第20話 少しの贅沢
ラジは豪勢な食事を喰らっていた。
モンスターではない。この国に存在する高級料理店、少し前のラジであれば、その通りを歩くことすら出来なかった程の場所に訪れていた。
テーブルの上に、見たことも聞いたこともないようなそれらが所狭しと並んでいる。
最近の主食は専らモンスターだったので、久しぶりの人間としての食事に、心が躍っていた。
「まさか、ラジくんがここに来れるような冒険者になるなんてねえ……。あれだけ要らないって言ってた装備も整えてるし」
「たまたま臨時収入があっただけですよ。僕にとっての一区切りってことで、今日はここに来てますけど。まだ僕はこの店に似合わないです」
力量だけで考えれば、ラジはもっと上のランクの店に入店することも可能なのだが、しかしラジは自分を過小評価している為、そんなことはしなかった。
それに、力量の部分は合格ラインでも、金銭的には不合格なのだ。
ここは高級料理店とはいえ、下位冒険者が利用するには、という頭文句がつくそれなのである。一度の食事だけなら三万リルもあれば事足りる。
はじまりの迷宮で躓いていたラジにとっては、それでも十分過ぎる程大金ではあるが。
そんな場所にラジは、感謝を込めてフェリアを連れてきていた。トルトも誘おうかと思ったのだが、トトリカ地区でのギルド経営に忙しいらしく、タイミングが合わなかったのである。ラジが日程をずらせばいいだけの話なのだが、迷宮探索の予定を崩したくなく、トルトを誘うのはまた今度にしようと結論付けた。
一人三万リル、ということはこの場での出費の合計は六万リルということになる。フェリアは自分で払うと言っていたが、誘っておいてそれはどうなのかという気持ちと、世話になった感謝を込めて、ここでの会計はラジが持つことにしていた。
些か痛い出費ではあるが、それは迷宮で取り戻せばいいだけの話だ。
フェリアはラジの持つ武器を見て、質問する。
「ラジくん、短剣はやめたの?」
ラジは一瞬頭上に疑問符を浮かべるが、しかしフェリアの質問の意図を理解し、その疑問符を消滅させる。
「あ、これですか? トルトさんに売ってもらいました」
ラジが今小さく腰にぶら下げているのは、魔法銃と呼ばれる武器である。短剣などと違って、魔法銃は本人の魔法ステータスの数値がそのまま攻撃力となるので、上位冒険者は大抵それを持っている。
しかし、如何せん壊れやすいのだ。あくまでも緊急用の武器であり、メインに据えるものではない。
トルトもそれは知っていたが、ラジが短剣などのメインで使う武器を欲しているとは考えづらく、あえてそれを売った。
フェリアは驚く。確かにラジもお金を持っていることは持っていたが、しかしそれだけで購入できるような武器ではないと。
しかし冒険者の金銭事情について問うとは御法度の為、その疑問を無理矢理噛み砕いて胃に閉じ込める。
そうなんだ。とフェリアは興味の無さを十分にアピールしながら呟く。ここまで力を付けた冒険者(ラジ)を、怒らせてしまいかねないことをするのは得策ではない。フェリアにとって、ではなく、フェリアの所属するギルドにとって。
良くも悪くも、ラジは他から気を遣われる程の冒険者となっている。
ラジは肉を刺したフォークを口元まで運び、噛む。
食事のマナーなどを知らないのではないかとフェリアは心配していたのだが、それは杞憂に終わった。どこで学んだのかは分からないが、美食家の自称は伊達ではないらしい。
「美味しいですね……。上位冒険者っていつもこんなのを食べてるんでしょうか?」
その問いに、フェリアではなくギルド職員として答える。
「そうね。上位冒険者が生活する区画では、これくらいの値段の食事が普通だって聞くし」
「そうなんですね。遠い世界だ」
ラジは驚愕を隠さずに全身で表現する。
「ラジくんならすぐにカード持ちになれるわよ。……カード知ってる?」
それまで食事を続けていたラジが、カードをいう単語を聞いた瞬間手を止めた為、フェリアは確認を取る。
ラジは申し訳なさそうに伏し目がちになって、「知りません」と答えた。
分かってはいたが、ラジは冒険者としての常識が備わっていない。ステータスも人にすぐ教えてしまうし、カードのことについても知らない。フェリアは心配になるが、しかしここで全てを教えてしまえばラジの自尊心を傷つけてしまうのではと危惧し、簡単な説明だけに留める。
「Cランクの冒険者になればカードが与えられるのよ。それがあれば上位区画に入ることもできるし、宿とか装備も格安で提供してくれるし、色々と便利なの。カード持ちでないと入れない迷宮もあるしね。まあ、ここに住んでいる冒険者達の殆どは下位冒険者だから、ラジくんがそれを知らないのも無理ないかもね」
「……それ、どうやったら貰えるんですか? それもフェリアさんからの推薦があれば貰えます?」
ラジの瞳の色が変わる。
フェリアはこの色を知っていた。迷宮で見たそれと違わない色をしている。
宿や装備という単語には反応しなかったのにも関わらず、迷宮というそれを聞いた瞬間、ラジを纏う圧が変貌した。
生粋の冒険者なのだな、とフェリアは思考する。
「ううん。残念だけどそれは無理。私は下位冒険者担当だから。上位冒険者だけが所属しているギルドにスカウトされるか、そこで行ってる簡易的なステータステストと、模擬戦でいい成績を残さないと貰えないわね」
食事を丁寧に口に運び、その美味を直接舌で躍らせながら、フェリアはなんでもない雑談をするように告げた。
これはフェリアの個人的な気持ちなのだが、ラジにはずっとこの場に居てほしいのである。
ラジが上位区画に行ってしまうと、下位区画で暮らすフェリアはラジにこれまでのように会えなくなる。勿論ラジが下位区画まで降りてきてくれるのであれば話は別だが、向上心のあるラジがそんなことをするとは思えない。
つまり、ラジが上位冒険者になった瞬間、この繋がりは切れてしまうのだ。
そう考えているフェリアは、だからこそこの話題を雑談の域に留めている。
いくらラジが強いとはいえ、迷宮には万が一が有り得る。強さでその分母を億や兆にするのは可能だが、しかしそれでも可能性がなくなるわけではない。
簡単な話、フェリアはラジに死んでほしくないのだ。だからこそ名前を教えたし、こうして仲良く食事にも行っている。
ラジがそれを察したのかは定かではないが、それ以上の追及をすることなく、食事へと戻った。フェリアはほっと胸を撫で下ろす。
下位区画にしては美味であるそれを咀嚼しながら、ラジはこれからについて話した。
「僕が今受けることのできるクエストの中で、一番ランクが高いのはどれですか?」
そうねえとフェリアはしなやかな指で顎を撫でて、その答えを提示する。
「Dランクのクエストね。増えすぎたモンスターを討伐するっていう単純なクエストなんだけど、少し強いモンスターが出てくるからDランクに設定されてあるわ」
「なるほど」
「それと、これはラジくんに行ってほしくないから伝えているんだけど、砂の迷宮探索もDランクで国から依頼されてるわ」
これはクエスト斡旋ではなく、ラジへの忠告であった。
肉を頬張りながら、過去の記憶との差異を見つけたラジは問いを投げた。
「砂の迷宮ってEランククエストじゃないんですか?」
「そうよ」
「ならどうしてDランクに? 突然モンスターが強くなったんですか?」
そのラジの推測自体は理にかなっている。
迷宮内のモンスターが突然変異を起こし、強力なそれに変化するのは珍しい話ではない。
ラジの質問に、フェリアは上手い答えを提示することが出来ず、むず痒い思いを味わった。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「どういうことですか?」
「ラジくん達の後に砂の迷宮に行った冒険者が帰ってきたことがないから、分からないのよ」
それを聞いてラジは深く黙り込む。
もしかすると、自分自身その場で死んでいてもおかしくない状況だったのだ。幸運の数値は1だが、しかしそこまで不運でもないのかもしれない、と自分のタイミングの良さを噛み締める。
記憶を掘り返すが、砂の迷宮に危険なところはない。あくまでも迷宮基準ではあるが、比較的安全だった筈だ。
となると、なにか重大な異変が内部で発生しているのだろう。ラジはそう結論付けた。
フェリアはそんなラジを不思議そうに見つめる。
ラジの性格を加味すれば、今すぐにでも砂の迷宮探索クエストを受けていてもおかしくないのである。向こう見ずで、思わず突っ走ってしまう、そんな性格だと思っていた為、ラジの今の言動との差に違和を感じた。
「……なにかおかしなところあります?」
フェリアの視線を一身に受けながら、自らのマナー違反を気にするラジ。
違和があるとは思ったが、しかし興味がないのであればそれでいい。とフェリアは判断して、なにもない、と告げるように手を振って笑みを浮かべた。
ラジは豪勢な食事をつつきながら考える。
(砂の迷宮も気になるけど、まずはカードが欲しいな。実績がない今スカウトなんてされないだろうし、直談判するしかないよね……)
なにも砂の迷宮への関心が無いわけではない。ただ、今の優先順位としてその位置は低いのだ。
ラジはごくりと音を立てて口に頬張った上物の肉を胃袋に流し込み、カード取得の模擬戦の為に迷宮で自身を鍛えようと思考するのだった。
フェリアを――もといギルドを通してはじまりの迷宮探索クエストを受けてもいいのだが、しかしそれをするとまたおかしな噂が尾ひれをつけて跳ね回る気がしたので、フェリアには告げずに迷宮に赴くことにする。
食事を終えた二人は、一緒に店外へと出て、別々の帰路についた。
帰路とは言っても、ラジの赴く先はモンスターが巣食う迷宮であるが。
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