。

 もしこれでシェイカーがモンスターに襲われて死亡したとしても、ラジにその責はない。


 迷宮での死は、その原因がなにであろうと迷宮での死として処理されるだけなのだから。

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