第8話 クエスト

 ラジを乗せた車が荒野を駆ける。


「よお、はじまりの」


 車に揺られ、睡魔と格闘している時、ラジは隣に乗っていた冒険者に相当な悪意を持って話しかけられていた。

 普段はギルドという抑止力に守られていたのだな、と感じる。それがなくなった瞬間、ラジは格好の餌食となってしまう。


「はじめまして」


 なるべく波風を立てないようにと意識しながらラジは返答し、目を瞑る。視界に入れた方が負けであると決め込む。


 フェリアとの迷宮探索が終わった後、ラジはすぐに次の迷宮探索許可証をフェリアから受け取っていた。しかし、フェリアが渡したのは個人での探索ではなく、パーティでの探索許可証だった。

 つまり、この探索はギルドからの依頼、クエストである。


 ラジがクエストを受けるのは初めての経験である。何故ならば、初心冒険者はクエストを受けることができないからだ。はじまりの迷宮を踏破するか、ギルド職員からの推薦で初めてしっかりとした冒険者となることができる。

 そして、ラジをそれに推薦したのは他の誰でもないフェリアである。こうしてラジは最弱冒険者を脱却し、晴れて冒険者となって目的の迷宮まで運ばれている。


 クエストのランクにはF~SSSまで存在し、今ラジが受けているのはEランクの迷宮探索クエストである。ラジの実力であれば、Bランクのクエスト辺りまでは受けられるのだが、フェリアはラジの幸運スキルが著しく低いのを加味し、そして経験が乏しいということもあってEのクエストへと走らせた。


 これまで個人行動しかしてこなかったラジにとって、今回の迷宮探索は不安しかなかった。パーティとは名ばかりで、迷宮に入った後は冒険者それぞれ個人で行動するというのは知識として知っているのだが、それでもラジは憂慮していた。


「なんではじまりのラジがこんなクエスト受けてるんだ? 帰った方がいいんじゃないのか?」


 先程話しかけてきた男がそんな声を上げる。ラジ自体にいくら声をかけても反応がないと悟ったのか、男は車内にいる冒険者達に聴こえるくらいの声量でそんな台詞を口にした。


 他の冒険者達が、続々とラジに気が付いていく。元々悪い意味で有名だったラジだ。その波紋は大きく、直ぐに広がっていく。


 何故最弱の冒険者がここに? という疑問は、瞬く間に悪意へと変貌していく。


「おいおい。目的地ははじまりの迷宮じゃあないぜ? ラジ、大丈夫なのかよ?」


 男がラジを見て嘲笑するが、無視を決め込むと決断しているラジにその男の嫌な笑みは映らなかった。


 一向に反応しないラジに苛立ったのか、男はラジの首元を掴み自身に引き寄せる。

 目を瞑っていたラジは突然のそれに対応することが出来ず、がくんと揺れる形でされるがままになってしまう。


 男はラジの顔を覗き込み、吐き捨てるように言った。


「お前が来るような場所じゃねえんだよ。足手纏いになる前にギルドに帰りやがれ」


 しかしラジは薄く笑い、たった一言、


「嫌です」


 とだけ告げて、首を掴んでいる手を無理矢理引き剥がす。

 ラジの首元を掴んでいた男の右手が、みるみる内に変色する。突然の出来事で、男は理解を飲み込めていなかったが、数秒後、その意味に気が付く。


 ラジが無理矢理引き剥がしたことにより、男の手は折れていた。勿論ラジに折ってやろうなどという意図はなかったのだが、強くなり過ぎたそれを制御することが難しく、意図の外側で力が暴走してしまったのだ。


 男は右手を押さえ、所持している回復薬を大量に消費する。一応ではあるが変色と腫れは治まった。


 冒険者にしては心優しいラジではあるが、自身に攻撃を仕掛けてきた人間を配慮するほどお人良しではない。人並みに憎悪は感じるのである。自分に喧嘩を吹っ掛けてきた人間の末路をその目に移し、ラジは薄く笑っていた。


「ラ、ラジ……! お前、筋力増幅薬は規制されているんだぞ……!」

「はあ? ……ああ、そういうことですか。使ってないですよ、そんなもの」


 男の言わんとしていることを理解して、ラジは冷たく告げた。

 短期間で急成長したラジの薬使用を疑う男も、勿論間違ってはいない。自身の持ち得る知識の中で一番納得のいく答えがそれなのだろう。それについては否定しない。


 男はラジに詰め寄り、叫ぶ。


「だったらどうして……! お前ははじまりのラジで……! まさか、自分の力を隠していたのか……?」

「いや、違いますよ。確かに数日前までは、僕は最弱冒険者でしたね」

「意味が分からない! どうしてここまで急激に成長するんだ! よく考えれば、お前がこのクエストを受けているのもおかしかった! どうしてだ! はじまりの迷宮も踏破出来なかった雑魚が! どうしてここまで成長できる!?」


 ラジは一瞬の間考える素振りを見せた後、直ぐに男の目を見て、


「食事に、気を遣うことですかね」


 とだけ告げた。


 ラジにしてみれば、丁寧に本当のことを告げたまでなのだが、男はそれを煽りであると受け取ったようで、ラジを憎々し気に睨む。そんな視線をラジは受け流しつつ、車窓から見える荒野をじっと観察していた。


 男はラジに聞こえるような音量で呟く。


「そういえば、迷宮は謎の死が多いらしいな。お前も精々気を付けろよ」


 言外に、迷宮でお前を殺す、と男は告げていた。ラジもそれを理解はしていたが、さして気にするでもなく頷いておいた。そもそも、最近まで最弱の冒険者であったラジにとって、迷宮とは言われずともそういった場所であるとの認識なのだ。だから気にしない。当たり前のことを言われただけである。迷宮での死は、その原因がなんであろうと「迷宮での死」として処理される。これはラジでも知っている世界の常識なのだ。


 ラジは窓の外の風景を興味深げに見つめる。


 砂と風以外のなにもない荒野にぽつんと一つだけ存在する迷宮。


「凄いな……」


 自分でも気付かぬ内に、独り言が漏れてしまう。


 初めてのEランククエストに心が躍る。制御が聞かなくなる。目が輝く。

 クエストだとは言っても、ギルドからの報酬が約束されているわけではない。モンスターを狩って、その戦果に応じた報酬を受け取ることができる。だから、何もしないまま探索を終えてしまえば、報酬はゼロだ。


 ラジは考える。


(報酬でいい宿に拠点を変えようと思ってたけど、武器を優先したほうが良いかもね……)


 ラジのその考えの変化には理由があった。


 この車に乗っている冒険者全員が、一人一人武器を持っているのである。そんな中武器も防具も持っていないラジは完全に浮いていた。孤立するのは慣れているが、進んで孤立するべきではないということくらい承知している。武器は必要ないと判断していたが、擬態の為ならば必要経費だと割り切ろう。ラジは欠伸をしながら、どこか遠くで考えていた。


(フェリアさんに頼めば武器購入の伝手も紹介してくれるはずだ。そもそもフェリアさんはギルド職員なんだから、当然武器の類も扱っているだろうし。そうすると、そこから直接買っても良いかも。買うならやっぱり短剣、かなあ)


 どういった武器を買おうかと、まだ報酬を受け取っていないのにも関わらず考えるラジだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る