第24話 模擬戦(上)

 ヨルトに連れてこられたのは上位区画にひっそりと佇む迷宮だった。

 疑問に思ったラジがその理由についてヨルトに問うが、ヨルトがその疑問を解消することはなかった。


 上位迷宮に入るのは初めてであるラジは、爛々と目を輝かせ、辺りを見渡す。構造自体は下位迷宮と変わらないのだな、と思う。

 その行動を気味悪く思ったヨルトは、あまりラジの方を見ないように心掛けながら、奥へと進んでいく。金にならない迷宮探索程嫌なものは存在しないのだが、どうやらラジに関してはその常識は適用されないらしい。


 到着したのは、円状になった一つの部屋だった。迷宮に部屋などというものは存在しないのだが、しっかりと整然されたそれは、部屋と形容するに相応しかった。


 部屋の奥に立っているのは、ヨルトが選定した審判員だ。この部分に関してはラジは口出しをしていない為、ヨルト側に有利な判断を下されてしまう恐れがあったが、しかしその判断も出来ない程に、圧倒すれば良いだけだと考え直した。


「準備は良いな?」

「良いですけど、ここ迷宮内ですよね? モンスターが出現するのでは?」


 ラジの疑問は尤(もっと)もである。迷宮内である以上、その危険性は常に隣について回る。


 しかし、ヨルトは大きく手を振ってその心配はないと告げた。


「ここは俺が国から買い取った迷宮なんだ。一から建築した人工迷宮ではないが、色々細工をしてモンスターが出ないようにしてある。準人工迷宮ってやつだ」


 人工迷宮という単語を知らないラジにとって、ヨルトのその話はとても興味深いものだった。上位区画では当たり前なのだろうか、と思うが今までフェリアからですらもその単語を聞いたことがなかった為、上位区画でも秘匿にされていることなのだろうと推測しておく。

 莫大な金銭が動いているのは体感で理解できたが、ヨルトがこの準人工迷宮をなんの為に使用しているのかは分からないままだ。


 しかし、現状その情報は関係がないのだ。目の前のヨルトを倒し、審判員を認めさせる。それだけでいい。


 ヨルトの言葉を聞いて、ラジは理解した振りも兼ねて深く頷いておいた。ラジが内容を把握していないことはヨルトにも分かったが、もう一度噛み砕いて説明する気は起きない。

 今から死人になるそれに、なにを話しても無駄である。そうヨルトは思っていた。


 そうだ、と今思い出したとでも言わんばかりの表情を引っ提げて、ヨルトはラジの顔を覗き込む。


「今からするのは模擬戦だが、万が一死んでも責任は取れない。相手が負けを認めるまで試合は続行する。それでいいな?」


 にぃっと口元を大きく歪ませるヨルトを見て、ラジは頷き、最終確認を取る。


「それは、お互いにですか?」

「言ってくれんじゃねェか……。決めた、お前はここで完全に叩き潰す」


 皮肉や挑発をしたつもりはないのだが、ラジのそのあまりにも真っ直ぐな問いに、ヨルトは腹を立てていた。

 ラジはヨルトの台詞に疑問を抱いていた。

 ――叩き潰す。

 ヨルトはそう言っていたのだ。


(これ、模擬戦だよね……?)


 ラジは不安げな表情を隠さないまま審判員を見る。もし万が一これがギルドの介入していない試合なのであれば、それは純粋な暴行に変貌する。ラジは審判員ですらヨルトの息のかかった人間ではないのか、と疑っていた。


 そしてその場合ラジも、本気を出さなければいけなくなる。

 審判員はラジのその視線に気が付いたのか、初めて口を開いた。


「大丈夫です。ヨルト様の真意はさておき、これはギルドが認めた正式な試合、及び審査です。合格ラインに到達した場合、カードの所持を認めます」

「そうですか、なら良かった」


 ラジは仮初の安心を享受した。

 ギルドが絡んでいるならば、心配はない。ヨルトは少々危険人物ではあるが、万が一本当にヨルトが暴走し、ラジがそれを止められなかった場合、ギルドが代わりに止めてくれるだろう。そう高を括っていた。


 しかし実情は全く異なる。

 ヨルトは危険人物だ。それは事実である。そして、ギルドが介入しているのも、真だ。


 しかし、両者の関係性はラジが考えている程薄くない。ヨルトは危険人物だが、しかし今までその強さでギルドや国に莫大な利益をもたらしている。

 つまり、ヨルトの悪行は見逃されているのだ。目先の利益を取った結果、悪人が上位区画のトップ冒険者として名を馳せてしまっている。


 そんなことを知る由もないラジは、ヨルトに向かって問いかける。


「どのタイミングで始めますか?」

「実際の戦闘にタイミングもクソもねェよ。今からだ」


 ヨルトがラジ目掛けて駆ける。空気が揺れた。


 ヨルトの強さは本物である。この模擬戦でラジを潰そうとしているのもまた、事実である。


(開始の合図とかないの……? いきなりすぎる……!)


 ラジは困惑した。

 模擬戦という名目の為、それを軽視していた。いきなり試合が始まるなど思ってもいなかったラジは、対応が一呼吸遅れる。


「遅ェよ!」


 そう叫んでから、ヨルトは魔法銃をラジに向けて撃つ。魔力が籠った銃弾がラジに接近するが、ラジはそれを防壁を出すことによって回避する。

 強者同士の魔力がぶつかり合い、辺りに爆音が轟く。


「ヨルトさん、少しばかり卑怯じゃないですか?」

「うるせえ。迷宮内のモンスターが、攻撃しますと言ってから攻撃するかよ?」


 暴論ではあるが、一理あるのもまた事実である為、ラジは口を噤んだ。


 ヨルトはぶらりとその場に立って、思考する。


 ――思っていた以上に強いみたいじゃあねえか。はじまりのラジってのは、相手を油断させる為に自らばらまいた悪評か……?


 自身の速度に対応できる冒険者など、上位区画にも存在していない為、ラジの回避能力を素直に称賛する。


 対してラジも、この戦闘の中、ヨルトの意図を推し量っていた。

 ヨルトが使用した魔法銃は、ラジの持っているそれを強化したものである。まだ試作品ではあるが、ヨルトはギルドから特別にそれを支給されていた。


 そんな代物を、構わずに撃った。

 この行動が意味するのはひとつである。

 ――これは、ただの模擬戦じゃない。


 ラジはヨルトから大きく距離を取る。ヨルトもそれを無理に詰めようとはしない。


「これ、本当に模擬戦ですか?」

「さあどうかな。戦ってる内に勝手に判断してくれよ」


 言葉を吐いた直後、ノータイムでヨルトは魔法を繰り出す。魔法銃を使用しないそれは、本人の技量が全面に出るのだが、しかしヨルトの発した魔法は、魔法銃での攻撃に負けず劣らずの威力だった。


 ラジはそれを、自身の魔法をぶつけることによって打ち消す。

 迷宮内を閃光が覆う。


 二人は目を眩ませないように少しだけ目を閉じる。しかし行動は止めない。両者は魔法を撃ち続ける。力は均衡しており、このままでは拉致が開かないと思考したヨルトは、一旦魔法詠唱をやめた。それに倣うようにしてラジも詠唱を停止させる。


 ヨルトの言う通り、ラジは勝手に判断した。


 これはやはり、ただの模擬戦ではないと。

 ならば、


「本気を出すしかないですね。上がったステータスも確かめたいし」


 その言葉を聞いて、ヨルトは大きく笑った。


「おいおい! まるで今までは本気じゃなかったみたいな言い草じゃねェか! 笑わせるなよ!」

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