第9話 迷宮入り
目的の迷宮付近まで辿り着いたようで、冒険者達を乗せた車が停止する。運転手は冒険者ではないようで、ラジ達を下した後、「こんな危険なところにはいられない」と独り言を零しながら猛スピードで帰路についていた。
どうやらこの迷宮に来ているのはラジ達だけではないらしく、別の場所からも冒険者達が車に乗せられる形で連れてこられていた。耳を澄ませて彼らの話を盗み聞くと、自らクエストを受けた人間や、借金を返す為に半ば強制的にクエストを受注させられている人間も存在するようだ。ラジは当然、前者である。
ラジは全員の到着を待たずして、迷宮へと侵入しようとする。瞬間、後ろから声をかけられた。
「君。探索許可証は?」
振り返るとそこには、このクエストの仮のリーダーらしき人間が立っていた。
ラジは衣嚢からフェリアから受け取った探索許可証を取り出し、目の前の男に手渡す。すると彼はラジの顔と許可証を交互に見つめ、口を開いた。
「まさか、はじまりのラジか?」
ラジ自身、その言葉すら知らなかったのだが、こうも面と向かって言われるとその言葉に悪意がこもっていることくらい判別出来てしまう。しかし、迷宮の近くで本来仲間である筈の人間と諍いを起こすのだけは避けたかった為、小さな笑いで誤魔化しておく。
しかし男はそれを逃げであると受け取ったのか、ラジから探索許可証を取り上げた。奪い返そうと手を動かすが、既に間に合うわけもなく、ラジの許可証は奪われてしまった。
ラジは男を冷たく睨み付け、口を動かす。
「迷宮探索くらい自由でしょう」
「駄目だ。俺はこのクエストのリーダーなんだ。Eランクのクエストで死人が出たとなっちゃあ、俺の評価が下がってしまうだろう」
はじまりのラジなんてこの迷宮で死ぬ、そう思い込んでいる男に、少々不快感を覚えるラジ。
しかしここでは自身の向上した力量を見せることが不可能な為、もどかしさだけがしっかりと胸に閊えていた。
「僕はこんな迷宮じゃ死にません。だからこその探索許可証でしょう。返してください」
ラジは男に交渉する。
返してもらえなければ、こんなところまではるばる出向いた意味がなくなるのだ。
ブルースライムの味にも飽き、別のモンスターを食す為にわざわざこれ程遠い迷宮まで足を運んでいるのである。こんな男に邪魔されては困るのだ。
「いや、駄目だ。それにお前、装備も整ってないじゃないか。まさか素手でモンスターを倒せるなんて言うんじゃないだろうな?」
「素手で倒せますよ」
「はあ? はったりもここまで来ると尊敬に値するな。そんな見え透いた嘘をついてまでこの迷宮に入りたいのか?」
「嘘じゃないですけど……。まあ、入りたいのは確かですね。その為にここまで来ましたし」
ラジがこの迷宮に入りたいと思っているのは紛れもない事実である。例えそれがラジ特有の別角度からの自身の強化の為とはいえ、だ。
男はまるで見定めるかのようにラジの全身を見る。
「お前、そんな恰好で迷宮に入るつもりなのか? 本当に? 冗談ではなく?」
「本当ですって。報酬出てから装備は整えるつもりです」
面倒そうにラジは告げる。事実面倒ではある。適当にあしらっても構わないのだろうが、一応彼はこのクエストのリーダーらしい。ラジは目の前の男の顔を立てて、話に付き合っていた。彼がただの一冒険者であるならば、早々に会話を切り上げていただろう。
ラジは表情を崩さないまま男から視線を外し、それをそのまま迷宮へと向ける。
「……あの、もう僕迷宮潜るんで。探索許可証返してもらいますね」
さらりとそれだけ言って、ラジは男の衣嚢から探索許可証を抜き取る。
一瞬の出来事だった為、男はなにが起きているか分からず、白黒と瞳の色を変えながらラジを茫然と見つめた。
「お前、今どうやって……」
「どうやってもなにも、抜き取っただけですよ。隙だらけだったので。では、迷宮でお会いしたらまたその時は宜しくお願いします」
「いや、待て! お前、本当にはじまりの迷宮で躓いてたのか? 嘘だろう?」
「本当ですよ、しつこいですって……」
それだけ告げて、ラジは漸く迷宮へと足を踏み入れた。
取り残された男も、数秒後我に返り、ラジを追うようにして迷宮に潜った。
○
砂の迷宮。
ラジが今いるのは、そう呼ばれている迷宮である。
その名の通りその全てが砂で出来ており、稀に吹く風が砂を巻き上げ、視界を塞ぐ。その度にラジは防壁系の魔法を使って視界を守るのだが、本来の使用用途ではない為、その効果は乏しい。
「そうだ、地図持ってきてたんだった」
はじまりの迷宮とは違い、ラジはこの迷宮の地形に明るくない。その為、フェリアから渡された地図を広げて自分の今いる位置を把握しておく。余談だが、この地図は全員にギルドから支給されているらしく、決してフェリアの厚意ではない。
ぱさりと音を立てて、手のひらサイズまで縮図されたそれを開き、見る。
どうやらこの迷宮は地下四階までしかないようで、比較的攻略が楽な迷宮のようだった。
ラジが今いるのは地下二階である。迷宮とは名ばかりで一本道の為、ラジが迷うことはなかった。これ程までにあっさりとしているのはEランクのクエストだからだろうか、それとも自分自身が強くなったからだろうか。とラジは思うが、理由はその両方である。
地図の端に小さくフェリアの字で「イエロースライムにちゅーい」と書かれており、ラジはその気遣いと、迷宮という緊迫した状況に似合わない可愛らしい文字のギャップに、思わず笑みが零れた。
しかしここは迷宮内部である。ラジはすぐに意識を整え、襲撃に備える。
「っと……早速か」
ラジの目の前にぽつりと静かに現れたのは、フェリアが注意喚起していたイエロースライムである。Eランクの迷宮に出現する程度のモンスターの為、今のラジの敵ではないのだが、初めて見るそれに警戒する。
ぴょんぴょんと跳ねるその姿は愛らしいと言えば愛らしいが、しかしそれでいてモンスターであるということは事実である。ラジはそれを見逃してしまわない内に討伐しようと、距離を詰めた。
イエロースライムは突如目の前に接近するラジに驚き、跳ね回る。しかしラジがそれをみすみす逃がすわけもなく、あえなく物理攻撃で討伐された。
黄色の血の飛沫。ラジの手が黄色の返り血で染まる。
それを拭うわけでもなく、ラジは次の行動へと進んだ。
(どんな技を使うとか、確認しておけばよかったかな)
ラジは少し反省する。フェリアが注意喚起する程のモンスターだ。多少なりとも警戒するべきところはあるのだろう。
あっけなく死亡したそれを摘まみ上げ、ラジは魔法でそれを焼く。傍から見れば死体蹴りだと非難されて然るべき行為だが、それを確認している人間はラジしかいない為、咎められることはなかった。
フェリアから受け取った調味料は鞄の中に忍ばせてあるので、早速それを使用して味付けする。少し多めに胡椒を振って、ラジはそれを咀嚼した。
「変な味だな」
モンスターは全ておかしな味――そもそも食用ではないので当然ではあるが――なのだが、イエロースライムははじまりの迷宮で食したどのモンスターにも似ない味をしていた。
ラジの口の中にその味が充満し、瞬間メッセージが表示される。
『10のスキルポイントを獲得しました。振り分けますか?』
落胆した。
Eランクの迷宮なのだから、獲得ポイントも上昇するものだとばかり思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
ラジは肩を落とし、あからさまに落ち込む。
モンスターの毒素を分解する時の副産物としてスキルポイントが得られるので、どのモンスターを食しても得るポイントは同じなのだが、ラジがそれを知る由はない。
スキルポイントは振り分けず、貯めておくことにして、ラジは地図を片手に奥へと進んでいく。
「ラジか?」
後方から声が届く。
振り返ると、そこには迷宮入りする前に少し口論になった男が立っていた。
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