第5話 成長と魔法
暗い洞窟のような場所、しかしそれでいてここは洞窟ではない。
迷宮である。
はじまりの迷宮。ラジが幾度となく訪れた場所だ。
本来ならギルドから支給される地図を片手に探索するのが基本なのだが、ラジにはそんなもの必要なかった。
覚えているのだ。
上位迷宮であれば、必然的に何度もトライすることになるので、迷宮の構造を覚えている人間も多くなるだろう。しかし、はじまりの迷宮の構造を覚えている人間などラジくらいしかいない。何故なら、一度行ったきり二度と行かないような迷宮だからである。
ラジはイレギュラーなのだ。最弱だからこそ出来るようになった、ラジだけの特技である。
「今日は美味しくなるか試すだけだし、最深部まで行かなくてもいいか」
無用な危険を冒す気はない。充分に強くなれば、ブルースライム以外のモンスターも食すつもりであるが、今はまだその時ではない。
ラジはナイフを取り出し、辺りを警戒する。今のラジはそんな警戒など必要もない程に強くなっているのだが、比較対象がないラジがそれを知ることは出来ない。
そこに都合よくブルースライムが現れ、ラジはそれを造作もなくひねりつぶす。ナイフで殺すよりも、素手で殴打するほうが効率的であると気が付くまで、それほど時間は要さなかった。
死骸になったブルースライムをどこか冷めた目で見つめながら、フェリアから貰った調味料を取り出す。
「美味しくなるといいんだけど」
それは心からの願いでもあった。いくらスキルポイントがもらえるとはいえ、これからずっと不味い食事を続けていかなければならないのは気が滅入る。これで少しでも味が改善すればいい。
胡椒を鞄から取り出す。ラジはそれをブルースライムに振りまいたのだが、生憎ラジには自炊の経験がない。どれくらいが適量なのかすらわかっていなかった。
「じゃあ、頂きます」
ラジはその生命に感謝を唱え、迷わずに口へと投げる。味付けをしていなかった時と比べると、そこに迷いは少なくなっている。
前のように味わいもせずごくりと喉に通すのではなく、噛み締め、咀嚼する。ラジはそれで味を測ろうとしていた。美味しい食事をしてスキルポイントが獲得できるなど、全冒険者の夢なのだから。
数十回程顎を動かした後、ブルースライムを胃袋へと仕舞いこむ。
ラジはふうとひとつ溜息を吐き、
「うん、不味い」
とだけ言った。
(やっぱり、美味しいものを食べながら強くなるなんて甘い考えだったのかもね)
目の前に表示されたスキルポイント獲得メッセージを払いのけるようにして消した後、ラジは諦めたように薄く笑い、自身の今のステータスを確認する。
『ラジ・リルルク レベル1
攻撃 330/999
防御 1/999
幸運 1/999
魔法 1/999
召還 1/999
耐性 999/999 』
自分でも馬鹿な振り方だなあと思う。
勿論ラジも、このスキルポイントがレベルアップの対価としてのそれだったのであれば、もう少し慎重に振り分けていただろう。ラジの性格上、攻撃に極振りなんてことはせず、満遍なく伸ばしていた筈だ。もしかすると、防御を重点的に伸ばしていた可能性すらある。
しかし、今のラジにとってスキルポイントなどどこからでも湧いて出てくるものなのである。人間が酸素を有難がらないように、ラジにとってスキルポイントの増加は当たり前の日常と化していた。
それに、主戦場としているのははじまりの迷宮という初心者用の迷宮なのだ。防御や魔法などを伸ばすのは後回しでもいい。
ラジは、効率だけを考えて攻撃に全部を割り振っていた。一撃で葬り去ることができるのなら、防御など必要ない。そういった考えの元、行動していた。
先程ブルースライムを食すことによって手に入れたスキルポイントの振り分けは、とりあえず保留にしておく。というのも、既にはじまりの迷宮に敵はいないのである。その為、これ以上攻撃力を伸ばしても仕方がないのだ。スキルポイントはプールさせておくことができるので、ラジはそれらを後々の迷宮攻略の為に残していた。取りたくなったら取ればいい。必要になれば注ぎ込めばいい。
ラジは立ち上がって、ブルースライムを探す。
暗い迷宮内の中、しかしラジの視界はそれをも照らす。構造が頭に入っているお陰で、ラジが迷宮内で迷う事はない。
「あと二、三体かなあ……」
ラジはお腹の辺りを擦って、独り言ちる。
ブルースライム三体。その程度なら、まだ食べることができる。まだ強くなることができる。
貯まったスキルポイントをどうするか考えながら、ラジはブルースライムを駆逐していく。
もうそれごときで躓くようなこともなくなり、数分後、ラジの目の前には大量のブルースライムの死骸が横たわっていた。少し倒し過ぎたかと反省するが、そもそもモンスターというのは人間にとって害でしかない為、これでよかったなとも思う。
そしてラジが複雑な心境になっているそんな時でも、モンスターは襲い掛かってくる。気を抜いたら負けなのだ。
瞳に映るスライムの亡骸を見ながら、ラジは思考する。
(もしかして、焼けば美味しく食べられるんじゃあ……)
普通、料理という物の過程には調理が存在する。ラジはそれを飛び越えて、味付けだけしてしまったのだ。不味いのは当然である。それに気が付いたラジは、早速スキルポイントを振り分ける。
「これでいいか」
そう呟きながら、ラジは魔法にスキルポイントをつぎ込む。多少勿体ないような気もしたが、どうせ全て限界まで伸ばすつもりなのだ。遅いか早いかの違いだだろう、と割り切ることにした。
『魔法110/999』
そのステータスを確認し、ラジはにやりと笑う。万年最弱の冒険者だった自分のステータスがぐんぐんと上昇する様は、我ながら見ていて心地がよかった。
『魔法を110習得しました。使用可能魔法は魔法一覧で確認できます』
「凄いな、110って。1上げたら一つかあ」
ラジは攻撃力よりも先にこちらを上げようかな、と思ったのだった。
迷宮内で素早く魔法一覧を開き、モンスターを焼くのに適している魔法を探す。
ラジの目にとまったのは「ファイア」という魔法だった。文字列、名称からして炎系統の魔法であることは間違いない。ラジは自身の左手を銃に見立てて、指先(じゅうこう)をブルースライムの死骸へと向け、唱える。
「ファイア」
瞬間。空間が破裂した。
目の前が赤く染まる。否。目の前が炎で埋め尽くされる。
ラジは真っ先に魔法一覧を開き、防壁系の魔法を探す。バリアと名の付くものであればなんでも唱える。ラジの周りに薄い緑色の壁が幾重にも重なり、爆風は勿論熱や音からも守られた。
外傷はない。しかし、スライムたちは見るも無残な亡骸へと変貌してしまっている。
「これじゃあ、食べれないな。さすがに」
ラジは原形のとどめてないそれを掴んで、少し確認したあと捨てる。
勿体ないとは思ったが、ラジもこれを食べてまで力を得ようとは思ってもいないし、そこまで焦ってもいない。時間ならばいくらでもあるのだ。最強になるまでの時間など、そのあとを考えれば短いものである。
「というか、110程度で強くなり過ぎじゃないか……? それとも冒険者ってこれが普通なの……?」
ラジは自身の上昇しすぎた能力に驚きつつも、そのコントロールが課題であると踏む。力を獲得したからと言って、それをそのまま全力で放っていては体力が持たない。ラジは加減を考えつつ魔法を唱え続けた。
しかし、ここまでしてレベルは今だ1である。ラジにとって、最早レベルなどどうでもいい存在となり果ててはいるが、それでも気になるものは気になってしまう。ブルースライムばかりを討伐しているこのスタイルにも依存しているのかもしれないが、それにしてもレベルの上昇が遅すぎる。
ラジは小さな不満を抱えつつ、魔法のコントロールを、手加減の仕方を、学んでいく。
数時間後、こんがりと焼けたブルースライムを美味しそうに頬張っているラジが、迷宮内にいるのだった。
元々美食家の気があったラジの成長は、加速度的に進んでいく。
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