第48話 賊徒
人間。
ラジはギドラのことを思い出し、ごくりと唾を呑んだ。
迷宮に入る人間など冒険者しかいない。その冒険者に、今明確な敵意を向けられている。
メリルからの情報しか得ていない為、その敵意というものを本当に持っているのかは定かではないし、何故メリルがそれに気付いたのかも気になるが、しかし今は目の前で起きていることに集中しなければならない。
普段にない緊張感を張り巡らせるラジに、少しの疑問を抱くメリル。
上位迷宮に入る時ですら緊張という緊張をしていなかったこの少年が、敵意を持った人間、というワードに反応し、態度を変えている。
過去に何かあったのだろうか、と推測するが、しかしいくら考えても答えが出てきそうになかった為、メリルは押し黙った。
いつでも動けるように、とラジはメリルに表情だけで指示をする。その考えを汲み取り、メリルは一歩下がりラジの背中に隠れた。
「メリル。逃げる準備をしておいて」
「……? はい、分かりましたけど。恐らくラジ様なら、あの程度の冒険者に引けをとることは……」
ないと思います。
そう言い終える前に、ラジは口を開く。
「それでも。念の為だよ。少し苦い思い出があるんだ」
「……わかりました」
避けられる戦闘なら、避けた方が良い。
二人が会話を終えた直後、メリルの言っていた冒険者が目の前に現れる。
冒険者にしては軽装なその男は、メリルの腰に挿してある短剣をまじまじと見つめながら、不快で歪な笑みを浮かべて言う。
「良い迷宮武器(もの)持ってるじゃねえか。少し貸してくれよ」
貸す。がそれ本来の意味として使われていないことくらい、ラジも理解できた。メリルも勿論理解している。
男の使用したその言葉に込められているのは、寄越せ、という三文字と悪意だ。
メリルはラジを観察する。
この状況においてもそんなことをしている自分に、嫌気にも似たなにかが刺した。
すぐにでもその圧倒的なステータスで冒険者を蹂躙するだろう、と思っていたのだが、ラジがとったのは意外にも口先での対処だった。
「迷宮武器は渡せない。その他の物も渡すつもりはない。通してほしい」
「おいおい。冒険者やってるなら分かるだろ? そんなに都合のいいことは起きねえよ」
「なら、僕が無理矢理都合のいいことを起こすだけだ。そうなる前に言うことを聞いてほしい。なにも難しいことは言ってないでしょう。そこをどいてくれるだけでいい」
冒険者の男は高く笑う。
それを見たメリルは、沸々と湧き上がる不快感を無理矢理に閉じ込め、無表情を貫いた。
男は懐から魔法銃を取り出し、ラジに向ける。
「俺は冒険者をターゲットに絞った盗賊だぜ? 人を殺すのに躊躇いもない。この辺りでは有名だと思っていたんだがな」
「とんだ思い上がりだ。それに、そんな悪名を轟かせて威張るなんて、恥ずかしくないの?」
悪事を生業に生きてきたせいで汚れ切ってしまった男の目が、ラジを突き刺す。
「……お前だって奴隷に先頭歩かせる悪党じゃねえか」
「…………?」
ラジとメリルはお互いに視線を交差させて、頭上に疑問符を浮かべる。
ラジは気が付かなかったが、メリルは男の言っている意味に気が付いた。
(私が迷宮武器を装備しているから……?)
そのメリルの推測は正しかった。
男は、ラジのことを奴隷の力だけで上位区画まで到達した卑怯な冒険者だと思い込んでいる。
何故なら、奴隷に高価で強力な迷宮武器を持たせる冒険者など、存在しないから。奴隷にそれを持たせ、ステータスの底上げを図り、そしてその奴隷を駒にして迷宮を踏破している卑怯で矮小な冒険者であると、勘違いをしているのだ。
ラジ自身が強いのではなく、偶々購入した奴隷が強かった。だからその奴隷を駒として扱い、迷宮武器を持たせ前線に立たせているのだ。と思い込んでいる。
メリルは吹き出しそうになるのをぐっと堪え、ラジを見つめた。その瞳にはしっかりと「この方をどうするんですか?」と書いてある。
これから決めるよ、と小さく呟いた後、ラジは男を見据えて言う。
「なにを勘違いしてるか知らないけど、メリルは奴隷でもないし先頭に立たせてもないよ」
まさかこの状況で冷静に反論してくるとは思っていなかったのか、苛立ちを露わに男は髪を掻きむしり、叫ぶようにして言った。
「いいからさっさと金品と迷宮武器を置いていけ。拒否権はない」
「そんな滅茶苦茶な……。あと、その物騒な銃、下ろしてほしいんだけど」
「煩い奴だ。一発喰らわないと状況の理解が出来ないみたいだな」
「貴方よりは出来てると思うんだけど」
煩い。
とそう叫んだ直後、男が魔法銃の引き金を引く。
銃声が鳴り響く。
ラジの命を刈り取らんと差し向けられたその銃口から、鉛玉に似た魔力弾が弾け飛び、ラジの頬に直撃する。
頬からたらりと赤色の涙が伝って、地面にぽたりと落ちる。その音の余韻を楽しむ隙も与えられず、もう一度魔力弾が空で踊る――なんてことは一切なく、ラジは当然かのように、魔法銃の攻撃を直で受けて尚、無傷だった。
「な……っ!」
男は口を大きく開いて驚愕を示す。
メリルは小さく笑って、迷宮武器を隠すように手で覆った後、ラジを見た。
「どうするんですか?」
「どうもしないよ。迷宮攻略に関係ない戦闘は、出来れば避けたいし」
「わかりました。では、帰りましょうか」
驚き、茫然と立ち尽くしている男の横をすたすたと通り過ぎる。
我に返ったのか、急速度で後ろを歩いているラジの方向に視線を移し替え、叫ぶ。
「待て……!」
男は錯乱状態にあると言ってもいい。
魔法銃は効果がないと気付いていながらも、しかしその銃口をラジに向け、乱射する。
魔法銃とはいっても、なにもノーリスクで乱射できるものではない。撃つにはそれなりの魔力が必要であるし、乱射してしまえばいつかは魔力枯渇に陥る。
迷宮内でそうなってしまえば、待ち受けるのは死である。モンスターに襲われても対応することが出来ないのだから。
しかし男は構わず撃つ。四方八方に散らかるその銃弾がラジを掠めることはなく、その攻撃は無意味に終わっているのだが、男がそれに気が付くことはない。
否。気が付いていても、止められなかった。
冒険者をターゲットに定め盗賊をしている男のステータスは、当然ながらそれなりに高い。それなのにも拘わらず、ラジに攻撃が通用しない。
男はその事実を受け入れることが出来ないのである。
だからこそ、撃つ。
なにかの間違いであってくれと、その魔力弾に願いを込めて。
ラジは溜息を吐き、メリルを自身の背中に隠しつつ、振り返る動作を持って男を見据えた。
「それ、意味ないし、貴方に構うのも時間の無駄だからやめてほしいんだけど」
覇気のない言葉だが、しかしその身体には圧倒的な強者の気が充満している。
出来るだけ優しい笑みを浮かべるということを心掛けてラジは言ったのだが、男にはその笑顔が悪魔の様相に見えていた。
男は悟る。
ターゲットにする人間を間違えた、と。
男のステータスは、Aランク冒険者のそれに相当する。それは男自身も知っていた。だからこそ、Bランク迷宮に訪れる冒険者を対象にして、盗賊稼業をしていたのだ。
一方的に蹂躙できる弱者を選んで、男は活動していた。
そしてその考えは正しかった。Aランク級のステータスを持つ人間に、Bランク冒険者が一撃を与えることなど、不可能なのである。それがこの世界の常識だ。
しかし一つ失念していた。Bランク迷宮に訪れるのは、なにもBランク級のステータスの冒険者だけではないのだ。
目の前にいる少年(ラジ)が、その証明である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます