第21話 境目

 地図は所持していない。しかしラジが迷宮内で迷うことはない。

 幾度となく訪れ、その全てを記憶しているはじまりの迷宮へと、ラジは訪れていた。


 また変な噂が先行しては困る為、誰にも見られないように迷宮へと潜ったのだが、しかし何者かからの視線があるような気がしてならない。トトリカで感じたものと同じようなそれが、ラジに纏わりついて離れない。

 気持ちが良いものではないが、しかし考えていても仕方がないと結論付けて、ラジは意識を切り替えた。


 数時間前の話ではあるが、フェリアと食事に行ったのを後悔していた。なにもフェリアのことが嫌いになったわけではなく、胃袋の問題である。


 いくらステータスが上昇しようと、胃袋まで大きくなることはない。人間なりの限界というものがある。

 先程食事を済ませてきたラジにとって、ステータスが上昇するからと言って今からまたモンスターを食すのは至難の業と言っても過言ではなかった。


「まあいいか、これがあるし」


 つかつかと迷宮内に足音を響かせる。モンスターに気付かれ、襲われてもおかしくない程の音量だったが、しかしそれらの牙はラジには向けられなかった。モンスターと言えども、戦力差は理解しているのだろう。自衛の為なら話は別だが、好き好んでラジを襲うモンスターはここにはもう存在していない。


 呟きながら確認したのは、トルトから譲ってもらった魔法袋である。

 まだ未使用だが、フェリアの話によるとモンスターの核を保管しておけるらしい。


 それならば、態々迷宮内でモンスターを無理に流し込むことはない。本当に良いものを貰ったな、とラジは迷宮内には似合わない優しい笑みを浮かべる。


「……っと。この辺りでいいか。迷宮探索のクエストを受けているわけじゃないし、そんな深くまで行く必要もないよね」


 何故ラジが今更はじまりの迷宮に潜っているかというと、答えは簡単である。

 Cランクの冒険者になる為に、自身を強化しに来ているのだ。


 今のラジのステータスであれば、そんなことをしなくとも上位区画に住まう人間の仲間入りを果たすことなど容易いのだが、しかしラジはそれを知らない。

 上位区画に行ってほしくないというフェリアの個人的な考えから、それをラジに伝えていないからである。


 唯一の情報源がシャットダウンされてしまっている以上、ラジがそれを知る由はなかった。


 カードを所持することにより発生する様々な恩恵も勿論魅力的であるが、ラジの狙いはそこではなかった。


 トルトへの恩返しである。

 確かに今の拠点はフェリアが在籍するギルドだが、しかしそれでいてラジはトルトの経営するギルドにも加入している。そういう契約になっている。いくら口約束とはいえ、それを保護にすることは性格上難しい。


 だからラジは、自身が強くなることによって、トルトのギルドへの関心を高めようとしていた。

 そしてこれは、トルトの狙い通りでもある。


 ラジが上位冒険者になることを見越して、トルトはラジに唾を付けておいたのだ。まさかここまで早くそれになろうとしているのは知らないだろうが、このラジの行動はトルトにとって損ではない。

 投資が上手くいった結果である。


 ラジはどんどんと魔法を撃っていく。狙いもなにもないそれだが、しかしラジは構わず魔法を撃つ。

 ここははじまりの迷宮であり、そして自身の魔法の数値は110なのだ。余程のことがないと、魔力枯渇を起こすことはない。万が一起こってしまったとしても、防御の数値が660である以上ラジがここで死ぬことはないのだ。


 隠れるようにして佇んでいたモンスター達が、突然現れた業火によって討伐されていく。中には愛らしい外見のモンスターもいる為、少々心が痛んだが、冒険者になる上でそれは既に覚悟済みである。ラジは一瞬の暇も与えずに生を奪っていく。


「これくらいでいいか。魔法袋の性能もあまりわかってないし」


 その呟きが迷宮内に響き渡る頃には、その階層のモンスターは軒並み死んでいた。

 ラジは生態系破壊の心配をするが、しかし冒険者としての知識がその心配はないと叫んでいた。


 モンスターは、無から生まれるのである。討伐しても討伐しても、それらが完全に消えることは無い。発生原因は明らかになっていないが、迷宮内に溜まっている魔素というものが固まってモンスターの核となり、姿形を形成すると言われている。


 そんなあまり関係のないことを思い出しながら、ラジは横たわるブルースライム達の核を取り出し、魔法袋に詰めていく。


 入れても入れても一向に膨らむ様子のないそれを眺めながら、ラジは呟いた。


「どうなってるんだ、これ。便利な魔道具(アイテム)なのは確かだけど、なんか怖いな……。どういう原理なの……」


 今度トルトやフェリアに会った時に聞いておこう、と思いつつ、軒並みそれらを取り終えたラジは誰にも見られないようにして迷宮を抜けた。

 視線は今だ感じたままだが、迷宮内だし人もいるだろうと結論付けて、それ以上考えるのはやめた。


 帰路の途中、核の使い道を考える。


(お金に換えるか、それとも自身のステータスの糧にするか……)


 一頻り思考した後、上位区画に入る為にはステータスの上昇が不可欠であると論結して、それら全てを体内に入れることにする。


 迷宮探索というのはどうも体力を使うようで、丁度ラジの胃袋は空いていた。


「今さっきの食事をもう一回食べたい……。きっと美味しいんだろうな。まあ、無駄遣いは出来ないから当分行けないんだけど……」


 悲しみに足元を掴まれながら、半ば仕方なくモンスターを食す。

 誰にも見られていないことを確認して、ラジは核を魔法袋から取り出し、齧り付く様にして喰らう。

 迷宮外で魔法は使えない為、ラジは生のままのそれを食べていく。一番初めにそれを食べた時の味と同じで、過去がフラッシュバックする。


 痛い記憶だが、しかし決して忘れてはならない記憶でもあるそれをしっかりと焼き付けたまま、ラジはスキルポイント獲得のメッセージを眺めていた。


 Cランク以上の冒険者が持っているというカードに思いを馳せつつ、獲得したスキルポイントを振り分けながら、上位区画へとゆっくりと近づいていく。



 地区全体を囲むようにして建造されている大きな壁。上位冒険者と下位冒険者を隔てる、高い壁。

 その壁に取り付けられてある扉の前で、ラジは足踏みをしていた。


 下位区画と上位区画の境目を跨いだ瞬間、カードの提示を求められてしまったのだ。


 そういえばフェリアも言っていた。カードがあれば上位区画に入ることが出来ると。それはつまりカードを持っていなければ門前払いされてしまうということと同義である。


 ラジは目の前にどっしりと佇んでいる門番の役割を担った冒険者に話しかける。


「カード無しで入ることって出来ないんですか?」

「ああ、出来ない」

「どうしても?」

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