第22話 上位区画

 門衛は困ったように頬を掻いて、ラジに丁寧に説明する。


「……別に人間を強さで区切ろうってわけじゃあないんだ。この辺りには強力なモンスターが出現する迷宮も多い。無駄な死人が出ないように配慮してるんだよ。見たところあんたも冒険者みたいだが、力を付けてから出直してくれ」


 しかし、それではい分かりましたと帰るくらいの人間であれば、そもそも上位区画まで訪れていない。


 一向に引き下がらないラジを見て、ますます困った表情を浮かべる門衛。しかしそれでいて、目の前にいる少年を無下に突き返すことは出来なかった。

 何故ならこれは、強い冒険者に憧れている人間が一度は通る道だからである。憧れがそのまま暴走して、自分でも上位区画で活躍出来るのでは、と、おかしな勘違いを起こしてしまうのだ。


 この少年も、その勘違いを起こしてここまで来ているのだろうと推測する。そしてその姿は、過去の自分と重なってしまっていた。


「……分かったよ。中に入りたい理由だけ聞いてやる」


 優しい瞳でラジを見ながら、問う。

 入れるつもりは毛頭無いが、理由くらいは聞いてやろうと、そう思った。


 その問いにラジが答えを返す。


「上位冒険者になる為です」

「あー……やっぱりか」


 諭すように続ける。


「やめた方がいいと思うぜ? 冒険者を見た目で判断するのは愚の骨頂だが、あんたみたいなひょろい冒険者が上位区画で生きていけるとは思えない。ギルドの試験を受けようとしているのは分かるが、結果は見えてると思うけどなあ」

「なら、ここで強さの証明をすれば通してくれるんですね?」

「それはそうだが……。なんだ? ここで俺と模擬戦でもするってか? やめてくれ、無駄な人対人の戦闘は上位区画でも下位区画でも禁止されてるだろ。トトリカでなら黙認してくれるだろうが、生憎ここは法が機能してるんだ。俺もまだ娑婆に居たいんでね」


 ラジは魔法袋を取り出す。

 それを確認した門番が、おおと唸った。魔法袋を持っている下位冒険者は珍しいからである。居ないわけではないが、しかしその数は少ない。少数に入るだけの、ここに来るだけの力はあるのだな、とラジを見る目を変えた。


「おい、その魔法袋、どの迷宮で手に入れた? 下位区画にそれが出現する迷宮はなかった筈だが」

「これですか? 知人から貰ったんですよね。迷宮でも手に入るんですか?」


 門衛はなるほどな、と納得し、魔法袋の解説をする。


「それな、マジックバッグっていうモンスターの死骸だ。なんでも呑み込む割と強いモンスターでなあ。その特性を利用して小袋として使い出したのも割と最近だ。ついでに言うなら、それを持っている冒険者は実力者であることが多い、討伐するの苦労するしな、それ」

「へえ……」


 途端にそれが気持ち悪く感じてしまう。今ラジが持っているのはモンスターの死骸ということになる。

 嗚咽を噛み殺すが、しかしモンスターを食している身でもある為、あまり大袈裟に不快感を出すのはやめておく。自分自身の否定をしたくないからである。


 それを否定するのは、魔物喰いを否定するのと同義だ。


 それに気が付いたラジは、魔法袋への忌避感を弱めた。


 トルトがこれを持っていたということは、彼女は元々上位冒険者だったのだろうか。そういえば冒険者だったと言っていたような気がする。ラジはトルトが何者であるかをしばし考えるが、答えが出てきそうもなかった為、その思考に蓋をした。


「で、どうやって強さの証明をするんだ?」

「これで証明になるかどうかは怪しいところですが……。まあなにもないよりましだろうということで。見ていてください」


 そのの言葉を耳に入れ、門衛はその魔法袋を凝視する。

 ラジは無造作にそれに手を突っ込む。今、魔物の口に手を入れているのか、と思うとむず痒い気分になってしまった。


 中に大量に入っている核を引っ張り上げて、地面にそっと置く。下位区画から上位区画までの道中、腹を満たすのも兼ねてそれを口にしていたのだが、如何せん量が多く、食べきれなかったのだ。

 今ラジが取り出した核は、そのあまりである。


 門衛が呆れたように溜息を吐く。


「おいおい、まさかこれで証明とでも言うんじゃないだろうな? 確かにモンスターの核を持ち歩いているってことは、冒険者なんだろう。けどな、これブルースライムの核じゃねえか。一番弱いモンスターだぜ? 冒険者である証明にはなっても、強さの証明にはならねえよ。これが何百個もあるってんなら話は別だが」

「そうですか。ならその別の話をしましょう、今から」

「……どういうことだ?」


 ラジは次々にその核を地面に並べていく。

 何個も何個も、何十個も、並べていく。


 後で詰め直すの面倒そうだな、と未来の労力を意識して辟易してしまうが、しかし証明になるのであれば割り切るしかない。ラジは手を止めずに核を取り出していく。


 茫然とそれを眺めていた門衛が、思い出したかのように動き出し、ラジのその行動を制止した。


「ちょ、ちょっと待った! 流石に迷宮外、ギルド以外で核を取り出すのは不味い! 一旦落ち着いてくれ!」

「まだありますけど、見せなくて大丈夫ですか?」

「大丈夫だ、大丈夫だから仕舞ってくれ。これでも一応モンスターなんだ、もしなんらかのイレギュラーが発生した場合、俺じゃあ収拾がつけられない」


 門衛の言うイレギュラーとは、モンスターの核が残す微弱な魔素が暴走し、また別のモンスターを形成することだ。そうなった場合、ここにいる二人では止められないと判断した。上位区画の冒険者を駆り出せば良いだけの話ではあるが、それは依頼という形になり、報酬を用意しなくてはならなくなる。下位冒険者を使う時とは比べ物にならない程の金額が動くのだ。それだけは避けたかった。


 ラジが居ればそんなことをしなくても事態は簡単に片付くのだが、初対面である彼にそんなことは理解できる筈もなければ、信用もできない。


 門衛はラジの出した核を拾い上げて、観察する。


(この核、恐らく今日取ってきたものだ……。あれも、これも……。もしかして全てが今日の討伐分なのか……? それに魔法を使った跡がある。対象がブルースライムだとはいえ、これだけのモンスターを相手取って魔力枯渇が起きなかったとでも言うのか……)


 そこまで考えてから、先程の少年(ラジ)の言葉を脳内で反芻させる。

 ――まだありますけど。

 そう彼は言ったのだ。魔法袋の中身を見れば真偽を確認できてしまう嘘など、つく筈がない。


 つまり、この少年は本当にまだ核を所持している……。


(冗談だろう……なんでこの歳まで、下位冒険者に甘んじてたんだ……)


 きょとんとした表情で門衛を見ているラジに、上位冒険者としての風格を感じることは出来ない。

 しかし、既に門衛はラジのことを上位、もしくはそれ以上の冒険者になれる器の人間であると認識していた。


「証明、出来ました?」


 そう言ってにこりと可愛らしい笑みを浮かべるラジに、門衛はただ「ああ」と呟き扉を開けることしか出来なかった。


 上位区画へと入っていくラジを眺めながら、絞り出すように掠れた声で聞く。


「おい、お前、一体何者だ……?」


 ラジはくるりと首だけを後ろに向けて、門衛に聞こえるか聞こえないくらいの細い声で呟いた。


「はじまりのラジ、です」


 とだけ。


 目的地であるギルドを目指して、ラジは上位区画を駆けた。

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