第30話 売却

「ヨルト様、Cランククエストを受注されるということですが……何故Aランク冒険者である貴方が今更このクエストに?」


 上位区画のギルド内で、ヨルトは面倒そうに頭を掻き、隣に立っているラジを横目に呟く。


「あー、なんだ。可愛い後輩からの頼みってやつだ」


 ラジのステータステストの現場を目の前で見ていた受付嬢が、なるほど、と小さく呟き、ラジに顔を寄せて小声で忠告した。


「大丈夫ですか? ヨルト様は確かに強いですが、少々性格が……」

「あはは……。大丈夫ですよ。…………多分」


 それにヨルトさん以外、上位冒険者の知り合いいませんし。とは言わなかったし、言えなかった。


 ヨルトはそんな会話に気付かず、欠伸などをしている。これから迷宮へと赴くのに、少し気が抜けすぎてはいないかとラジは心配になるが、直ぐにその考えを仕舞う。

 ヨルトはAランクのクエストを受けるような冒険者なのである。そんな人間が今更Cランク迷宮で緊張はしないのだろう。そもそもAランク迷宮でも緊張していなさそうではあるが。


 受付嬢にカードの提示を求められる。上位クエストを受ける時は、力量の確認や不正が無いようにその都度確認をしているらしい。その仕組みをヨルトは面倒であると一蹴していたが、ラジはこれを良い構造であると判断した。


 逐一カード提出を求められるのは些か面倒ではあるが、しかしそのデメリットを補って余りある程のメリットがある。こうやって確認を怠らなければ、下位冒険者が自らの力を過信して迷宮に赴くこともなくなるからだ。

 ラジやヨルトのような力のある冒険者にとっては不満の多いその構造でも、弱者の目線に立てば見方は変わる。


「砂の迷宮探索許可証です」

「ありがとうございます」


 ラジは渡されたそれを丁寧に衣嚢に仕舞う。

 説明するが、この探索許可証も今回に至っては形だけのものである。本来であれば、迷宮前にギルド職員かギルドからリーダーを任された人間がその許可証を確認し、それが済んだら晴れて迷宮入り、となるのだが、今回に至ってはあまりにも不明瞭すぎるのだ。迷宮内で何が起きているか把握していない以上、ギルドとしても人員は出せないのである。


 つまり、今回に限ってだけは、この許可証はただの塵芥同然に成り下がるのだ。

 こういった形式上だけのやり取りは、ヨルトが最も嫌うものである為、分かり易く表情を歪ませた。


「こんなもん必要なのかよ?」


 ラジの懐に仕舞われたその許可証を脳内で思い浮かべながら、ヨルトは呟いたが、しかしその言葉に反応する人間はいなかった。

 初めての上位クエストで心が躍っている為、ラジはヨルトのその呟きに気づいていない。反して受付嬢はその言葉に気が付いていたが、ヨルトの性格を知っていた為、何か口を挟めば機嫌を損ねてしまう可能性がある、と判断し口を噤んでいる。腫物に触るような扱いではあるが、ヨルトは見る人間が見れば腫物そのものである為、仕方ないとも言えた。


 ラジは飛び跳ねたくなる思いを押さえつけながら、


「じゃあ、行きましょうか」


 と呟いた。

 ヨルトはそれを聞いて静かに笑って、「ああ」と首肯する。


 迷宮へと歩き出そうとした瞬間、背中越しに受付嬢から声を掛けられた。


「一切なにも用意せずに迷宮に……? いくらお二人が強いからと言って、ギルドをしてははい行ってらっしゃいで済ませられないんですけど……」


 うるせえなあ。とヨルトは面倒そうに呟いていたが、しかしラジはその言葉の重みを知っていた。

 過去の自分は、こうではなかったからである。


 資金が乏しい為、装備品の類は購入できなかったが、はじまりの迷宮で躓いていた時は、常に回復薬などを所持していた。安価なそれだったので、効果には期待していなかったが、それに助けられたことも、数える程度ではあるが存在する。


 だからこそラジは足を止めた。

 ヨルトはそれを見て、不満気な表情を携えるが、しかしここは折れてはいけない。折れるべきではない。


 迷宮には、万が一が有り得るのだから。


 しかし、ギルド内で販売されている回復薬は、どれも高値である。今でこそ上位冒険者であるラジだが、つい先日まで下位冒険者だったラジにそれらを購入するだけの資金は無かった。


 だからと言ってヨルトに購入を頼むのも憚られる。


 と、そこまで思考してある事実を思い出した。


「モンスターの核って、売れます?」


 ラジは魔法袋を取り出して、元はモンスターであるその口に手を入れてブルースライムの核を取り出していく。

 食べきれなかった分だ。それに今はモンスターを食してまで強くなる必要性を感じられない。上位区画のギルドが行うテストや模擬戦であれだけの評価を得たのだ。無理に魔物喰いを行う必要は無いだろうと判断した。


 受付嬢は軽く首肯して、ラジが取り出した核を見定める。


「ブルースライムの核ですね。あまり高額では買い取れませんが宜しいですか?」


 綺麗に核を取り出せている、と受付嬢は称賛する。やはりこの歳で上位区画に来る人間は、規格外であるとも。

 綺麗に急所を射て討伐しなければ、核はこの形状として出現しないのだ。その核がブルースライムのものであるとはいえ、内心深く驚いていた。


 ラジはしばしの間空白を並べて思考し、答えを出す。


「はい、大丈夫です。買取上限ってありますか?」

「そういった規定は御座いませんが、それを聞くということはまだあるということですか?」

「はい、百は超えていると思います」

「百!? この状態のものが、ですか?」

「ええと、多分。僕、そういうの詳しくないのでよくわからないんですけど、その状態のものしかないです。駄目でしたか?」


 勿論駄目なわけがない。

 ブルースライムという最弱モンスターとはいえ、これほどまでに綺麗な核には一種の愛好家が高値をつけるのだ。


「いえ。一つ五千リルで買い取らせて頂きますが、宜しいですか?」


 ラジはヨルトを見る。

 足元を見られてはいないか、確認する為だ。

 もしもこの買取価格が下限やその下であるならば、不正などが嫌いなヨルトが口を挟むだろうと思った為である。


 しかしヨルトは「いいんじゃねえか」と投げやりに言葉を置いて、この待ち時間が暇であるからか、所持している煙草を咥え、魔法を使用して火を付けた。


 その言葉を粗方噛み締めた後、ラジは首肯し、核を売却した。


 手に入った五十万六千リルを確認し、ラジは丁度三十万リルだけを残して後は全て回復薬に変えた。

 上位区画の回復薬は、一つが三万リルである。下位区画の高級料亭と変わらない値段を聞いて、高価すぎるとは思ったが、しかし上位冒険者はそれがはした金であると言える程、迷宮で稼ぐのだ。


 いずれは、というよりも今ラジはその線を踏んでいる。上位冒険者のラインを。対効果を考えた結果、三万リルは高額ではないと判断し、それらを購入した。


 空になった魔法袋を眺めて、少しだけでも残しておけばよかったか、と思考するが、しかしまた狩ればいいだけの話だ。気にするべき点ではない。


 煙草を吸い終えたヨルトは、その煙草を魔法を使用して消滅させる。酸素と炎が混じり合い、一瞬だけだがラジの方まで熱が伝わった。


「終わったか?」

「はい。待たせてしまって申し訳ないです。行きましょう」


 購入した回復薬を魔法袋に入れて、ラジ達は砂の迷宮へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る