いずれ語られる迷宮譚~レベル1の最弱冒険者だけど、最強になれる方法を見つけたので成り上がってみる。~

如月凪月

第一章

第1話 最弱冒険者

「またはじまりの迷宮ですか?」


 雑多な冒険者ギルド。そこかしこに冒険者が溢れかえっており、そしてそのどれもが屈強である。

 その中に一人、違和を放つ人間が居た。


 武器は短剣とも呼べないような小さな果物ナイフ。前髪は目にかかる程長く伸ばしていて、おおよそ冒険者であるとは思えない小さな身体つき。本当にモンスターを倒せるのか? と疑いを持たれても仕方がない程の少年である。


 名をラジと言うその少年は、小さな体躯には似合わない程の真っ直ぐな瞳を持って、再確認を行ってきた受付嬢を睨む。


「はい」


 受注したクエストで間違いないとの意を示す為、ラジは短くそれだけ答えた。

 受付嬢は軽く頭を下げ、クエストの内容について軽く触れる。


「ええと、このはじまりの迷宮探索クエストですが、」

「もう知ってます、敵がブルースライムしかいなくて、まともに報酬を出せないんですよね? 一応クエストとしては出しているけれど、それも初心者冒険者が迷宮というものに慣れる為の、いわばギルド側からの厚意、なんですよね」

「ええ。そうです。流石はラジくん。何度もこのクエスト受けてますもんね」


 からからと笑う彼女からは悪意など感じられず、ラジはただ真似るようにして笑みを返したのだった。

 ラジが先述した通り、はじまりの迷宮とは文字通りはじまりの迷宮である。まだ迷宮に潜ったことのない冒険者が、自身の力を試す、確かめる場としてそれは機能しているのだ。


 つまり裏を返せば、初心者以外がその迷宮に潜りこむことは無い。

 それなのにも関わらず、ラジは幾度となくはじまりの迷宮に潜っている。


 初心冒険者というには少し歳を重ねたラジが、何故未だそれに潜っているのか。答えは簡単である。


 力量が、圧倒的に不足しているのだ。


 比較的討伐が簡単であると言われているブルースライムでさえ、ラジは倒せない。否、倒せるには倒せるのだが、それには死の危険が孕むのだ。


 その為ラジは、未だにはじまりの迷宮に潜ってレベル上げに精を出している。

 冒険者など諦めてしまえと言われてしまっては言い返す言葉もないが、ラジがそれに憧れてしまっているのだから仕方がない。


「ラジくん、今レベルはいくつですか?」

「1ですよ。レベル1。ブルースライムを倒したところで得れる経験値なんてたかが知れてます。僕が2に上がるまで何年かかるんでしょうかね……あはは」


 乾いた笑いとはこのことだろうな、とラジは俯瞰的に思っていた。

 そんなラジを見かねてか、受付嬢が励ましにも似た助言をする。


「大丈夫ですよ、レベルが1上がるだけで基本能力もぐんと上がりますし。それにスキルポイントだって貰えます」

「スキルポイント?」


 聞きなれない台詞だった為、ラジは首を傾げながら彼女を見る。その疑問を隠すことなく全身で表現し、答えの提示を求める。

 受付嬢はそんなラジの無知を笑うことなく、暖かな笑みを持って説明する。


「そうです。レベルが上がればスキルポイントという自身で振り分けることの出来るポイントが貰えるんですよ。魔法使いになりたい人であれば、特別な魔法を覚える為にそこにポイントを注ぎ込みますし、例えば戦士であれば、レベル上昇による攻撃力増加に加えて、ポイントもそこに充てます。そうすると攻撃力はさらに伸びます。戦闘が有利になるんですよ」

「……。頭の片隅に入れておきます」

「ラジくん、あんまり理解できなかった? 簡単に言えばスキルを伸ばせばレベルなんて上がらなくたって大丈夫ってことよ」


 図星を突かれたラジは、ぽりぽりと恥ずかし気に頭を掻く。


「……でもレベルが上がらないとスキルポイントももらえないんじゃあ……」

「……」

「無言だけはやめてくださいよ!」


 突然斜め上の方角を見る受付嬢に、ラジは大きくツッコミを入れてしまう。

 そんなラジを見て彼女は少し微笑んで、


「私の名前はフェリアよ」


 と、唐突にそんなことを言った。


 ラジはその行動の意味を咀嚼することが出来ず、茫然とその場に立ち尽くしてしまう。何故このタイミングで自己紹介をしたのだろうか、その理由をあまり良いとは言えない頭を回転させ考えてみるも、納得のいく答えが出てくる筈もなく、ラジは誤魔化すように俯くだけだった。

 そんなラジに答えを教えるが如く、フェリアは言う。


「死んでほしくない人には、名前を教えているのよ」


 ラジはその意味が理解できず、「なぜですか?」と静かに問う。


 フェリアは柔和な笑みを浮かべながら、口を開いた。


「待っている人がいるって考えたら、無茶な行動は出来なくなるでしょう? まあ、一種のおまじないよ、あんまり気にしないで」


 ラジは漸く納得する。そして納得と同時に頬が薄紅色に染まる。


 フェリアにとって、僕は死んでほしくない人なのか。


 気づいたときには、もう頬の紅潮を誤魔化すことなどできないくらいに、それは赤く染まっていた。

 そんなラジを慈愛に満ち満ちた目で見つめ、フェリアは続ける。


「だから、あんまり無茶はしないこと。はじまりの迷宮だからって、油断しないこと、まあ、ラジくんはそんなことしないだろうけど」


 当たり前だ。なにせ、ラジはそのはじまりの迷宮で躓いているのだから。その場での油断は、そのまま死亡へと直結する。


 フェリアの言葉を強く噛み締めて、ラジは右手に果物ナイフを持って、はじまりの迷宮へと赴くのだった。

 恥ずかしさを紛らわす為、碌に準備もせず迷宮に来てしまった自分を呪うのを、この時のラジは知らなかった。

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