第28話 上位冒険者

 ヨルトに連れてこられたのは上位区画に存在する人工迷宮――では勿論無く、ギルド内にある訓練場のような場所だった。


 トルトの店で見た武器の数十倍程の数のそれらが、所狭しと乱雑に並べられている。売り物ではなく、ギルド自体が開発している武器の失敗作らしい。中には使えそうな武器もあるのだが、上位迷宮のモンスターに耐えられるような構造ではないらしく、改良が必要であるとヨルトが言っていた。


 それらの試作品をヨルトが迷宮で使用し、役に立った、もしくは役に立ちそうな武器を店内で販売しているようだ。つまりヨルトは、ギルドお抱えの冒険者ということになる。上位区画で名を馳せると、一冒険者でも国やギルドが行うそれらに関わることが出来るらしい。ラジは少しの憧れを抱いた。


 上位区画特有のシステムに、ラジは驚愕する。下位区画でももしかすると行っているのかもしれないが、最弱の冒険者であった自分にその情報が回ってくることはなかった。初めて知るその構造に、驚きが隠れることは無い。


「見物人が集まってるみたいだが、大丈夫か? 気が散るなら俺が人払いをしてやってもいい」


 ヨルトの性格を朧気ながらも把握済みのラジにとって、ヨルトの使う人払いという言葉に若干の恐怖を抱いた。

(人払いと書いて人殺しと読む。みたいなことじゃないよね……。流石に無いよね、それは……)


 良くも悪くもラジは目立ってしまっている為――その多くは後者であるが――ステータステストの結果を見に来ている上位冒険者達が大勢集まっている。中には迷宮入りを遅らせてまでここに来ている人間も存在しているらしい。ヨルトに気に入られているラジという冒険者がどれ程のものかを、見定めに来ている冒険者が多数存在するのだ。


 視線で緊張するといったことはないが、かといって良い気持ちになるわけでもない。自己顕示欲が強い人間であれば、この状況を喜ぶのだろうが、ラジは生憎そういう類の人間ではなかった。


 しかし態々人払いを頼むこともない。見られている緊張で本来の力を発揮できない、なんてことはないからである。そもそも、これだけで緊張してしまうのであれば、冒険者には向いていない。迷宮では、常に死の恐怖という緊張が付きまとっているのだから。


「大丈夫です」


 とだけ答えて、ラジは指示を待った。

 目の前には、模擬戦に立ち会った審判員が無表情で立っている。感情が乏しいというわけではなく、試験である為にそういう表情を作っているらしい。この仕事も大変だなあ、と他人事にラジは思考していた。


「ではラジ様。説明をさせて頂いても宜しいでしょうか」

「はい、構いません」


 そう言って、ラジは審判員の瞳を食い入るように見つめる。その視線になにかを言うわけでもなく、審判員は淡々と言葉を空間に並べた。


「冒険者のステータスを確認するのは御法度とされていますので、試験で確認するステータスはひとつだけです。そのひとつはラジ様ご自身で選択して頂いて構いませんが、大抵の方は攻撃か魔法を選びます。迷宮内での生存率に直結するものですので、ギルドとしてもこの二つの内のどちらかが有難いです。勿論強制は致しませんが」


 ここで初めてラジはステータス確認が御法度であるという常識を知った。しかし大袈裟に驚いてしまえば無知が露呈してしまう為、無理矢理にその驚愕に蓋をする。こういった常識は、下位区画に戻った時に全てフェリアから学ぼうと決意した。


 ラジは遠くを見つめながらしばし考えた後、口を開く。


「じゃあ、攻撃で」


 その言葉を告げた瞬間、先程まで無表情だった審判員の顔が少しだけ驚愕に傾いた。

 しかし直ぐに表情を作り替え、「畏まりました」と呟く。


 そんな二人のやり取りを横目で見ていたヨルトは、ラジに疑問をぶつける。


「ラジ、魔法じゃなくていいのか? 模擬戦の時は魔法主体で戦ってたろ?」

「いえ、数値だけなら攻撃の方が高いので。魔法は使いやすくてつい多用しちゃうんですよね」


 魔物喰いで上げたステータスはなにも魔法だけではない。上位区画を拠点にしている冒険者達の数値が分からなかった為、ラジはそれらを上げられるだけ上げているのだ。初めから数値が上限に達していた耐性や、必要性を感じない幸運、使用方法がよく分からない召還はさておき、それら以外の数値は軒並み500付近に調整してある。

 奇しくも上位区画のトップであるヨルトの数値を少しだけだが上回っている。先に情報を得ていたわけではない。ラジの勘と冒険者としての嗅覚が冴え渡っていた結果だ。


 ヨルトは愕然としていた。あれだけの魔法を使用していたのだ。魔法に特化した冒険者なのだろうと、決めつけていた。

 だからこそ、ラジの言葉が上手く呑み込めずに、喉の奥で詰まる。


「流石に冗談だろ? お前の強さはもう分かってるし、この試験だって形式上だ。カード所持の為に嘘をついているなら、悪手だぜ」


 その助言を、ラジは嬉しそうに聞く。

 言葉遣いはさておき、ここまで自分を思った言葉を掛けられることなど、今まで無かった為である。


「本当なので大丈夫です」


 ラジは柔和な笑みを浮かべながらそう呟いて、審判員を見た。

 思い出したかのように口を開いて、ラジに試験の内容を告げる。


「得意な武器は勿論あるでしょうが、この試験ではそれらは使えません。純粋なステータスだけが反映される投擲を行ってもらいます」


 投擲とは文字通り武器を対象目掛けて投げる攻撃方法である。先程の模擬戦でヨルトもそれを行っていた。

 武器そのものの強さは、投擲には反映されない。自身の攻撃ステータスがそのまま力となって対象を刺す。その為、下位区画ではこの攻撃方法は主流ではない。


 ラジはわかりましたと静かに答える。

 その言葉を聞いた審判員は、ラジに武器を渡す。偶然にもそれは、ラジが最弱冒険者であった時に使用していたものと同一で、奇跡にも似た偶然に笑みが零れた。


「これをどうすればいいんですか?」

「奥に的があるだろ? あれに当てるんだよ。当てたら的が勝手に数値を判断して表示してくれる。もし外してギルドの壁に当たっても壊れないから安心しろ、強力な防壁が張ってある」


 ヨルトが先走って説明をする。それを見た審判員が、表情は変えないまでも、少し呆れと怒気を滲ませながら「仕事を取らないでください」と呟いた。ヨルトはくつくつと笑いながら謝罪するが、反省していないということはラジでさえ理解できた。


 ヨルトの言う通り、ラジから数十メドル先に、小さなモンスターを模した的がある。ブルースライムだろうか、作り物であることは分かっているが、底から食の衝動が沸き上がってくるのを感じる。ラジはそれを無理矢理に押さえつけ、その気持ちを投擲にぶつけるようにして、短剣を振りかぶった。


 腕を上から下へ振り下ろす。丁度その中間地点で渡された短剣を離し、速度に乗せる。


 空気抵抗などまるで感じていないとでも言いたげに、それは急速度で回転しながら対象へと向かう。


 ラジを見に来ていた冒険者達が、驚嘆の声を僅かに上げる。なるほど、ヨルトに気に入られるわけだ。と思考している人間でさえ、存在していた。


 短剣はぶれることなく一直線に対象へと突き刺さる。

 ヨルトが言うにはここで数値が表示されるらしいが、一向にその気配はない。


 それもその筈、短剣は対象に突き刺さっているのにも関わらず、未だ回転を止めていないのだ。

 つまり、攻撃は終了していない。突き刺さって尚動くそれは、さながら死霊のようだった。


 回転を弱めることなく、攻撃は続く。

 次の瞬間、的が弾ける音が訓練場に鳴り響いた。短剣は的を砕いて尚止まらない。そのまま後ろ側にある壁へと追突する。


 流石に回転は弱まってはいるが、しかしまだ動きを止めることはない。生きているのではないかという錯覚に包まれている冒険者も存在している。


 次第に回転は収まっていき、それは壁を突き刺した状態で止まった。


 それを茫然とした瞳で眺めながら、審判員は絞り出すように呟いた。


「……ラジ様のカード所持を許可します」

「え? でも数値表示されてないですけど、判断出来たんですか?」


 ヨルトが破顔し、緩み切った笑顔でラジを見て、その背中を力強く何度も叩く。


「ラジ、やっぱり面白ェなあ! 俺も的を突き破った人間ではあるが、壁までは破壊してねえぞ! 張ってある防壁は数値600までの攻撃を無効化できるとんでもない代物なんだぜ? その防壁を突破出来たってことは数値が600以上だっていう証明になる。それに、一回的に当たって威力を殺された上でのそれだろ? 見てなかったら信じてないぜ、こんな馬鹿みたいな話」


 豪快に笑うヨルトと、静かに現状を把握しているラジの対比に、審判員は少しだけ笑みが零れた。


(……攻撃ステータス、上げすぎたかな……)


 ラジは自身のそれを脳内で反芻させる。

 攻撃720というステータスを。


 ラジは気づいていないが、上位区画に攻撃が720よりも上の冒険者は存在していない。そもそも、トップであるヨルトでさえその下なのである。


 フェリアから聞いたものと同じようなカードについての説明を受けて、ラジは晴れて、上位冒険者となったのだった。

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