第39話 デザイナー・ヒューマン

 ルベルは鉄の輪を足首に付けている男二人を呼びつける。


 ラジは黙ってその行動を眺めているのみだ。勿論、先程のような悪辣な行為をするのであれば、止めようとは思っているが、現状なにを行うのか分からない為動くことは無い。


「殺し合え」


 ルベルがそう告げた瞬間、二人は全身に殺意を滲ませる。


 冗談だろう、とラジは思うが、しかし二人は本当に相手を殺そうとしている。

 ラジは知っていた。あの瞳は、いつかの人喰いの目と同じである。


 本当に身体中に殺意を滾らせなければ、あの表情は出来ない。世界全てを呪っているような、歪んだあの表情は。


「ルベル。今すぐにやめさせろ」

「そうですねえ。ラジ様が13番を購入してくれるのであれば。一考しましょう」


 ラジは強く下唇を噛んだ。

 これは、人質である。


 ラジの性格を逆手に取り、奴隷を人質にすることで、それを買わせようとしている。ラジの顔が歪む。


 しかしルベルがそれを気にすることはなかった。何故なら、こうなることは全て織り込み済だからだ。こうなることを予測して、殺し合わせている。


 奴隷、などという立場である以上、力があるわけではないとラジは思っていたのだが、どうやらそれは間違いのようで、二人は地面を抉るように蹴って、相手に魔法攻撃を仕掛けている。


 ルベルが説明する。


「対モンスター用の奴隷です。いわば、人間兵器ですね」


 ラジは二人の間に防壁を出現させ、無理矢理にその無意味な戦いに終止符を打つ。

 しかし、奴隷の放った魔法攻撃は、その防壁に勝るとも劣らない程の強さでぶつかり、防壁を僅かながらも破壊する。


 ルベルは驚愕した。

 Bランク冒険者になったばかりの少年が発現させた防壁が、奴隷の攻撃を防いだことに。


 対してラジも驚愕していた。僅かとはいえ、自身が出した防壁が破壊されていることに。


 両者は同じ感想を別の角度で抱いていた。


「どういうことだ」


 ラジは説明を求める。

 あれ程の強さを持っているのだ、奴隷になどならなくとも、十分に上位区画で生きていくことが出来る。その証明に、最弱であった過去の自分が奴隷に落とされるようなことは無かった。


 だからこそ、違和がある。

 ラジの防壁を破壊できる程の力があって、何故奴隷になっているのか。


 ルベルは目を細めた。


「あれは、人間兵器です」

「それは聞いた。僕が知りたいのは、どうしてあれだけの強さがあって奴隷にされているのか、ということだ」


 金絡みの問題だろうか、ともラジは思ったが、あの力があるなら上位区画で冒険者稼業を続けていける。金があり余り過ぎて困ることはあっても、借金の為に奴隷になった、ということは有り得ない筈だ。


 そして、ラジのその推測は全て正しかった。

 彼らは弱いから、だとか、借金の為、などで奴隷になっているわけではないのだ。


「違います。あれは、人間兵器(デザイナーヒューマン)。遺伝子組み換え技術で無理矢理にステータスを引き上げられ、冒険者の持駒になることを生まれながらに決められている、哀れな傀儡ですよ」


 ラジの表情が怒りで歪む。

 人間であることを、生まれながらに否定された兵器。


 デザインという気持ちの悪い言葉で形容された、兵器。


 先程の少女もそうなのだろうか、とラジが思考したのを読み取ったのか、ルベルは付け加えるように説明する。


「13番は人間ですよ。なにせ、デザイナーヒューマンには心がない。だからこそ主の命令に忠実に動くし、反旗を翻すこともない。だからこそ武器になれるのです。逆に人間である13番は感情がある、心がある。武器としては、使えない。だからこそ性の捌け口として有効なのです。苦痛に歪む表情が好きな男性も――」

「少し黙れ」


 饒舌になるルベルを制して、ラジは怒気を露わに呟いた。

 ルベルは良かったと内心安心する。


 ここまで感情を露わに奴隷の扱いを見て嘆いている。憤っている。なんとも御しやすい冒険者だ。とルベルは考えていた。

 もう少し突いてやれば、購入を決めるだろう、と。


 ルベルにとって、冒険者が奴隷を購入した後、それをどう使用しようが関係がないのだ。例えばラジなら、奴隷としての使い方はしないだろう。しかし、それはルベルには関係がない。国からの命令通り13番を売れれば、それでいいのだ。後のことは考える必要はない。


 ルベルに殺し合いを命令された二人は、未だお互いを攻撃し続けている。ルベルが止めない限り、この状態は続くであろう。


 ラジは静かに問う。


「人間一人の値段を教えろ」


 ルベルは心の内側で大きく笑った。上手くいったと。作戦が成功したと。

 自分の策略を褒めたたえたい気分を抑えて、奴隷商の顔のまま告げた。


「一体十万リルです」


 愕然とした表情を携えて、ラジは喉から絞り出すようにして酸素を吐く。

(一人、十万。たった、十万リル)


 人間を体と数えたのにも、えにも言えない憤りを感じたが、人間が十万リルという安値で売買されていることについての怒りが、それを大きく凌駕した。


「おや、安いとお思いですか? ラジ様は奴隷がなんたるかを理解していないようだ」


 ルベルはそれまで張り付けていた人の良い笑みを沈めて、その細い目の隙間からしっかりとラジを見る。

 そして、ゆっくりと、言葉を吐いた。


「奴隷というものは代替が利く。一体を高値で売り捌く必要などないのですよ。奴隷商とはイメージと違って、薄利多売が根本にあるのです」


 喉が鳴る。

 ラジはこれまで、ルベル程の悪党を見たことがなかった。あのギドラでさえ、動機はラジへの恨みなのだ。

 初めからそれが黒く染まっている人間を見たのは、今が最初だ。


 しかし、それさえルベルの計算内であった。憤りを感じれば感じる程、ラジの購入意欲は高まる。なにせBランク冒険者だ。金は有る筈なのである。全てを使って奴隷を買い、救え。などと言うつもりもないが、しかしルベルはそれと同じようなことが出来るかもしれないと思っていた。


 ラジは、捨てるようにルベルの足元に札を投げる。手渡すのですら嫌になるほどの嫌悪が、身体中に渦巻いている。


 ルベルはその札束をちらりと確認して、僅かに口角が上がる。

 やはり、正義感を持つ冒険者は御しやすい。


「先程の命令を撤回しましょう。人間兵器達、攻撃をやめろ」


 ルベルの声が彼らの耳に飛び込んだ瞬間、二人は面白い程簡単に殺意を消滅させ、行動をやめる。

 デザイナーヒューマンは、心を持たない。主の命令には、その内容が何であろうと従う。

 その意味を、ラジは目の当たりにした。


 ルベルは足元に転がった紙幣をひょいと拾い上げて、その金額を確認する。


「五万リル? ……ラジ様は冗談が得意ではないようですね。こと商談において、金銭が絡む場合の戯言は御法度ですよ」

「ああ、知っている」

「知っている? それは一体どういう意味ですか?」

「こういう意味だ」


 ラジはルベルに向かって炎を飛ばす。

 指先から迸る熱い緋色の塊は、真っ直ぐにルベルへと向かい、その右足を焼いた。


「……っ。少々冗談が過ぎるようですが」


 Bランク冒険者を相手にする商売をしているルベルは、それなりに高ステータスである。本来であれば叫び、喚いて泣き腫らしても仕方のないようなラジの攻撃に捕らわれたというのに、表情を変えることは無かった。

 しかし、痛覚が消えたわけではない。人並みに痛いし、その証拠に右足は既に動かなくなっている。


「人ひとり十万リルなんでしょう。なら、僕はその五万リルで貴方の半分を買う」

「冗談では済まされませんよ、ラジ様。それに、一方的な契約は認められないのが常識だ」

「そうか。申し訳ないけど、僕にその常識は適用されないみたいだ」


 ルベルは額に大きな脂汗を浮かべながら呟きを落とす。


「全く、冒険者というものは血の気が多い……!」

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