第12話 帰還
「お疲れ様。Eランクの迷宮はどうだった?」
「疲れました、精神的に」
戦果報告と報酬受け取りを兼ねて、ラジはギルドへ戻ってきていた。
精神的に、ということは身体的な疲労は感じていないのか、とフェリアは驚く。
フェリアはラジを見つめて、感慨深げに頷いた。はじまりのラジと侮蔑の対象にされていた少年が、しっかりとした冒険者となって生きて帰ってきている。それがフェリアは嬉しかった。
柔和な笑みを浮かべて自身を見るフェリアに答えるようにして、ラジも笑みを返す。ギドラやシェイカーには見せなかった笑みを、ラジは携えていた。
「生きて帰ってきてくれて嬉しいわ。それで、戦果報告するんだよね?」
「ええ。そうなんですけど、戦果報告ってどうやるんですか? 僕、モンスターは軒並み食べ尽くしちゃいましたし、倒した証明をするのが難しいんですけど」
ラジは困り顔で頭を掻きながら、助けを求めるようにフェリアを見た。食べ尽くした、のあたりは声を潜める。
そんなラジを見てフェリアは頭を抱えたくなる。そんなことも知らないのか、と目の前にいるのがラジでなければ言っていただろう。
フェリアは「はじめに言っておくべきだったわね、ごめんなさい」と前置きする。その言を聞いて、ラジは首を横に振った。自身が確認しておけばよかっただけの話だ、フェリアを責めるつもりなど毛頭ない。
「モンスターの核ってわかる?」
「わかりません」
即答した。フェリア自身、ラジがそれについて知っているとは初めから思っていなかった為、直前のところで出かかった溜息は止まる。
身振りを加えて、ラジが理解できるように分かりやすく噛み砕いて説明する。
「モンスターを倒したら、普通はそのモンスターを形成している核が出てくるのよ。それをギルドに持ち帰ったら戦果としてカウントされるわ。ラジくんの場合、全部食べてしまうからそれが出てこなかったんでしょうね」
モンスターに含まれる毒素を形成している大部分はその核である。その毒素を分解する時に副次的に出現するのがスキルポイントの為、結果的にラジは、成長か報酬の二択を迫られていたということになる。
「なるほど」
ラジは理解を体内に吸収させ、頷く。
しかしそれは、今回のクエストで得られる報酬は無いと宣告されたようなものだ。ラジは分かりやすく肩を落として項垂れる。初めから知っていれば、全てを食すのではなく報酬の為にそれらを残しておくことも可能だった。反省と後悔が体内で渦巻く。
フェリアもラジのその気持ちを理解したらしく、慰めるように話しかける。
「大丈夫よ、ラジくん。貴方に良い知らせがあるわ」
「それ、大抵悪い知らせとセットになってるパターンのやつなんですけど……」
「良かったわね、良い知らせしかないわ。それに悪い知らせの方はさっき伝えたしね」
それもそうか、とラジは思考する。しかし、はじまりのラジという蔑称がここまで拡大してしまっている今、ラジにはその「良い知らせ」の出所が掴めずに困惑した。
裏のない良い知らせなど、ありはしない。というのがラジの持論である。
「ラジくんに、報酬を全て譲るって言っている人がいるのよ」
「どういうことですか、それ」
ラジの中で疑念が膨れ上がる。
いくらフェリア経由で聞いた話であろうと、少しでも怪しい話なのであれば、ラジはすぐさま申し出を断るつもりでいた。誰かは知らないが、報酬を譲るなど聞いたことがない。冒険者稼業というものは危険である、しかし報酬が他の仕事よりも高額な為に人手不足になることはない。言い方は悪いが、報酬で釣っているのだ。
そしてそんな冒険者に憧れる人間が、他の人間に自らの死を賭けてまで稼いだそれを簡単に譲るだろうか。
ラジの目が細くなる。
フェリアはそんなラジの瞳を見て狼狽する。何故ならその目は、迷宮で見たそれと違いなかったからである。
慌ててフェリアは情報を並べていく。ラジのことは好いているし、なによりもここまで力をつけた冒険者との繋がりが切れてしまうことを恐れた。
「シェイカー・ドレア、知らない?」
紛れもなく人名である。ラジは記憶からそれをサルベージする。
「シェイカーさんなら知ってます。それがシェイカー・ドレアかは分かりませんが」
当然、シェイカーのことは覚えていた。自身を殺そうとしてきた人間のことなど、忘れようにも忘れられない。フェリアの言っているシェイカーと、自分が考えているシェイカーは同一人物なのだろうと推測する。同姓同名の人間がタイミング良くこの時に関わりなど持ってこないだろう。
「多分そのシェイカーね。伝言も預かってるわよ」
「聞かせてください」
フェリアは口を開く。
「『ラジには世話になった。これはそのお礼だ。冒険者っていうのは流れ者だ、お前と会うことも、もうないだろう。これでラジと俺との関係は終わりだ。俺のことは忘れてくれ』って言っていたわね」
これは手切れ金だ、とラジは思った。
フェリアに話す手前、シェイカーもそうであるとは言い辛かったのだろう。しかし、これは確実にラジとの関係を切る為のものだ。フェリアがそれを理解しているかは定かではないが、あまり迷宮内でのことは他言しないでおこうとラジは思考する。強くなったということが知れるのは良いことではあるのだが、そのせいで恐れられてしまっては困る。ラジも好き好んでシェイカーを攻撃したわけではないのだ。
ラジはにこりと微笑み、フェリアを見た。
「そうですか。わかりました。受け取っておきましょう」
「本当に良いの? 良い知らせ、とは言ったけれど、普通こんなことをする冒険者はいないわ。なにか裏でも取れてるの?」
フェリアが言っている裏とは、これを渡すだけの出来事が迷宮内であったのか? そうでなければ後からなにか要求されるかもしれないぞ、ということだ。どこまでも自分を心配してくれているフェリアに感謝を告げて、シェイカーがこうまでする何かが迷宮であったということを仄めかせておいた。
流石のラジも最後までは言わないが、フェリアもなにかを察したようで、「危険なこと、しちゃ駄目だからね」とだけ呟いた。その呟きはしっかりとラジの耳に届いていたのだが、それに対する粋な返答が思いつかず、ラジはそれを聞こえなかったことにした。
フェリアは机の下からさらりと封筒を取り出し、ラジに渡す。
ギルド内で報酬を確認することは、ギルドのことを信用していない、つまりは報酬金を誤魔化している可能性があると思っている、と勘違いを受けてしまう為にやってはいけない行為の一つとして挙げられているのだが、はじまりの迷宮で長らく燻っていたラジが、そんな常識を知るわけもなく、その封を開け中身を確認する。
「こんなに……?」
封筒がその紙幣の圧に耐えられずに膨れ上がってしまっている。ラジが封を開けた瞬間、解放されたとでも言わんばかりにそれらは顔を出した。
「ええ。ラジくん、シェイカー・ドレアにそこまで感謝されるようなことをしたの?」
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