第11話 魔物喰い

 砂の迷宮最深部。

 円状に石が重ねられており、初見では人工的に造られた迷宮なのでは? と疑ってしまう程、精巧であった。昔の人間が造った人工物であるとの見解もあるので、ラジのその疑いは正しくも間違いではない。


 そんな場所に、二人の男が悪意をぶつけ合うようにして対峙していた。


「……ギドラって貴方だったんですか」

「ああ、これを機に覚えてもらえると嬉しいよ、ラジ。まあ、お前はここで死ぬからその必要もないがな」


 ラジはギドラを見る。

 この迷宮に連れられる時、同じ車内に乗っていた男がギドラだった。


 ギドラはラジに折られた手を大事そうに撫でながら、その元凶を睨む。ラジはその視線を受け流しつつ、口を開いた。


「というか、それ僕のせいですか? ギドラさんが喧嘩を吹っ掛けて来なければそんなことにはならなかったと思うんですけど……」


 ラジは困ったような表情を抱えてギドラに話しかける。元はと言えばギドラがラジを煽った為にこうなっているのだ。多少の責は感じなくもないが、しかしラジだけが悪いかと言えば答えは否である。


 ギドラはそんなラジの表情を見て激昂する。


「お前……! 人の腕を折っておいて……!」

「折ってもなにも僕にその意思はなかったんですって。申し訳ないとは思ってますけど、回復薬で事なきを得たじゃないですか」

「この回復薬だって高額だったんだ!」

「知らないですよ。そもそもそっちから仕掛けておいて負けたら難癖つけるって、滅茶苦茶だとは思いませんか」

「うるせえ、お前みたいな下位冒険者がこんなクエストに来るから悪いんだろうが。それに、俺が言っていなくても他の誰かが言っていた」


 ギドラが動く。ラジは警戒を上げてギドラから距離を取った。


「後、シェイカーはどうした? 殺したか?」

「あれもギドラさんの差し金ですか? シェイカーさんの方から撤退してくれましたよ」

「そうか。ラジを殺して得れる報酬よりも、大人しくモンスターを狩ったほうが確かに良いかもしれないしな」


 さして興味もなさげにギドラは吐き捨てる。


 対してラジも嘘は言っていない。撤退させたと言った方が正しいのだが、ギドラの警戒を上げさせないようにラジは敢えてその表現をした。


 二人の距離は遠いようで近い。Eランクの冒険者であれば瞬時に詰められるような距離である。万が一の為にラジは防御にスキルポイントを振ろうとするが、先程シェイカーと対峙した時に使い切っていた為に、その行動は無に終わった。


(まあ、大丈夫だとは思うけど……。大丈夫だよね……?)


 一抹の不安を抱えながら、ラジはギドラを見据える。しかし、一向にギドラはその位置から動こうとせず、ラジは困惑した。


「……やめます? 今なら僕も全てをなかったことにして帰りますけど」

「やめねえよ。お前はここで叩き潰す。腕を折られた報復というのもあるが、フェリアに好かれているのも気に入らなかったしな。迷宮で殺せば罪に問われることはない、都合が良い」


 ギドラは顔ににやりと嫌な笑みを張り付け、ラジを睨み付ける。


「フェリアさんに気に入られてるって……そんな理由で僕は殺されるんですか」

「ああそうだ」


 そんな理由で僕は死の危険に迫られているのか。と溜息を吐かずにはいられなかった。しかしフェリアに責は無い為、彼女に文句をつけるわけにもいかない。つくづく自分の幸運の低さを嘆いた。ここを乗り切った後は幸運にも多少スキルポイントを割いてやろう、と固く決意する。


「じゃあ、仕方ないですね。死んでも文句は言わないでくださいよ。僕も加減できるか分かりませんし」

「この期に及んで……! どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだよ!」

「初めに馬鹿にしてきたのはギドラさんなんですけど、っと!」


 ギドラが短く詠唱し、ラジの足元に炎を飛ばす。ラジはそれを軽く躱すが、その先にギドラがまた炎を打ち込む。そしてそれはラジに直撃し、身体は炎に包まれた。


 ギドラは苦笑する。やはりはじまりのラジははじまりのラジのままだったか、と。ラジは否定していたが、筋力増幅薬を使っているという自身の推測は正しかったのだな、と確信した。


「どうだ! そろそろ薬の効果も切れる頃だろう! それに切れていなかったとしても、薬で向上するのは筋力だけだもんなあ? 防御が上がっていない今、炎を食らったお前は死ぬ!」



「勝手に殺さないでください」



 炎の渦が静まった頃、ラジはその煙の残滓を身に纏い、傷一つない身体のままギドラに向かって歩き出す。


 ギドラは驚愕する。ギドラ自身、魔法と召還に全てのポイントを割り振っている為、ラジがそれから無傷で抜け出したことについて驚きを隠せないでいた。


「俺は魔法にスキルポイントを30も振っているんだぞ……!? Eランク冒険者としてはトップクラスなのに……!」


 ギドラは自身のステータスを今一度確認する。間違ってはいないだろうか、と。攻撃や防御に回すべきそれを魔法につぎ込んでまで得た対価がこれなのか、と。自身のそれは本当に正しいのか、と。

 しかし、ステータスにはしっかりと魔法30/999と表示されている。Eランクの冒険者で30までポイントを上昇させている人間などいない為、ギドラは驕っていた。そしてその驕りは慢心などではない。本当にギドラは強かった。


 ――ただ、ラジの強さがその上を歩いていただけである。


 ラジはギドラを見据える。その燃え盛る瞳を見て、ギドラは石になったかのように動かなくなった。


「無傷なのは当たり前ですよ。僕の防御のステータス、660なので」

「660!? 嘘だ、有り得ない!」

「有り得てるんだから仕方ないでしょう」


 ラジとギドラの距離が零に等しくなる。

 ギドラを下から見上げる形で、ラジは止まる。


 侮っていた、とギドラは思う。はじまりのラジという噂だけが先行していたのかもしれない、と自身の情報不足を恨む。しかし、真相は異なっている。噂が先行していたのではなく、ラジは本当に最弱だった。数日前までは。

 だから、ギドラがその情報を得られないのも仕方がないことなのである。


 そんなことを知らないギドラは、ラジという少年に恐怖を抱いた。小さな身体に、大きすぎる力を蓄えているこの少年のことを、恐れた。

 ギドラの足が震える。こんな人間に手を出さなければ良かったと今更後悔する。しかし、今後悔しても遅いというのも理解していた。だからこそ、自分の未来を想像して震えた。喉から小さな嗚咽が漏れるが、恐怖に捕まれているギドラがそれを制御することは出来なかった。


(はじまりのラジに、俺は殺される)


 死期を悟った。

 数時間前、自身がラジに告げた言葉を反芻していた。


『そういえば、迷宮は謎の死が多いらしいな。お前も精々気を付けろよ』


 と、自分は言ったのだ。言ってしまったのだ。

 そしてそれは、刃の付いたブーメランとなって自身に帰ってきている。


 ギドラは目を瞑り、極力恐怖の元凶を見ないようにする。それだけが今のギドラにできる唯一の反抗であり、防御だった。


 ラジはギドラの腕を掴み、捻った。

 いとも容易くそれは捻じ曲がり、ギドラは苦悶の表情を浮かべ、額から汗がにじみ出る。


「これでこの話はなかったことにします」


 冷たく言い放ち、ラジはギドラを下から見上げた。

 苦痛で目が開いたギドラが見たのは、こちらを見て柔和な笑みを浮かべている幼気な少年だった。行動との落差に、ギドラは震えあがる。こいつとは関わってはいけないと、本能が、本能で理解した。


 捻じ曲げられた腕に、急いで回復薬を振りまく。Eランク冒険者が購入するには難しい高額な回復薬の為、ギドラの腕から痛みは消えた。腕は今だ曲がったままだが、これで済んでよかったとギドラは思う。万が一に備えて回復薬を購入しておいた自分を内心褒め称えた。


 ここに来てギドラは、ある一つの御伽噺を思い出す。モンスターを食べて成長していく、荒唐無稽な冒険譚を。魔物喰いと呼ばれるようになる英雄の話を。


 知らず知らずの内に、ギドラはその物語上の主人公とラジを重ね合わせていた。姿形は全く異なる筈のそれらが、しかしぴったりと型に嵌る。


「魔物喰い……」


 ギドラの呟きはラジには届かなかった。防衛を成功させたことにより、ラジの視界からギドラが消えていたからである。これは、ギドラにとって僥倖だった。もし仮にその呟きがラジに届いていたのならば、ラジはどんな手段を講じてでもギドラからその情報を奪っていた為である。


 ラジはギドラから離れると、最深部に潜むモンスターを狩りつくしていく。

 武器もなにも持たずにEランクの迷宮に佇むそれらの生を奪っていくラジを数秒眺めた後、ギドラは思い出したかのように踵を返した。ここにいてはいけないと冒険者の勘が告げている。


 ラジはそんなギドラに振り向きもせず、殺したモンスターを焼いて、食した。

 無表情でモンスターを狩り尽くすラジに恐怖を抱いたのか、ラジが初めに討伐したそれらを食べ終わる頃には、辺りにモンスターの気配はなくなっていた。


 こうしてラジの初めてのクエストは幕を閉じるのだった。

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