第52話 秘密

 魔法袋の加工が終わる日。

 つまりはあれから三日が経過している。


 メリルはラジから贈られた高価な衣服を身に纏い、楽し気にくるりと一回転する。


 ギルドから与えられた部屋の中で、ラジはそれを見ながら不満気に顔を歪めた。


「絶対僕の選んだ服の方が良いと思うんだけど」

「ありえません」


 断言されては立つ瀬もない。

 メリルが来ているのは、迷宮外で着るような洋服である。庶民的な親しみが滲んだ服装だが、しかし外見に似合わず、迷宮内でも着れる程の耐久性を持っている。ラジが与えた防護服と同じくらいの、だ。


 だからなのか、それはそれなりの値段がした。メリルははじめ渋っていたのだが、しかしどうせ買うなら本当に欲しいものがいいだろう、と一点押しで、半ば強制的にも思える速度でそれを購入した。

 勿論懐は痛んだが、しかしそれは迷宮で取り戻せばいいだけの話である。


 上位冒険者になった今、以前のように金に困ることはほぼないと言ってもいいだろう。

 怠惰な冒険者ではないのだ。ラジは迷宮探索が好きで、それだけしか頭にないような人間なのである。そんな人間が、突然にそれを中断し休暇を得る筈がない。

 もしそんな性格であれば、トルトに気を使われていない。


 ラジの働きがそのまま収益に直結するギルド経営者が、休暇を勧める程なのだから、余程のことだ。


 一日の大半を迷宮で過ごしている為、この部屋は綺麗なままである。

 見えない埃が堆積しているかもしれない、とメリルが掃除まで行った為、恐らくこの部屋は上位区画のどの家屋よりも清潔が保たれている。

 流石にラジも、そんなことはしなくていい、とは言わなかった。その代わり手伝いはしたが。


 綺麗になったその椅子に腰かける。

 メリルの足には、未だ鉄の輪がついたままだ。


 この三日間なんとかしてそれを外してやろうと、色々試しては見たものの、期待した結末が訪れることはなかった。

 一度だけ、それに向けてファイアを放ったことがある。ラジのステータスを持って人に攻撃魔法を向けるなど、殺人に近い行動ではあったが、しかしラジは一度、迷宮で賊徒の攻撃を無傷で凌いだメリルを目の当たりにしている。だからこその行動でもあった。


 しかしそれでも、その鉄の輪にひびがいくことはなかった。

 メリルも、ラジのその攻撃を受けてなお、無傷だった。


 メリルの防御ステータスの高さが確定的になった瞬間でもあったが、しかしラジはそんなことよりも、その奴隷の証である鉄の輪が気になって仕方がなかった為、なにかを言うことはなかった。

 その時メリルがほっと胸を撫で下ろしたのだが、ラジはそれを知らない。純粋に、見ていないからだ。


 メリルが黙っているラジを見て呟く。


「前から気になっていたんですけど、ラジさんのレベルとステータスってってどれくらいですか?」


 メリルにとって、この質問をするには勇気というものが必要だった。

 いくら気になるからといって、おいそれとレベルを聞くのは避けた方がいい。ラジの常識の無さを信じての質問だったが、もしもラジが『ステータス、レベルは人に教えるものではない』という常識を持ち合わせていたらどうしよう、と思っていた。


 ラジは椅子に腰かけたまま思案する。

 フェリアに常識というものを習っていたおかげか、その常識については知っている。


 だからラジは適当に嘘でもついてその場を凌ごう、と一度思ったが、しかし自身の中でメリルという少女は友達であると思っている。

 友達に嘘をついていい、という常識は、フェリアにも習っていないし、習うまでもなかった。


 教えてもいい。というよりも、これからもそばにいるのは確定的なのだから教えなければならない。

 そうでなければ、魔物喰いが出来ないのだ。

 事情を知らないメリルの前で、いきなりモンスターを焼いて食すのはあまりにもおかしすぎる。言い訳なんて使えない。


 だからといって、やめるわけにはいかない。

 現状それだけしか強くなる方法はないのだから。


 それを出来ないままだと、ラジは成長しない。出来ない。

 だからこそ、自分の為にも、それを教える必要があった。


 ゆっくりと口を開く。


「僕、レベル1なんだよね」

「……そうなんですか」


 驚く。

 メリルではなく、ラジが、である。


 レベル1の冒険者が上位迷宮に対応できているなど、普通に考えればおかしな話である。

 聡明なメリルがその矛盾点を見逃す筈がない。

 それでいて尚表情を変えないメリルに驚愕した。


 となれば、考えられるのは、メリルが既に魔物喰いについて知っているか、それとも気を使ってくれているか、そのどちらかである。

 ラジは後者だろうと判断した。


 魔物喰いについて知っているのは、フェリアだけだ。例外的にギドラもそれについて知っているが、あの人喰いは既に死亡している。そしてフェリアがラジに黙って情報を洩らすわけもない。


「あんまり驚かないんだね」


 ラジがそう言うと、メリルはやはり表情を変えないまま、


「……いえ、驚いてはいます。ですが、驚いていても話が進まないので押し殺しているだけです」


 と言った。


 驚いているとは到底思えないその表情だが、実は驚愕しているようだ。……真であるかは定かではないが。


 ラジは説明を続ける。

 今を逃せば、次に話す機会が訪れることはないだろうと判断したからだ。


「信用してる人にしか言ってないんだけど、僕、モンスターを食べて成長してるんだよね」

「……どういう意味ですか?」


 流石のメリルも意味が分からなかったらしく、首をこてんと横に倒しながら聞いた。

 当然だよな、とラジは笑う。


「そのままの意味だよ。モンスターを食べると、スキルポイントがもらえて、僕はそれを使うことで強くなってる」

「でも、モンスターの核には毒が含まれている筈です。食べたら死んでしまうというのが定説なのですが」


 あー……。とラジは頭を掻く。

 説明が難しかった為、フェリアの言葉を借りてメリルにその真相を教えた。


「僕、耐性だけは元々高かったんだよね、なんでか分からないけど。だからそのお陰で死なずに済んでる。たしか、僕の耐性が毒素を分解する時の副産物としてスキルポイントを獲得できるんだったかな、そのあたりは詳しく覚えてないや」


 自身に密接に関わることなのに、ラジはそれを覚えていない。

 いや、重要視していないのだ。

 死なないならいい。強くなれるならいい。それだけ、思っている。


 普通の人間であれば、まずモンスターを食べようという思考に至らない。そしてもし仮にその考えに辿り着き、食し、運よく生存しそれで成長したとしても、それを継続的に続けようとは思わない。


 なにせ、魔物なのだ。

 食べているのは、モンスター。

 確かに上位区画の料亭ではホワイトラビットというモンスターが提供されるが、しかしあれは食せるように加工したものである。


 この話を聞く限り、ラジが食べているのは、純粋なモンスターだ。

 有り得ないわけではないが、有り得てはいけないことでもある。


 ここで初めて、メリルは表情を少しだけ驚愕に傾けた。


 黙り込んでしまったメリルを見て、ラジは焦る。


「ごめん。気持ち悪いよね」

「いえ、そんなことは、ないですが……」

「ならよかった」


 歯切れ悪く返答することしかできなかった。


 しかし、とメリルは思う。


(これでやっと分かった。ラジ様はやっぱり――)


 声に出してないとはいえ、それ以上を考えるのはやめた。

 まだ、もう少しだけ一緒にいたいから。


 心地の良い空間をくれているラジに、少なからず好意を抱いてしまっているから。


 少し悪くなった空気を変えるようにして、ラジはぱん、とひとつ手を叩き、立ち上がる。


「さ、三日経ったことだし、取り敢えずギルドに行って魔法袋受け取りに行こうか」


 メリルもラジにこれ以上気を使わせたくはなかった為、いつもより少しだけ元気な声で「はい」と返事をして、ラジに続く様にして家を出た。


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