第43話 間違った扱い

 ラジは討伐したモンスターの核を拾い上げる。

 魔法袋に入れて保管しておこうと思ったのだが、つい先日それを食してしまったことを思い出し、分かり易く肩を落とした。


 今日の迷宮探索はこの辺りで切り上げなければならない。

 魔法袋がない為、今から他のモンスターを討伐してもそれらの核を持ち帰るのが困難だからだ。迷宮探索に異常なまでの執着心があるラジとはいえ、無意味な行為をしてまでそれを続ける気持ちはなかった。


 未だぽかんと口を開けて驚いているメリルに、その旨を伝えるべく声を掛ける。


「帰ろうか。一つだけだけど核も手に入ったし、迷宮探索してきたっていう証明は出来る」


 核売却で得ることが出来る金は少ないだろうが、しかし仕方がない。現状持ち帰る術がないのだ。魔法袋はまたトルトから購入すればいい。下位区画では手に入りづらかったそれだが、上位区画において魔法袋の流通量は多いのだ。上に上がってきたトルトがそれを所持していないわけがない。そういうところにはしっかりと気を遣っている筈だ。そうでなければトトリカ地区からいきなり上位区画まで登ってくることは不可能なのだから。


 ラジは核を衣嚢に仕舞う。外から見ても分かる程にそれは膨れ、ラジの歩みを邪魔するが、しかしもう帰路につくだけだ。少々の不便には目を瞑ろう。


 メリルはこてんと首を縦に振って、ラジの背中を追いかけるようにして迷宮を後にした。



 上位区画のギルド内。

 端的に言ってしまえば形状を変えた「とるとのみせ」だ。トトリカ地区でないここで、分かり易い文字だけで形成された看板を立てることに意味はないとラジは思うのだが、これもトルトなりの決意なのだろう。と余計な口は出さないでおいた。


 トトリカから成り上がる。が口癖だった彼女が、本当に成り上がったことにラジは感動していた。ラジも下位冒険者から上位冒険者になっている、いわば同じ速度で階段を上っているのだが、しかしそれも魔物喰いがあるおかげである。それに気付かないままであれば、ラジは今でも下位冒険者だった筈だ。感じる必要のない後ろめたさを、ラジは感じていた。


 カウンターテーブルを隔てて、ラジは目の前にいるギルド職員を見る。


「おかえりなさい」


 緑の髪を跳ねさせて、フェリアは労わるように告げた。

 ラジはそれに会釈することで一旦の返事をして、カウンターに核を置く。買ってくれ、という意思表示だ。


 青色に輝き、室内のライトを一身に浴びるその核を、フェリアは手に取る。


「……ひとつだけ?」


 フェリアはそう呟いた後、「……いや、本当はひとつの核をここまで綺麗に取ってくるのも凄いんだけれど」と続けた。


 魔法袋を失ったことを、ラジは誰にも告げていない。フェリアは勿論、トルトにすら、である。


 魔法袋の所持を勧めてくれたのは紛れもないフェリアなのである。自身の為に奔走してくれたであろう彼女に、さして時間も経過していないのにも関わらずそれを失ったなどと言えるわけもなかった。

 同じ理由でトルトにも告げていない。話すタイミングならいくらでもあったのだが、しかしラジの後ろめたい部分がそれを止めてしまった。


 しかしいつまでも黙っているわけにはいかない。魔法袋は上位区画において必須アイテムであることは間違いないし、ラジはトルトの経営するギルド以外に金を落とすつもりはないからだ。口約束だが、そういう契約をしたのだから。


 ラジは意を決して口を開く。

 迷宮内以上に緊張しているラジを隣で眺めながら、メリルはしかし黙って彼を見ていた。


「魔法袋、失くしちゃって」


 フェリアはずいっと身を乗り出し、ラジに顔を寄せる。


「失くしたって?」

「失くしたというか、体内にあるというか……」


 歯切れが悪くなる。


「……私は良いけど、トルトが怒るわよ。気に入った冒険者に譲るんだ、って昔から言ってたんだから」

「…………」


 顔面蒼白とはこのことだろう、とフェリアは内心笑う。

 ただ紛失してしまったという理由ならば、トルトも叱責したであろうが、体内にある、と言うくらいだ。なにかそれだけの理由があったに違いない。しっかりとした理由があっての行動ならば、トルトが怒る筈もないし、その理由もないのだ。


 ラジの狼狽える姿が見たくて、つい冗談を言ってしまったのだ。

 久しく見ていなかったラジの狼狽する姿を見て満足したフェリアは、安心させるように告げる。


「冗談よ。トルトも理由があるなら許してくれると思うわ」

「……心臓に悪いですよ」


 フェリアはくつくつと笑って、ラジがカウンターに置いた核を手に取り、査定する。

 眼鏡をくいっと人差し指で持ち上げてから、核を手に取った。


 一通りの観察を終えた後、フェリアはラジを見て告げる。


「十万リルで買い取るけど、大丈夫?」

「高すぎません!? 十!? 勿論良いですけど」


 大きく口を開けて驚いているのは、その核を持ってきた張本人である。

 メリルはというと、その査定額は当然であるとでも思っているのか、やはり表情は変えなかった。


 上位区画の恐ろしさを思い知る。

 核一つで十万リルという事実に、驚きを隠すことが出来ない。


 上位冒険者でもここまで綺麗に核を取り出せる人間はいない為、だからこそラジの持ってきたそれに高値が付いているのだが、ラジがそれを知ることはない。フェリアも聞かれれば答えようとは思っているが、ギルド内で冒険者との必要以上の接触は禁じられている。トルトの経営するギルドだとはいえ、そのあたりのルールは他のギルドに倣っているのだ。出る杭が打たれないように、反感を買わないように、トルトは気を使っている。


 フェリアはカウンターの下から、ラジへ渡す今回の報酬と、核売却分のそれを取り出す。しめて五十万リル。

 上位区画ではこの値段が当たり前なのである。その分装備品などの値段が下位区画よりもはるかに高い。それだけの価値があるものばかりだが。


 冒険者は明日の生をベットして金を得ているのだ。これくらいの対価は普通なのだが、しかしラジは驚く。はじまりの迷宮など、探索しても日を生きていく分だけのそれしかもらえなかったのだ。一度のクエストで五十万リルなど、雲の上の話だと思っていた。


 やっと、上位区画で生活しているのだ。という実感が沸々と湧き上がる。時間差で喜びが訪れて、ふわふわとしたよくわからない感情に包まれた。


「はい。Cランク迷宮探索の報酬と核分を合わせて五十万リル」

「…………凄い」


 存在感のあるその札束を爛々とした目で見ながら、ラジは絞り出すようにして声を出した。

 驚きで喉が鳴る。


 ギドラ戦で得た報酬で感覚が麻痺しているのではないか、とフェリアは心配していたのだがどうやらその心配は杞憂に終わったらしい。

 三百万リルという大金を得た後だというのに、ラジは目の前の五十万リルに心躍っていた。


 なにせ自身がこういった金銭のやり取りを交わすとは思っていなかったのだ。はじまりの迷宮に居た時から、いつかは、いつかは、と思ってはいたが、心のどこかで諦めてしまっている自分もいた。

 それでも冒険者稼業を続けることができたのは、上に行きたいという執念と、フェリアが居たからである。


 今だからこそ思う、あの時の自分は、フェリアを心の支柱にしていたと。

 勿論今でもフェリアが占める心のウエイトは大きいのだが、しかしあの頃程ではない。トルトに上位冒険者であるヨルト、そして今隣にいるメリル、様々な出会いと経験が、ラジを成長させていた。


「じゃあ、はい。これはメリルの分」


 ラジは報酬をしっかりと均等にメリルに振る。

 突然目の前に現れた二十五万リルに、瞳を白黒とさせながらメリルは言った。


「いいんですか……? 私は奴隷という身、報酬などは期待していなかったのですが」


 ラジはにこりと微笑んで、


「なに言ってるの。メリルがいてくれたおかげでモンスターを早くから発見できたんだし、それに僕は奴隷だなんて思ってないよ」


 と優しく告げた。


 しかしメリルはまだ困惑を隠さないし、その報酬を手に取ろうともしない。

 躊躇しているのではない。二十五万分の働きをしていないという自覚があるのだ。


 モンスターだって、その存在を指摘せずともラジならば簡単に討伐してしまえただろう。

 確かに有利になったのは間違いないが、だからと言って指摘しない未来でラジがモンスター相手に苦戦していたとは、到底考え辛い。


 なにせファイアでCランク迷宮のモンスターを葬ったのだから。


 未だそれを受け取ろうとしないメリルを見て、ラジは無理矢理にその手に紙幣を握らせる。くしゃりと歪んでしまうが、しかしそれで紙幣の価値が下がるわけではない為、ラジは少々荒々しく行動した。


「こんなに、受け取れません。ラジ様は奴隷の扱いを、分かってないです」


 忙しく視線を右往左往とさせながら、メリルは静かなソプラノの声で呟く。

 しかしラジは柔和な笑みを浮かべて、言い放った。


「そんなの分からなくていいさ。僕の目の前にいるのは、奴隷じゃないんだから」


 瞳が濡れていくのが分かる。

 しかし主にそんなところは見せられないと、メリルはそれを隠すようにして俯いた。


 ラジはその行動を見て慌てる。なにか嫌なことでも言ってしまっただろうか、と。


 フェリアの方を見て、助けを求めるように問うた。


「……僕なにか悪いこと言っちゃいましたかね……どうしよう」


 狼狽するラジを見て、フェリアは思わず吹き出しそうになるのを寸前で堪えながら、


「もしかすると、言ったのかもね」


 と言って、にこりと微笑むのだった。

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