第35話 人喰いと魔物喰い
ラジは多大な外傷を負っている自身の身体を叱咤し、叩き起こす。
回復薬に含まれている鎮痛剤の効果が切れかかっている為か、全身が鉛のように重く、炙られているかのように熱い。
しかし、ラジは動く。ギドラを目標として、進む。
ギドラは焦燥した。過去のことを思い出した。
奇しくも、その出来事も砂の迷宮で起こったことなのだ。腕が無くなった場所も、ラジという少年を殺してやろうと誓った場所も、全てこの砂の迷宮最深部である。
記憶がフラッシュバックする。コンマ数秒で悪夢が脳裏に表示されては消えていく。
「来るな……。俺を、その目で見るな……ッ!」
ギドラは次々に魔法をラジに向けて放つ。
攻撃力は上昇したが、防御は未だ660のままだ。ギドラの放つ炎達は、しっかりとラジの身体を焼き、貫く。
服が焼ける。頬が焼ける。腕が焼ける。足が焼ける。全身が焼ける。
しかしラジは、歩みを止めない。
ゆっくりと、しかし一歩一歩確実に、ギドラに近づいていく。
「痛くない。熱くもない。喰われた冒険者達の苦痛を考えれば、こんなもの、取るに足らない」
ギドラの足は動かない。
恐怖ではない。
喰われた冒険者達の亡霊が、ギドラの足を掴んで離さない。
冒険者が持つ魔力には、僅かながらもその人の意思が詰まっている。ギドラはその魔力(いし)を、喰らったのだ。冒険者が死に物狂いで得た経験を、無理矢理に奪った。
その為ギドラの体内には、数多くの冒険者が詰まっている。
人喰いの代償だ。瞬間だけは大きな力を得るが、しかし人喰いはその力を制御できない。何故なら、多くの意思が詰まっているのだから。許容量を超える魔力は、受け入れることは出来ない。
縦横無尽に様々な魔力が体内を這いずり回り、身体はその異常に耐えきれず、精神が壊れる。
元々の自分の魔力が、意思が、気持ちが、どこにあるか、分からなくなるのだ。
ギドラも元々は人喰いに忌避感を抱いていた。時間が経過するにつれてその忌避感が薄まっていく、そう思っていたが、それは間違いである。
様々な人間の魔力を喰らったことにより、正常な判断がつかなくなっていたのだ。
ギドラは既に、ギドラ・コルという人間の魔力を、覚えていない。
何もかもを忘れ、最終的に残ったのがラジへの恨みである。いつしかその恨みは殺人衝動へと変貌する。
今のギドラは、何故自分がラジを殺そうとしていたのかすら、覚えていない。
上位冒険者を相手に、優位に立てている。その安心だけが、今のギドラの支えだったのだ。それが無くなった今、ギドラを支える柱はない。
その瞬間、人喰いはモンスターに変わる。
ラジはギドラの頭を乱暴に掴み、引き寄せる。
ギドラは反撃しない。否、出来ない。
「人喰いの罪は、死んで償え」
「や、めてくれ……」
「貴方は何度もその言葉を聞いていた筈だ。その時、手を止めたか?」
確かにギドラは、同じような言葉を何度も耳に入れていた。
冒険者達は、殺される前に、口を揃えて言っていたのだ。殺さないでくれ、やめてくれ、と。しかしギドラはそれを聞き入れることなく、殺した。経験を奪った。
自分のしたことは、全て自分へと返ってくる。
ラジは足元に転がっている石を拾い上げて、魔法を使用しそれを鋭利な刃物に仕立て上げる。
これで喉笛を切るだけで、殺せる。
ラジの攻撃力は750、対してギドラの防御力は749なのだ。1違うだけで、攻撃は通るようになる。
1違うだけで、人は死ぬ。
その尖り切った先を見たギドラは叫ぶ。
「嫌だッ! 死にたくない! 待ってくれ、俺は自分で自分がなんだか分からなくなっていたんだ! 殺す前に、話を聞いてく」
ラジは魔法を使用し、発現させた炎でギドラの声帯を焼き切る。呻くことも出来なくなった人間の、モンスターの残骸を見て、ラジは呟いた。
「黙れ。数多くの命を奪ったんだ。今更言い訳なんて通用しない。でも、貴方がこうなった原因の一端を僕が担っているのも事実だ。せめて苦しまないように、殺してやる」
「……ッ! ……――!」
自身に迫るそれ目の当たりにして、ギドラは目を見開く。額から汗が零れ落ちる。口を動かそうとするが、しかし声は出ない。
先程のヨルトのように、ラジはそれをギドラの首元に突き刺す。
今度は奥深くまでそれは突き刺さり、そこからどくどくと赤黒い血が流れ落ちた。
初めはもがくようにして苦悶の表情を浮かべていたギドラだったが、じきにそれは動かなくなり、蛋白質の塊に成り下がる。
極度の緊張状態から解放されたラジは、ギドラと共に地面に膝をつく。
ヨルトは傷だらけの身体を抱えるようにして、ラジに近寄る。
「大丈夫か?」
こくりと縦に頷くことで、返事をした。
人を刺した時の薄暗いどろりとした感触が未だ纏わりついて気持ちが悪いが、これは正当防衛である。
殺される前に、殺した。
冒険者とモンスターの関係に似ている。殺されたくないから殺す。ここにあるのは正当性だけである為、ラジが罪悪を感じることは無かった。
ヨルトはラジに声を掛ける。
「帰ろう。ギルドに報告すること、山程あるしな」
ヨルトはこの後のギルドとのやり取りを想像して、頭を抱えた。かなり面倒なそれになるのは間違いない。
全てラジに押し付けてやってもいいな、と一瞬だけ思ったが、それでは報酬支払対象がラジのみになる為、その考えは捨てた。負った傷分くらいは、ギルドからの報酬で補填しなければならない。
ギドラの死骸をどうするべきか、とラジは迷ったのだが、「モンスターが処理してくれる」というヨルトの言葉に従って放置しておくことにした。
それに、魔法袋を食してしまった今、ギドラをギルドに持ち帰る術がない。抱えて帰るのには少々骨が折れるし、それにこんな血みどろの人間を担いで区画入りするなど、出来ない。
ヨルトはラジに手を差し伸べて、起こす。
「帰るか。報酬上乗せしてくれなきゃあ、割に合わねェぜ、こんな仕事」
冗談か真か判断できないヨルトの台詞に、ラジは少々の笑みを返して、帰路についた。
(本当に、今度こそ、幸運にポイントを振っておこう……)
そんなラジの考えだけが、砂に乗って迷宮内を漂うのだ。
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