第27話 諍い

 炎の残滓を身に纏いつつ、ヨルトは煙の隙間からラジを見据える。


「お前、魔法ステータスの数値はどれくらいなんだ?」


 その問いにラジは言葉を詰める。昔の自分なら簡単に教えただろうそれだが、しかし自分は強くなり過ぎたという自覚が、少しだけだがある。どうやって強くなったかなど追及されては困るのだ。だから逡巡した。


 そんなラジを見て、ヨルトは高く笑う。誰にも言わねえよ、と付け加えながら、ラジの方へと歩み寄る。


 未だ迷ってはいるが、今自分は上位区画のトップ冒険者であるヨルトに、模擬戦とはいえど勝利を収めたのである。もし万が一強さが露呈し、その力を悪用しようと近づいてくる人間が居たとしても、今の自分なら対処可能だ。

 そう考えたラジは、ヨルトの問いに答えを返した。


「魔法のステータスは470です」

「へえ、お前、そのなりでレベル50くらいなのかよ。詐欺みたいなもんじゃねえか」

「はい、まあ、そんな感じですね」


 本来ステータスというのは、レベル上昇時に全てが平均して10ずつ上昇するのだ。幸運や耐性といった、生まれつきの数値に依存している成長しない部分を除いてではあるが。

 その為ヨルトはラジのレベルを50付近であると判断した。上位区画で生活できる最低のラインは30からの為、ラジはそれを大幅に上回っているということになる。


 そんなことを知らないレベル1のラジは、曖昧に頷くことしかできなかった。


 ヨルトはラジの背中にいる審判員を視線で刺して、言葉を投げる。


「ラジのカード所持、認めても良いよな?」

「はい。構いません。ギルドとしても、このような人材を失うのは痛手ですので」

「だってよ、ラジ」


 視線をラジに移し替え、ヨルトは楽し気に呟く。


 望外な高評価に、ラジはたじろいでしまう。

 つい最近まで下位区画の最底辺だったのだ。自己評価と現状の差異が違和を生んでいる。

 しかしラジも、自身が未だに最弱の冒険者だとは思っていない。しかし、そこまで評価されるような人間であるとも、思っていない。


 審判員が言葉を付け加える。


「ですが、ステータステストがまだです」


 ヨルトは目を丸くさせ、一瞬硬直した後、思い出したかのように口を大きく開いて笑う。


「おいおい、今の見てただろ? ステータステストなんかする必要あんのかよ? 認めたくはないが、経験そのものはさておき、多分俺より数値は上だぜ?」

「はい。理解しております。ですが規則ですので。特例を認めると火種になりかねませんから」


 なんでこう、ギルドってのは頭が固いのか。と頭を掻きむしりながら、ヨルトはラジに声を掛ける。


「聞いてたろ、ステータステストがあるんだってよ、ギルドに戻るぞ」

「あ、はい。わかりました」


 すたすたと前を行くヨルトを追いかけて、ラジはギルドへと戻るのだった。



 上位区画のギルド内。

 冒険者達はざわついていた。


「おい、ヨルトが新人を連れて戻ってきたぞ……」

「ああ。じゃああの新人冒険者はヨルトに勝ったってことか?」

「……いや、流石にそれは無いだろう。あのヨルトだぜ」

「でも、どちらも無傷だぞ……。最低でも互角の戦いをしたってことだ……。なんなんだあの新人」

「なんだお前、知らないのか? ラジだぞ、はじまりのラジ。下位区画で騒がれていた最弱の……」

「はあ? あれがそのラジだってのか? じゃあ、なんだ、ヨルトはそれに負けたのかよ? トップ冒険者が堕ちたもんだな」

「よせ、聞こえるぞ」


 ヨルトが新人を潰さずに戻ってきたことなど、直近ではなかった為、冒険者達は各々驚愕を抱く。上位区画で通用するような人材は、ヨルトも潰さずにいるのだが、しかし再起不能にした時のインパクトがそれを薄れさせている為、上位区画でヨルトは扱い辛い血の気の多い冒険者であると認識されていた。


 それにヨルトはギルドから気に入られている。今まではその強さを免罪符に好き勝手していたのだ。その為ヨルトは上位区画においてあまり好まれてはいなかった。

 そのヨルトがはじまりのラジに負けた。考えられるのはラジが思いの他強力だったか、ヨルト自身が弱体化したかのどちらかである。


 今ならヨルトを殺して、自分がトップに成り代わることが可能なのではないか。弱くなったヨルトであれば、自分でも善戦できるのではないか。その考えの大小はさておき、冒険者達は皆そう思考していた。


 ヨルトは自身の噂話をしていた冒険者二人の頭を無造作に掴み、引き寄せる。ラジはそれを眺めているだけだ。忘れていたが、ヨルトはこういう性格だったな、と思い出す。


「全部聞こえてんだよ。なんだ、俺が堕ちたって? どこに堕ちたんだ、言ってみろ」


 頭を掴まれた冒険者は、瞳を器用に動かしてヨルトを睨み付ける。

 今なら勝てると、ラジでさえ勝利を収めたのだから、上位区画で生活してきた自分達が今のヨルトに劣る筈がないと。思ってしまった。


 そしてその考えは、言葉に直結する。


「お前だよヨルト。はじまりのラジ如きにやられたお前がトップ冒険者だと? 笑わせるな。お前は最下層に堕ちたんだよ」

「おいおい、ラジが最弱冒険者だって信じてんのか? それ、ただの噂話だろ。あいつは俺より強かった。それだけだ」


 ヨルトは二人を乱暴に地面に叩きつける。二人は掴まれた頭を大切そうに撫でながら、不満と敵意を滲ませヨルトを睨んだ。

 それを見ていたラジは溜息を吐く。冒険者は血の気が多すぎる。比較的常識を携えている人間が多いと言われている上位区画でこれなのだ。辟易と共に息を吐くことしかできなかった。


 強制的に地面に密着させられた二人の内一人が、その敵意を収めないままヨルトに詰め寄る。もう一人が制止しようとするが、しかし止められない。


 冒険者はそのまま自身の装備品である短剣を取り出し、ヨルトに向ける。


「模擬戦、受けてくれるよな? ヨルト」

「お前、正気かよ? 受けねえよ。無駄な体力を使いたくない」


 上位冒険者として当然の思考である。迷宮探索で多大な疲労を負う冒険者にとって、小さな諍いや喧嘩などで体力を悪戯に消耗させるのは、間違っても得策とはいえない。

 それに、この模擬戦にヨルトのメリットはないのだ。だから、受ける義理もない。


 しかしそんなことは知らないとでも言いたげに、冒険者はその短剣をヨルトに突き刺した。

 否。

 突き刺したように見えた。


「――仮に俺が弱くなっていたとして、お前が強くなったわけじゃあねェだろうがよ」


 ヨルトは数時間前のラジに倣って、その短剣の刃を二本の指だけで掴んで、折った。

 短剣の残骸が床に転がる。


 それを見たラジは、誰にも聞こえない程度の声量で「真似されるの恥ずかしいからやめてほしいんだけどな……」と呟いた。


 冒険者は震える。自身の行動を思い出す。

 俺は、なんて馬鹿なことをしたのだ。と。一瞬でもヨルトに勝てると思ってしまった自身を恥じ、そして恨む。俺は俺の馬鹿な行動によって殺されると、そう思考する。


 そしてそれは間違いではなかった。以前までのヨルトなら、こんな馬鹿は上位迷宮では通用しないと判断し、殺しはしないまでも瀕死までは詰めていた。

 しかし、ヨルトは後退していく冒険者を一瞥するだけで、何も行動を起こさない。


 震えた声で冒険者は問う。


「見逃してくれるのか……?」


 ヨルトは興味無いとでも言いたげに大きく欠伸を噛み殺し、見下すような視線で彼を刺す。


「だってお前殺してもつまんねェだろ。俺は面白い奴が好きなんだ。お前がもっと強くて、戦闘に面白味を感じていたら、もしかすると勢いあまって殺してたかもな」


 その冒険者だけではなく、ラジも全身を震わせた。


 ヨルトは先程の模擬戦時、確かに面白いと口走っていたのだ。もしかすると、が起こり得た可能性があるということでもある。結果的にラジは今生きているが、少しでも未来が違えば、ラジは今ここに立っていない。蛋白質の塊になっていたのである。


 どっと安心が押し寄せるのを感じていた。


 ヨルトに喧嘩を吹っ掛けた冒険者は、もう二度と馬鹿なことを起こすのはやめようと決意して、ボロボロになってしまった短剣を拾って逃げるようにしてギルドの外に出る。こんなことを起こして、まだギルド内で談笑に興じられる程の精神力は彼には無かった。


 ヨルトから距離を取りながら思考する。


(ヨルトは弱くなんてなっていなかった。ということは、あのラジとかいう少年は、純粋にヨルトより強いってことだ……。とんでもない新人が入ってきやがった……!)


 下位区画に出戻りするのも視野に入れなければならない、そう思いつつ、彼はヨルト、及びラジを見ないようにしてギルドの扉を蹴り、外に出た。

 行先は、下位区画だ。もう一度一からやり直そうと、そう思考していた。

 ヨルトはああ見えてしっかりと筋は通す男なのだ。ならば自分も、筋を通して一からやり直そうと考えていた。そうすればヨルトは自分を敵視しないだろう。


 そしてそれは間違いではない。ヨルトは無駄なことはしない。やり直した結果、また上位区画に上がってこれたならば、過去の諍いは気にするところではない。


 ヨルトはラジに身の向きを変更して、笑いかける。


「悪ィな。じゃ、ステータステストでもするか。結果は分かり切ってるけどな」


 先程の出来事を無かったことにしているヨルトを見て、ラジは驚愕した。

 気にしてないということは、ヨルトはいつもあれだけの悪意に晒され、そしてその度に同じような対処をしているということになる。


 そしてそれは、いずれはラジも同じような悪意に晒される可能性があるということと同義でもあるのだ。


 前途多難な上位区画での生活を思って、ラジは諦めたように薄く笑い、ステータステストの詳細をヨルトに問うたのだった。

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