第49話 想像以上

 ならば、と男は攻撃対象を変更する。

 自身の推測は間違っていたと気付き、いち早く行動を変えることが出来たのは、盗賊稼業をする上で培われてきた経験のお陰である。


 魔力枯渇を起こしかけている自身の身体を叱咤し、男は銃口の先をメリルに変更する。


(あの冒険者が強いからって、奴隷まで強いわけじゃないだろう……! それにさっきあいつはメリルは奴隷ではないと言っていた! 少なからず情を抱いている筈だ……! そこを突いて人質にしてやればいい!)


 なにせ迷宮武器など滅多に出現しないのだ。

 そのお宝を目の前にして諦めるなど、盗賊である男には出来なかったし、やめるつもりもなかった。もしその気があるならば、忠告された時に既に攻撃をやめている。


「はじめに迷宮武器(それ)を渡さなかったことを後悔しろッ!」


 男は魔法銃の引き金に指を押し当て、ゆっくりと力を入れる。

 有りっ丈の魔力を込めたその魔力弾は、急速度でメリルへと向かう。追尾弾ではないが、しかし男の射撃の腕は確かなようで、その弾道は迷うことなくメリルへと放物線を描いた。


 殺すつもりはなかった。何故なら死んでしまっては人質の意味がなくなるからである。

 だから敢えて急所は外した。外したのだが、それでも男には目の前に広がる光景が現実のものであるとは、到底思うことが出来ずにいた。


「……物騒ですね」


 何故なら、魔力弾に直撃した筈の奴隷の少女が、表情一つ変えないまま、同じ場所で息をしていたから。


 殺さぬように手加減した魔力弾ではあるが、しかし直撃して尚無傷でいられる程甘い攻撃であるとも思っていない。


 腕の一本程度は、持って行ってやろうと考えて撃ったのだ。だからこそ、目の前の光景が受け入れられない。


 そしてそれはラジも同じだった。

 咄嗟に防壁を張ろうとしたが、しかし魔力弾の速さには敵わず、それは間に合わなかったのだ。

 だからこそ、焦燥した。

 間に合わなかったと後悔もした。


 それが杞憂に終わるなど、誰も想像すらしていなかった。


 メリルは身についた埃を手で払い、場を整えるように一つ咳払いをする。


「だから、ラジ様が思っている以上に強いと言ったじゃないですか」


 その言葉にラジは、「それは、言ってたけど……」とぽかんと口を開けながら絞り出すようにして呟くことしか出来ずにいた。


 しかし、友達(メリル)が悪意のある攻撃に晒されたのは事実である。


(友達が攻撃されて怒るのは、無駄な戦闘じゃないよね)


 ラジはゆっくりとその賊に近づいていく。

 メリルが無傷であることに驚き、茫然と立ち尽くしていた男が、戦闘態勢のラジに気付いて慌てて銃口を向ける。


 効かない。それは分かっているが、ラジの纏うその怒りの払いのけるように、男は魔力を込め引き金を引いた。


 至近距離で外すわけがない。その弾は勿論ラジに直撃し、弾ける。しかしラジは当然の様に無傷で、歩みを止めない。


「お、お前ら……! 何者なんだ……っ」


 額に汗が歪な形を持って滲んでいくのが、手に取るようにわかる。

 逃げられない。それでいて、勝てもしない。そう悟った。


 それに魔法銃はもう使えない。壊れたわけではないが、自身の魔力量的に最後にラジに放ったそれが薬莢の最後だ。これ以上は、魔力枯渇を起こしてしまう。


 魔力が残っていても逃げられるとは思っていないが、しかしただ寝そべって敗北を待つのはごめん被る。

 最後まで、希望だけは捨てたくない。


 ラジは男の問いに答えるようにして、静かに、しかし迷宮内に凛として響き渡る声で告げた。


「はじまりのラジ。覚えていてくれると嬉しいよ」


 笑みも何も浮かべずそう呟くラジの姿を見て、男は全身に震えを走らせた。


(はじまりのラジ……。聞いたことがある。それまで下位区画で燻っていたのに、唐突に成長し、短期間で上位区画に拠点を置くレベルにまで成り上がった、謎の冒険者……! こいつがその……!)


 そう、男ははじまりのラジを知っていたのだ。

 その二つ名と顔が一致したのは、今であるが。


 目元まで伸びた黒髪の隙間から見える瞳。冒険者とは思えない程の小さな体躯。

 そうか、これがラジなのか。


 しかし今更気づいたとしても遅い。男は数十分前の自分に忠告したくなる気持ちに駆られるが、生憎その方法はない。

 運が悪かった。そう思うしかなかった。


 そう思うことで、自分の頭の悪さを肯定しなければ、地に足を付けていることすら出来なかった。


 ラジは男の胸倉を掴み、自身に引き寄せる。

 指先に炎を走らせながら、男の瞳を呑み込むようにして睨み付けた。


 ――殺される。


 そう悟った男は、残していた後少しの魔力で防壁を張る。

 こんなものでラジの攻撃が防げるなどと思ってはいなかったが、命を守る為の反射だった。


 防壁を出すのには、それなりの魔力を消費する。

 魔法銃を乱射していた男に、防壁を張るだけの魔力は残っておらず、その緑の壁は構成途中で霞むように消えた。

 それと同時に、男の目からも覇気が無くなる。


 魔力枯渇である。

 ラジはこれを狙っていた。


 いくら賊といえども、殺すのは多少の罪悪を感じてしまう。

 だからこそ、魔力枯渇を狙ったのだ。


 ラジは男を捨てるようにして手を離す。男は重力に従うようにして地面と接着した。


「次、賊行為をしたら、その時は殺す。いいね?」


 魔力枯渇を起こし、とても口を使用できる状態ではなかった男だが、しかし力を振り絞って首を縦に振った。

 こんなことになるくらいなら、賊なんてやめる。その思考に至るのは当然の帰結だった。


 ラジはメリルを見て、先程の態度からは考えられない程の優しい笑みを浮かべ、呟く。


「じゃあ、帰ろうか」

「はい」


 こくん。と頷き、ラジに追随するようにして帰路につく。


 ただの優しい少年かと思えば、状況によっては鬼に変貌する。そんなラジの性格を、メリルは測れないでいた。

 やっぱり、ラジ様は……。

 と半ば確信めいた疑いがメリルを覆うが、しかし声には出さなかった。


 出した瞬間、関係が終わってしまうだろうから。

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