第42話 迸る緋色の異常性
ギルド経由でクエストを受けたラジは、メリルを連れてCランク級の迷宮に訪れていた。Bランク冒険者なのだから、もう一つ上の迷宮に潜ることも可能なのだが、メリルというイレギュラーが存在している為、安全を取って一つランクを落とした。
ここならば自分に気を遣いながら、メリルの面倒も見れるだろうという判断だ。
しかしメリルはその判断が不服なのか、不機嫌そうな表情をしている。しかしそれがデフォルトの表情でもある為、ラジはメリルの気持ちを推し量れないでいた。
「本当に大丈夫なの? 怖くない? 今なら戻れるよ」
ラジは迷宮の出口を指差して告げる。
暗い迷宮に、その出入り口から光が差し、まるで神が道を示しているかのような景色となっている。当然そんなことはないのだが。
メリルは首を横に振って、迷宮に残るという意思表示をする。
「だいじょうぶです。私、ラジ様が思っている以上に、強いと思います」
「なら、いいんだけど」
ルベルとのやり取りや人間であるということを考えると、メリルのステータスが高いとは思えないのだが、しかしラジはそれを指摘せずに下へ下へと進む。
なにかが起きても、自分が居ればなんとかなるだろう、と考えていた。そして、それは正しい。ラジさえいれば、大抵の困難は回避可能だ。
あ、それと。とラジは後ろを振り返って、自身にとてとてと引っ付く様に歩いているメリルを見た。
突然立ち止まったラジにぶつかる形で、メリルも足を止める。
「その、ラジ様、っていうの、やめてもいいよ? 僕には敬語じゃなくても構わないし」
「いえ。主と奴隷という関係上、そういったことはできません」
「じゃあ、今から友達になろう」
「なれません」
「酷いなあ……」
「そういう契約、なので」
頑なに契約を遵守するメリルに、恐れにも似た尊敬を抱く。
ルベルの教育の賜物なのか、メリルが元々そういう性格だったのかは分からないが。
メリルの過去は知らないが、長い間奴隷という身分で生きてきたせいで、心が壊死してしまっているのかもしれない。そんな想像を積み上げたラジは、メリルの頭を優しく撫でて、柔和な笑みを見せる。
「友達だって、思ってもらえるように頑張るよ」
ラジがそんなことをする必要はないのだが、しかしメリルはその言葉を聞いて少しだけ頬を赤らめた。
初めて見る表情の変化に、ラジは驚く。こういった表情も出来るのかと。
恥ずかしそうに目を逸らすメリルの横顔は、年相応の少女のそれだった。ラジはそのことについて安心する。自分以外が傷つくのは耐えられない、そういう性格なのだ。
迷宮でモンスター以外のことを思考するなど、有り得ない。今のラジ達の行動は、他の冒険者が見れば唖然とし、勤勉な者であればそれを糾弾するだろう。
しかし、だからこそ、ここでする意味があった。
自己肯定を知らないメリルに、それを教える必要があったのだ。
迷宮の危険を置いても、メリルとの会話を優先したい。そのラジの気持ちを、メリルに伝える必要があった。
だからラジは、迷宮内であるというのにも関わらず、メリルを優先した。探索でも、モンスター討伐でもなく。
そして、その思いはしっかりとメリルの心を貫く。
その証拠に、メリルの表情からは緊張が消えている。ラジを信頼しきったわけではないが、それは当初よりも格段に幅のある表情だった。
ラジはそれを確認した後、迷宮探索に戻る。
「ラジ様、前方百八メドル先にモンスターがいます」
「え?」
メリルが事も無げにそう呟く。
迷宮内は暗い。当然だ、明かりが差し込まないのだから。その為冒険者は松明や魔法で周囲に光を発生させながら探索を進めるのが常識である。そしてラジもその常識に乗っ取って周りを魔法で照らしている。
しかし、視界が良好になるわけではない。そもそも、地上でも百メドル先の人間を確認するのは難しい。
ラジは目を細めるようにして、その先を睨んだ。
「……。ほんとだ」
驚きを添えた呟きを空に投げる。
しっかりとした姿形までは認識できないまでも、その黒い影が微かに揺れるのをラジは確認した。
メリルを見るが、当たり前である、といった表情を携えている。
なにかのスキルだろうか、とラジは思うが、スキルならばステータスが上昇しきっているラジが、それを知らないのはおかしい。説明が付かない。
警戒を引き上げつつ、ラジはメリルと視線を交差させないままに問うた。
「なんでわかったの?」
「……そういうもの、だからです」
的を射ないその説明にラジは困惑するが、しかし目の前にモンスターが存在するのは紛れもない事実である。
妙な引っ掛かりを取り敢えずは放置して、ラジは標的を見失わないように周囲の明かりを強めた。
先手を打てるのは、当然こちらにとって有利だ。
迷宮探索は遊びではない。傷を負うことだって日常であるし、最悪の場合死んでしまうことも有り得る。だからこそ、先に対象を見つけることが出来たのは僥倖と言えた。
気づかれる前に、討伐するか逃げるか選択できる。
勝てる相手であれば気取られないまま狙い撃てば良いし、勝てない相手ならばそのまま身を翻せば良い。
一秒の予断も許さない迷宮内において、思考できる時間が確保できるというのは、それだけで命一つ分の価値があると言っても過言ではないのだ。
ラジは勝てるだろうと判断して、指先に魔力を集中させる。慣れたものである。はじまりの迷宮で躓いていたころは、魔法でさえ使えなかったというのに。
成長した自分の力に、少し笑いながらラジはモンスターを狙う。
指先を銃口に見立てて、百メドル先のそれに向けて魔法を放った。
「……凄い」
というのはメリルの台詞である。思わずそんな呟きが漏れてしまう程に、ラジの魔法の威力は凄まじかった。
指先から流れるように迸る炎は、幻想的と表現できなくもなかった。上がりすぎたステータスで放つその魔法は、人を感動させるものへと昇華されている。
炎は真っ直ぐにモンスターへと向かい、それを蹂躙した。
対象がどういった種類のモンスターなのか判明する間もなく、その生は閉じられる。自身が死んだことにすら気付いていない可能性もあった。
百メドル先の暗闇に、モンスターの核だけが残る。
メリルはラジを見上げ、喉から絞り出すようにして言った。
「本当に、Bランク冒険者ですか……?」
「どうして? 一応Bランクにはなってるけど……」
と、そこまで言ってラジは口を閉じる。
(カード持ちとはいえ、僕は最近まで下位冒険者だったし……。もしかすると魔法の使い方がおかしいのかも……)
ラジはメリルの言葉の先を、こう想像していた。
――Bランク冒険者にしては、魔法の使い方が覚束ないですね。
と、言いたいのだろう。そう判断した。
ヨルトにでもそれらを学んでおこうとラジは思うが、しかし真相は全く異なる。
メリルは口には出さないが、心の内側で思っていた。
――何故、こんなに強い冒険者が、Bランクに甘んじているんだろう。
ラジが今放ったのは、ファイアという下級魔法だ。メリルもそれは理解している。
しかし、本来ファイアでCランク級の迷宮に佇むモンスターが死ぬ筈がないのだ。それ程簡単に討伐が出来てしまうなら、この迷宮は下位迷宮になっているか、上位区画にもっと大勢の人間が溢れている筈なのである。
ファイアが通用するのは、精々下位区画の中で一番攻略難易度が高いDランクの迷宮までなのだ。しかしラジは上位迷宮でそれをメインに据えて使用している。そしてどうしてかそれが、通用してしまっている。
これは、ラジの魔法ステータスが高すぎることを如実に示している。
どう考えても、異常である。
ファイアは魔力消費が少ない。連続で使用しても魔力枯渇が起こりづらい為、モンスターから距離を取りたい時などには、それを連続で放つこともあるが、ラジの使い方はそれに当てはまらない。
攻撃として、それを使用しているのだ。
生憎、その異常性を理解している人間はここにはメリルしかいなかったが。
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