第50話 言葉の裏

 ギルド内。

 そこに雑多な喧噪はない。何故ならこのギルドはトルトが経営している新興ギルド。所属している冒険者の数は少ないからだ。

 それにその全てが勤勉である。そういった冒険者しか所属を認めていないらしい。どこまでも成り上がりに拘るトルトらしい、とラジは静かに笑う。


「久しぶりだな」

「お久しぶりです、トルトさん」


 その快活さを表現するようにひらひらと揺れる髪が、ラジの帰りを歓迎しているようだった。


 今回の迷宮探索は、依頼ではなかった為、その分の報酬は支払われない。だからこそラジは魔法袋の核を回収していた。

 まだ金銭に余裕はあるが、だからと言って無報酬で迷宮を歩ける程の蓄えはない。メリルも働いてくれてはいるが、しかしそれでも人ひとり分出費が増えたことには変わらないのだ。

 遊んでいる暇はなかった。


 ラジはいつものようにカウンターテーブルに核を置いて、査定を促す。

 口にせずともラジの言わんとしていることが理解できるくらいには、トルトとラジは信用し合っていた。


「そういえば、フェリアさんは?」


 ラジはトルトを見て疑問を口にする。


 普段はここに立っているのはフェリアなのだ。トルトはギルド経営が忙しく、冒険者の応対に時間を使えない。とフェリアは言っていた。

 なにか事情があるのだろうか。


 トルトはそのアルトボイスを駆使して、核を見つめ査定をしつつ、ラジの方向は一切向かないままに正解を告げる。


「上の人間に呼ばれたからそっちに行ってるよ」


 上、というのはこの国、都市における重要人のことだろう。

 つまりはこの国自体を管理している、いわばまとめ役のようなものだ。


 ラジは驚いた。一ギルド職員でしかない筈のフェリアがどうしてそんなところに。


「なにかあったんですか?」

「あー。詳しく説明すると難しくなるが……」

「知りたいです」


 トルトはその固い意志を目の当たりにして、諦めたように頬を撫でてから、核から目を離し「わかったよ」と呟いた。


 ちなみにではあるが、メリルはこのやり取りを興味なさげな表情で見ていた。話を聞いているのかいないのかよく分からない顔である。

 どの状況でも同じ顔なので、ラジは常々その落ち着きを見習おうと思っている、というのはここだけの話である。


「最近国や都市間での戦争が活発化していてな。その戦争に耐えうるだけの人材を求めているらしい。だから上位区画で働いているギルド職員全員を呼びつけて、強い冒険者を聞き込んでいるんだよ、兵士として使うつもりなんだろうな」


 へえ……。と溜息にも似た息を漏らしながら、ラジはそうなんですか、と呟く。

 トルトはそこで言葉を止めることなく、続けた。


「ヨルト・ウェインなんかは利用されるんじゃないか。職員の推薦なんかがなくても、実績があるからな。ギルドとしても元々飼っていたようなものだから使いやすいだろう……っと、顔が険しくなってるぞ。ラジはこういう話好きではないものな」


 確かに好きではない為、それを肯定するように軽く首肯した。

 戦争というくらいだ。確実にそこには生き死にがある。都市間、国間の諍いで、人自体に罪はないのにも拘わらず。

 ラジの性格上、そういう類の話はあまり聞きたくない。無血主義、とまではいかないが、平和主義なのは確かだ。


 トルトの話を聞いて、全身に納得が走る。

 なるほど、だから職員という括りではないトルトはここに残っているのか、と。


 あれだけラジを心配していたフェリアが、いくら強くなったからといってラジを推薦し、戦争に駆り出すことはないだろうが、それでもトルトは心配していた。

 上からの圧力は想像以上に強いのだ。フェリアがそれに屈するとは思えないが、なんらかの人質を取られてしまえば、ラジの名をこぼしてしまう可能性もあり得る。例えば、このギルドの存続など。


 ギルドというものはその性質上、国と密接な関係にある。だからこそ、上の一声で簡単に潰せるのだ。

 トトリカ地区から努力を重ね、やっとの思いで上位区画にまで登ったこのギルドを人質に取られてしまえば、もしかすると、という思いはある。


 勿論ギルドには特別な思い入れがあるトルトだが、しかしラジの生き死にが関わっているのならばそれを捨ててしまえる覚悟もあった。トルトは自身の商の才能を疑っていない。このギルドが潰され、冒険者に関われないようにされても、別の方法で成り上がることはできるだろう、と信じていた。そしてそれはあながち間違いでもない。


 ラジはそれでも心配していた。

 フェリアが自身を推薦したのであれば、戦場に赴くことを厭うつもりはない。しかしフェリアがそんなことをするとは思えない。


 ラジが心配しているのは、ヨルトのことだった。

 ヨルト・ウェインという冒険者の行動原理は、自分よりも強い人間と戦いにいく、という一点のみだ。ここから類推するに、ヨルトが戦場に立つのは確定的だろう。推薦などなくとも、自ら志願する筈だ。

 そこまでは良い。

 しかし、ラジはその戦闘狂(ヨルト)に何故か気に入られているのだ。フェリアがラジを推薦しなくとも、ヨルトがラジを推す可能性は極めて高い。


 そうなれば必ず国はラジに接触してくるだろう。迷宮外ならまだいいが、その場が迷宮内では力を隠すことは出来ない。迷宮において、油断や慢心は身を亡ぼすからだ。

 その場合、国はラジの実力を知ることになる。ここまで来ればもうお終いだ。ラジは兵士として生死の匂いが充満する戦場に赴くことになるだろう。それも、強制的に。


 増々表情が陰っていくラジを目の前に、トルトは笑う。


「まあ、それも遠い未来の話だからあまり気にするな。戦争が始まる前に。双方が納得する形で決着が付くかもしれないしな。……マジックバッグの核だな、三万リルで買い取ろう」

「わかりました。お願いします」


 トルトはラジに話す隙を与えないように、核の買い取り額を提示する。

 無理矢理に話題を変更したのはラジにも分かったが、それを追求するつもりはなかった。


 ラジとしても、この話題を長く続けたくはない。


 トルトは三万リルをそのまま無造作と形容しても問題ない所作でラジに渡す。

 フェリアさんなら封筒に入れてくれてるだろうな……。とラジはその違いに一人笑って、裸で渡されたそれを受け取り、その半分をメリルに渡してから、その残りを衣嚢に仕舞った。


「ありがとうございます」

 というのはメリルの台詞である。


 未だに、慣れない。

 こうやって報酬を山分けにしてもらったことなどないのだ。だから、違和がある。奴隷である自分に優しくしてくれるラジのことを、好きになってしまいそうになる。

 しかし、それは決して抱いてはいけない感情なのだ。

 いつかの別れに備えて、出来ればラジを嫌いになっておきたい。


(ラジ様が悪い冒険者なら、どれだけ良かったか……)


 メリルは誰にも言えないその感情を、心の内側だけで吐露した。

 誰にも聞こえない声。だけれど、それでもいい。それが一番、いい。


 ラジにとっては当たり前の行為なので、その感謝の意味が理解できず一瞬固まるが、しかしまた身体に熱を灯し、トルトに本題を持ちかける。


 そう、ギルドに訪れている理由は、核の売却ではないのだ。


「魔法袋、欲しいんですけど」

「買うのか? トトリカにいた時とは違って在庫はあるが。この前の魔法袋はどうした?」

「食べました」

「食べたぁ!? そんなに食に困ってたのか!? 言ってくれれば料理を振舞うくらいはするぞ!?」

「いや! そういうことじゃないんですけど! とにかく前にトルトさんから譲ってもらった魔法袋はなくなっちゃったんです! だから新しいの欲しいなあ、と」


 そう、魔法袋の調達である。

 全てを説明している暇はない。……いや、厳密に言えばあるのだが面倒だ。それにトルトは魔物喰いを知らない。教えてもいいとは思っているが、ここはギルド内でありメリルもいる手前、軽率に事を話してしまうのは控えるべきだと判断した。


 だからラジは勢いで押し切るようにして、要件を伝えた。


「前みたいに値引いたり無銭で、とはいかないぞ」

「分かってます。というかそのつもりはないです」


 と呟いて、ラジはメリルを見る。

 マジックバッグの死骸はメリルに持たせているのだ。モンスターを食べているのにも拘わらずその死骸に忌避感がある為、自身で持つのは避けたかった為である。自分でも酷い理由だと思うが、しかしメリルは仕事を振られたのが嬉しいのか、喜んで二つ分の気持ち悪いその死骸を懐に納めていた。迷宮武器を譲ってもらった申し訳なさから来る行動であるとは、ラジは知らない。


 メリルはラジに促されるままに、二つ分の死骸をカウンターテーブルにそっと置く。


 どろり、と溶けかかっているマジックバッグを見て、トルトは顔を顰めるも、大体の事情は理解できたようで、それを指の先でつまむようにして持ちながら呟いた。


「加工代は徴収するからな」

「勿論です。お願いします」


 トルトはこんな物騒なものを持ってきたラジを咎めるような目つきで見据え、口を開く。


「加工には時間がかかる。迷宮にいく予定もないんだろう? たまには上位区画を散策するといい」


 はっとする。

 確かにラジは上位区画に来てからというもの、迷宮探索にしか精を出していない。下位区画でもそうだったのだが。


 その為ラジは、上位区画に住んでいるというのにその内情を知らないのだ。

 トルトに言われなければ、今すぐにでも次に攻略する迷宮を精査しようとしていたところだ。たまには休むのもいいかもしれない。


 それに今は一人で動いていないのだ。ラジの体力がもっても、メリルに負担がかかる。

 迷宮探索にしか興味がないラジだが、しかし人を巻き込んでまでそうすべきではないとも思っている。


「わかりました」


 だからこそラジは首肯し、メリルを連れてこの辺りを歩いてみようと思っていた。


 トルトはラジのその返答を聞き、満足気に笑う。


「じゃあ、三日後にまたここに来い。その時に魔法袋と代金を交換だ」


 トルトはひとつ、嘘をついていた。


 マジックバッグの加工は、時間がかかるものではない。

 その気になれば一瞬で終わる。それくらい簡単なものだ。


 それでも尚、ラジに嘘をついたのには明確な理由が存在する。


(こうでも言わないと、ラジは休むことをしないからな)


 この三日は、トルトが無理矢理にラジに与えた、少しばかりの休暇ということだ。

 ギルドを出て行くラジを見送りながら、トルトはマジックバッグの加工を終了させる。


 その少し大きくなった背中を見送りながら、トルトはトトリカにいた時とは思えない程に柔和に、笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る