第6話 証明(上)

「ラジくん……? 貴方、また迷宮内で何日も……」

「ごめんなさい……」


 胃袋が限界に達した為、ラジは戦果報告も兼ねてギルドへと帰ってきていた。

 ラジが思っていたよりも日数は経過していたようで、またフェリアに詰め寄られていた。


 フェリアがラジを睨むように見つめて忠告する。


「そもそもね、ラジくんはレベル1なんだから。万全に万全を期さないといけないの。はじまりの迷宮とはいえ、ソロで何日も潜るとこじゃあないのよ……」

「そうですよね、すみません」


 フェリアの言っていることは全て正しい。正しいが、それはラジがレベル1の最弱冒険者であることを前提とした場合である。今のラジは、上位迷宮をソロで踏破できてしまう程の力を持っているのだ。少々スキルポイントの割り振りが杜撰ではあるが、それを見て見ぬふりができるほど、今のラジは強い。

 生憎、本人でさえその強さに気が付いていないのだが。


「本当、無理しないでよ。心配なんだから」


 フェリアはひとつ溜息を吐いてラジを見つめる。その眼に光るのはラジへの心配の色だった。


「はい。……それと、こんなことを話した後で凄い言いにくいんですけど、」

「また迷宮に行くんでしょう」

「あはは……そんなに分かりやすいかな……」


 いとも容易く考えを見抜かれてしまったラジは、申し訳なさで半歩後ろに下がってしまう。そんなラジを見て「無理しないこと」とだけフェリアは言った。


 フェリアはギルドの受付嬢の顔に変わり、ラジに事務的にはじまりの迷宮探索許可証を手渡す。


 ラジはそれをちらりと確認した後、その視線をフェリアへと移す。


「いや、今回ははじまりの迷宮じゃないです。もう少しレベルが上の迷宮に行きたいんですけど」

「だめ」

「……どうしてもですか?」


 フェリアは真っ直ぐな瞳で自身を見つめてくるラジを見て嘆息する。あまり言いたくはないが、彼のレベルは1なのだ。ギルドの方針としても、勿論自分自身の考えとしても、今のラジを他の迷宮に行かせるわけにはいかないのである。


 心を鬼にして、フェリアは冷たく告げた。


「ラジくん。貴方、レベルはいくつになったの?」

「1です」


 レベルが上の迷宮に行きたいと自ら告げてきた程だ、2くらいには上がってるのだろう。と思っていたのだが、どうやら1のままなようだ。

 フェリアはラジの考えが分からず、問う。


「少し辛いことを言ってしまうけれど、はじまりの迷宮でさえ踏破出来ていないわよね?」

「そうですね」


 益々意味が分からず、フェリアはラジを見つめる。もしかすると、誰かに唆された可能性もある。それとなくラジにそういうことを問うてみるが、フェリアの納得のいく答えは返ってこなかった。


 すると、強い武器でも手に入れたか、とフェリアは予想する。


 目の前に佇むラジをまじまじと確認するが、武器や防具はおろか以前持っていた果物ナイフですら所持していない。フェリアは驚愕する。はじまりの迷宮とはいえ、その身一つでなんの傷もなく帰ってきたのか……。と。


「果物ナイフってどこにやったの? 持っていないようだけれど」


 ラジは記憶を呼び起こし、答えが見つかったのかすぐさま口を開く。


「捨てました。あれだと効率が悪いので。それに、はじまりの迷宮に出現するモンスターであれば素手で討伐できるようになりましたし」

「捨てた!? どうして!?」

「いや、だから効率が悪いので」


 フェリアは驚愕する。開いた口がふさがらないとはこのことを言うのだろうな、と俯瞰的に感じていた。

 ナイフで切り付けるその一瞬の動作を「効率が悪い」という理由だけで捨ててしまう。捨ててしまえる程に、ラジは強くなったということになる。


 冗談でしょう。とフェリアは鑑定スキルを発動し、その照準をラジに合わせる。フェリアにだけ見えるようにラジのレベルが表示された。



 ラジ・リルルク レベル1



 と。


 理解が及ばない。何故ここまでラジは自信があるのか、フェリアには分からない。レベル1が、何故生命線であるはずの武器を捨てたのか、全く、全てが理解できなかった。


「……本当にだめですかね? その、少しだけ、とかも」

「行くのははじまりの迷宮。そこに私も付いていく。強くなったと判断できたら次の迷宮探索も許可してあげる」


 ――確認したい。何故ラジくんがここまで言うのか。言ってしまえるだけの強さはあるのか。この目で見て、確認したい。レベル1の強さを。


 ラジは「はい!」と楽し気に笑うのだった。



 フェリアは恐怖に捕まれていた。

 はじめての迷宮入りなのである、となりに冒険者がついているとはいえ、それもラジだ。フェリアが予想している何百倍も強いのだが、それを知らないフェリアの震えは止まることを知らない。


(ラジくん、いつも一人でこんなところまで……)


 だからこそ、フェリアはラジに敬意を払う。ギルド職員という立場上、迷宮については詳しいのだが、それも知識だけだ。実践など行ったこともない。フェリアは少しばかりラジについて来たことを後悔し始めていた。


 そんなフェリアの心境など一つも知らないラジは、いつものようにどんどんと先へ進む。隣にフェリアがいる為、最深部までは潜らないと決めていた。


 そして魔物喰いも今回に限っては控えようと思っていた。フェリアを信用していないわけではないが、それでもおいそれと人に話すような事柄ではない。ラジでもその程度の理解はしていた。

 しかし、フェリアに問い詰められれば話すつもりではいる。迷宮内で要らぬ諍いを生みたくない為だ。フェリアと仲間割れなどしたくないのである。


 こつこつと足音が響く。迷宮と言いつつ整備のされた――初心者用の迷宮の為、ギルドによる整備が定期的に行われている――道を、二人は進む。


「ラジくん、地図持ってないの?」


 当然の問いである。地図を持たずに、現在の場所を把握せずに迷宮を探索するなど狂気の沙汰なのである。ギルド職員だからこそ、それは知っていたし、そうだからこそ未知の恐怖に苛まれていた。


 しかしラジは事もなさげに告げる。


「大丈夫です。全部覚えてるので」


 照れたように笑うラジの外見はギルドにいる時そのままなのだが、行動のすべてが異なっている。フェリアはその違和感を無理矢理飲み込んで、「そうなの」とだけ絞り出すように言った。


 今一度ラジを見るが、本当に武器の類は持ってきていない。持ってきているのはひとつの鞄だけである。そこにはそれこそフェリアが渡した胡椒などの調味料が詰まっているのだが、そんなことを知る由もないフェリアは、ただその中身を推測するしかできない。見当外れな推測を立てながら、ラジとの距離が開かないよう慎重に進んでいく。


 フェリアの目の前にブルースライムが現れる。

 突然の事態に驚き、声を出せないでいると、横からラジが何やら詠唱をしている。


 瞳だけを左に動かし、ラジを見ると、彼の指から人間程の大きさの炎が出現していた。それはそのままこちらへと猛スピードで移動し、ブルースライムに直撃する。

 爆風の影響を食らってしまう位置にいたフェリアは、それを警戒し身構える。しかし、一向に爆風は自身を襲わなかった。


「フェリアさん、大丈夫ですか?」


 それもその筈、フェリアの周りには薄緑色の防壁が張られていたのだ。

 ラジはフェリアに向かって手を差し出す。その手を迷うことなくフェリアは握って、驚きで固まってしまった足を叩き起こした。


「大丈夫、だけど。今の何……」

「魔法です」


 ラジはさわやかに笑い、理由を答える。

 しかしフェリアは、今目の前で起きたにも関わらず、それを信じることができないでいた。


「魔法って……! 魔法は適正がないと扱えないのよ……?」

「じゃあ、僕には適性があったのかもしれないですね」

「いいえ。おかしいわ。ブルースライムを素手で討伐できるくらいに攻撃力に特化している人が、魔法まで使いこなせるなんて聞いたことないもの。それに防壁系の魔法が使えるのはレベル50からなのに……。ラジくん、貴方一体何者なの……?」


 ラジは一瞬の間だけ迷ってから、


「美食家、ですかね」


 と答えるのだった。

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