第13話 魔道具について
ラジはその問いに答えることが出来ず、誤魔化すようにして金額についての疑問を投げかけた。
「多くないですか? Eランククエストでこれだけ貰えるなら、そこで満足してしまう冒険者も多いんじゃ……」
「違うわ。シェイカーはこのクエストのリーダーだったし、彼にはCランク相当の報酬が渡されているのよ」
「なるほど……」
それにしても、多い。
はじまりの迷宮しか知らなかったラジにとって、この金額は大きすぎた。今までははじまりの迷宮に現れるブルースライムを倒して、偶にそれらが落とすアイテムを売却して、人生を繋いでいたのだから。
モンスターの核や、ギルドからのクエスト、ましてやEランクの迷宮など、ラジは知らなかったのだ。実力は既に上位冒険者だとしても、その知識や性格、金銭感覚などは最弱冒険者だった頃のままなのである。
そんな歪な成長を刻むラジを、フェリアは心配そうに見つめることしかできなかった。
「大事に使うのよ」
「はい。と言いたいところなんですけど、もう使い道決めちゃってるんですよね」
「三十万リルよ? そんな大金、何に使うつもり?」
リルとはこの世界における通貨の名称である。そして三十万リルとなると、人ひとりが二か月ほどは質素に暮らしていけるだけの価値がある。ラジはそれを今ここで使ってしまうつもりでいた。
ラジは溜息を吐きながら答える。
「……武器です」
フェリアの脳内は疑問に支配された。どうしてだ、と。ラジのステータスを知っているフェリアにとって、ラジが武器を欲しがる理由が見当たらなかったからである。素手でモンスターを蹂躙できる人間が、今更武器など必要あるのか。そもそもラジは、非効率的だから短剣を捨てたのではなかったか。
ラジは言い訳するように言葉を繋げていく。
「いや、確かに武器は必要ないんですけど。持ってなかったら持ってなかったで舐められるというか……。迷宮外でのトラブルが増えちゃうんですよね」
そのトラブルをラジは経験したのだろう、とフェリアは推測した。そしてそのトラブルにシェイカーが大きく関わっているであろうことも、朧気ながら理解する。
それならば、ラジが武器を欲す理由も理解できる。
あまりにも安い武器では、威嚇や牽制としての効果は無くなる。この際ラジに扱えない武器であっても、それなりの武器であればいいのだ。何故なら購入したところで恐らくラジがそれを使用することはない為である。
これはあくまで、他の冒険者から認められる為のものだ。そしてそれをラジは必要経費であると割り切っている。普通、こんな大金を受け取ってしまえば、私利私欲の為に使うのが冒険者という者なのだが、ラジは違う。しっかりとその瞳に前だけを映している。フェリアはそれを称賛する。ラジはただ運がいいだけではない、上に行けるだけの器も確かに持っている。
それなら、とフェリアは提案する。
「ラジくんは別に武器を使用したくて買うわけじゃないんだよね?」
「はい、そうです」
「なら、魔法袋(マジックバッグ)を買えば?」
「なんですか、それ……。これも冒険者なら知っていて当たり前の情報なんですか……? 僕って思っている以上に無知だったんですね……」
ラジは自分の無知を恥じつつ、フェリアにそのアイテムがなにであるかを問う。
フェリアもラジが魔法袋について知っているとは思っていなかったようで、快くそれについて解説する。
「さっき言ったモンスターの核だったりを入れておけるのよ。収納系の魔道具だからいくら入れても大丈夫だし、値段も張るから他の冒険者に絡まれることもなくなると思うけど」
「なるほど、便利ですね」
良い魔道具だ。とラジは思考する。
冒険者としての格を測る指標になるものが欲しかっただけなのだが、それに付随して便利な機能もついてくるのであれば勿論そちらを選択したい。
それに、この魔道具はラジに必要不可欠なものだと言っていい。迷宮に潜る度に食か報酬かの選択を迫られるラジにとって、それらを後回しにすることが可能なこの袋は、冒険者しての格の指標などを度外視しても欲しいものだった。
ラジはまだ見ぬその魔道具に思いを馳せながら、口を開く。
「今すぐにでも欲しいです。いくらですか?」
「五十万リル」
「……足りないじゃないですか。こんな話を聞かせておいて、フェリアさんも悪い人ですね」
冗談ぽく、というよりも、確実に冗談ではあるのだが、フェリアはその言が本気の可能性もあると踏んで次の言葉を慎重に選択する。フェリアにとってラジは既に庇護対象から外れ、対等な人間となっていた。しかしそれでもラジに対する好感が薄れたわけではない。フェリアがこうも慎重に言葉を選択しているという事象の、その根底にあるのは、ラジから嫌われたくない、の気持ちである。
フェリアは慌てて言葉を付け足した。
「私の伝手を使えば格安で売ってくれるところもあるわ」
ラジの目が分かりやすく輝き、まるで餌に食いつく魚のように話に噛みついた。
「なら、申し訳ないんですけどそこから買ってもいいですか? 流石に宿代とかは残しておきたいので」
「ええ、いいわよ。でもここから少し遠いけれど大丈夫?」
「自分の足を使って行ける範疇なら、どこでも」
フェリアは静かに笑った。何故なら、攻撃力に多大なスキルポイントを割り振り、脚力さえも上昇しているラジにとって、足でいけない場所など殆ど無いからである。攻撃力に特化しているAランクの冒険者は、車などは所持せず、自力で迷宮に向かっているという話も聞いたことがある。あくまで噂話に過ぎないのだが、近い未来、その噂の真相はラジの姿で確認できるだろうとフェリアは踏んでいた。
魔道具が売っている地区をラジに教える。
「トトリカ地区、十二番街の酒屋に売っているわ」
今ラジ達が立っている地区から数万メドル離れた場所にあるのが、トトリカ地区である。この国は広く、国の中に様々な地区が存在しているのだが、そのトトリカ地区というのは所謂スラム街で、ずっとはじまりの迷宮で燻っていたラジでさえ知っている危険な場所であった。
難色を隠そうともしないラジに、フェリアは追加で情報を渡す。
「大丈夫よ、その酒屋を経営しているのは私の知り合いだから」
「そうなんですか。でもなんでわざわざトトリカ地区に? あの辺りは、言っては悪いですけど、あまり売り上げに期待できるような場所じゃあないと思うんですけど」
「資金が無くてトトリカ地区の土地しか買えなかったから、らしいわよ。「トトリカから成り上がる」が口癖の気の強い女の子だから、ラジくんのタイプじゃないかもね」
「僕は女性をタイプかそうでないかで判断しませんって!」
揶揄われ顔が赤に変色していくラジを目で愛でながら、フェリアは告げる。
「私の名前を出せば多分売ってくれると思うから」
「多分ってなんですか……」
「あの子、気に入った子にはとことん尽くすけど、そうでない子にはすごく冷たいのよね……。だからその辺はラジくんの手腕にかかってるわ」
「そんな滅茶苦茶な……」
そうラジは思ったが、迷宮探索に比べたら簡単か、と割り切ることにしたのだった。
魔法袋という魔道具を手に入れる為に、ラジは迷宮探索を一度打ち切って、少しだけ寄り道をする。
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