第38話 番号の少女
「奴隷商?」
ラジは聞き馴染みのないその言葉を、まるでオウムのように繰り返す。
ルベルは人懐こい笑顔を崩さないままに、ラジに説明した。
「ええ。ご存知ありませんか? 奴隷商。上位区画では奴隷を購入している方も大勢居られますよ。迷宮攻略時、モンスターの攻撃を防ぐ盾としたり。防壁魔法使用には魔力枯渇のリスクがありますが、奴隷を盾にする分にはリスクがありませんからね」
資金面を除けば、ですが。とルベルは続けた。
「……。僕は、苦手です。こういうのは」
ラジは嫌悪感を隠さないまま、ルベルを睨み付けるように見る。
初めから内容を知っていれば、ラジがこの場に来ることはなかった。
余談ではあるが、ヨルトは一室を貸し出しているのみで、この奴隷商との関わりはない。貸し出した場所でなにが行われているか、把握してすらいない。
しかしそんなことを知る由もないラジは、ヨルトに対しても些細ではあるが嫌悪を感じてしまった。こんな人間と繋がりがあったのかと、糾弾したい気持ちが心を埋める。
ルベルは「13番」と人間を番号で呼びつける。
とことこと覚束ない足取りで、13番と呼ばれた齢十四、五程の深い青色の髪をした少女がルベルへと向かう。
透き通るような瞳に、小さい輪郭。
外見だけを抜き取れば、彼女は綺麗だと形容できる。しかし、身に着けている服が、まともに入浴さえしていないだろう身体が、その言葉を許さなかった。
ラジはより一層の嫌悪を瞳に宿す。
しかしルベルは、未だその細い目をより細め、笑うのみである。
「遅いじゃあないか。顧客を待たせるのは良くないよ、13番」
「申し訳ございません。ルベル様」
少女はルベルに頭を下げ、謝罪する。
ラジとさして変わらない歳である少女が、消費される側に立ってしまっている。ラジは彼女に、過去の自分を重ね合わせていた。
奴隷でこそなかったが、ラジも最下層の人間だったのは間違いないのだ。あの少女の苦悩全てを理解することは出来なくても、その想像は容易かった。
「奴隷としての作法を忘れたわけじゃないよね? 謝罪はそうやってするものじゃ、ないだろう」
「……はい」
少女は地面に膝をつき、腰を曲げ、小さく丸くなる。
額を地面に擦り合わせて、やはり先程の言葉を、もう一度ルベルに告げる。
「申し訳ございません。ルベル様」
「使えない奴隷だ」
ルベルは少女の頭を踏みつける。その表情は笑ったままだ。
つまり、ルベルは少女を貶める行為を、なんとも思っていない。奴隷はこうされて当たり前であるというルベルの中の常識が、声高にそうしろと主張しているのだ。
「僕、そういうのは嫌いなんです。やめてあげてください」
「いえ、ラジ様。お言葉ですが奴隷はこうされて当たり前なのです。こういう理不尽を受け入れてこその、奴隷なのです」
ラジはルベルの真横を狙って指先から炎を迸らせる。
少女の頭に足を置いたまま、ルベルは視線だけで自身の横を切った火球をなぞった。
ルベルの後ろ側で、強烈な爆発音と共に壁が砕ける。
「やめろと言っている」
溜息を一つ吐いてから、ルベルは少女の頭から足を離した。
「……冒険者というものは、血の気が多いから困ります」
ラジは指先に宿らせていた第二の矢であるその炎を消す。迷宮とはいえ、あまり大事には出来ない。曲がりなりにも、相手はギルドからの使者でもあるのだ。
ルベルはすぐに商談用のそれに表情を作り替え、ラジを舐めるように見回した。
その不快な視線に気付かないふりをしながら、未だ地面に額を付けている少女を見る。
「すぐ、やめさせてください」
「ええ。承知致しました。13番、顔を上げろ」
後半は吐き捨てるように言い、その言葉を拾い上げるように少女は顔を上げ、立つ。
「ラジ様の好みが分かりませんね。どういった奴隷がお好みですか?」
「この子が好みじゃないだとかの話はしてない。僕は、こういう制度が気に食わないんだ」
「しかし、Bランク以上のクエストをソロで……。というのは、些か無理がありましょう」
ルベルはラジのステータスを知らない。
急激に成長し、上位区画に来たということは伝えられている為、なにかあるとは思っているが、そのなにかまでは突き止めてはいないのだ。
ラジはそんなルベルに告げる。
「要らない。僕一人で迷宮攻略は完結させる。奴隷は、買わない」
ルベルは販促方法を間違えたな、と後悔する。
絶対に13番をラジ・リルルクに売ってこいと、国から命令のようなものを受けているのだ。
何故上がこんな少年に固執しているのかは、ルベルには分からないが、その命令をこなせなければこの奴隷商という仕事にも就けなくなる。奴隷を売って金を得たいルベルと、冒険者の力を底上げしたい国の利害が一致しているからこそ、この仄暗い仕事は暗黙にだが認められているのだ。
ルベルは違った方向から13番を売り出すことに決めた。
幸い、13番は顔が良い。それならば、それ相応の使い方をすれば良い。
「13番、服を脱げ」
「はい」
ラジは驚愕する。
ルベルの言葉を素直に聞き入れ、服を、身に纏っている消耗した布を、少女は無表情で剥いでいく。
呆気にとられ、その様を茫然と見つめていたラジだったが、すぐに少女の腕を掴み、行為を止める。
そしてその流れのままルベルを睨み付け、言った。
「何度言えば分かる?」
「あまり睨み付けないでください。私としても、悪意があったわけじゃない。男性ならば、こういったアプローチの方が有効であると判断しただけですよ」
ラジはその返答を無視して、少女に告げた。
「こんなこと、しなくていい」
しかし少女は「奴隷ですので」と、何の感情も灯さずに告げた。
ラジは憤る。年端もいかない少女が、13番という番号を与えられ、そしてその境遇にひとつの疑問を抱いていないことに。ルベルがその疑問を抱かせないよう、教育しているということに。
ルベルは何も言わないまま、ラジを見る。
しかし、内心では焦燥していた。
現状、ラジはこの奴隷商そのものに嫌悪を示している。それについて何か言うことは無いし、こういった仕事があるというのも、理解はしているようだが、利用しないという意思は固めているに違いなかった。
だからこそ、焦る。
絶対に13番を売ってこいと、国から言われているのだ。
理由は分からないが、国から直接そういったことを言われたことがないのだ。そもそも、暗黙に認めているだけで、国としても、奴隷商などという限りなく黒に近いグレーな仕事をしている人間と関りを持つのは避けたい筈なのである。
それなのにも関わらず、奴隷商である自分にコンタクトを取ってきた。それはつまり、ラジ・リルルクはなにかしらの重要参考人であるという証左に他ならない。
売れませんでした。では、終われない。
認めたくは無いが、奴隷商としての未来は、ここに懸かっているのだ。
奴隷商を嫌う人間に対する、奴隷の売り方というものを、ルベルは知っていた。
危険を伴い、そして冒険者から多大な反感を買ってしまう為、この方法を取りたくは無かったのだが、奴隷商という仕事を奪われトトリカ地区に拠点を置くことになる自分の未来と、このまま上位区画でのうのうと生活する未来を天秤にかけた結果、ルベルは迷うことなく後者を選んだ。
「ラジ様、今から少し、面白いものをお見せしましょう」
「……興味がない。それに、反吐が出る程面白くなさそうだ」
「そう言わずに、見ていてください」
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