第36話 それぞれの結末
「なんでここに……?」
ラジは大きく口を開けて驚愕の表情を浮かべる。
ラジとヨルトは、砂の迷宮探索の結果を、つまりは迷宮内で起きていた出来事の報告をする為に、上位区画に存在するギルドへと戻ってきていた。しかし安心の為か、ラジはギルドに到着した瞬間意識を失ってしまったのだ。魔力を酷使しすぎた為の魔力枯渇だと、ラジを見た職員は言っていた。
血まみれの二人に職員達は驚き、直ぐに治療を施した。その為、ヨルトの腕は今も元気に跳ね回っている。ラジに関しても、傷はまだ残ってはいるものの、今すぐに次の迷宮に赴いても問題ない程に快復していた。
ギルド内の寝台に寝かされていたラジが、目を開いた瞬間真っ先に見たのは、ギルドの天井、ではなく、覗き込むようにして自分の顔を見ているトルトだった。
驚きを隠そうともしないラジを見て、くすりとひとつだけ笑い、トルトは言った。
「私が上位区画にいるってことは、そういうことだ」
どこか自慢げ――間違いなく自慢なのだが――にトルトはそう呟いた。
ラジは思考する。
そういうこととは、どういうことだろうか、と。
数秒の時間を置いて、ラジが導き出した結論は、
「ああ。僕を心配して見舞いに来てくれたんですか? ありがとうございます」
というものだった。
トルトはそれを聞いて「違う。いや違ってはないんだが……」と小さく嘆くように呟いて、首を横に振り、続けた。
「上位区画に店を持てるようになったんだ。今日はその報告と、見舞いだ」
「ええ! ということは、上位冒険者用のギルドを?」
「そういうことだな。ちなみにフェリアも下位区画から引き抜いてきた」
トルトの後ろで隠れていたフェリアがちょこんと顔を出す。
久しぶりに見るその顔に、ラジは安堵感を覚えた。
「……ラジくん、また無理したんでしょう」
「……ごめんなさい……」
このやり取りをするのは、もう何回目だろうか。
迷宮から帰る度にフェリアから心配されていたような気がする。
ラジは反省しつつも小さく笑う。このやり取りですら、今では安心へと変わっていた。
今自分は生きているのだという実感が湧く。
フェリアは呆れたように、しかし安心したように笑って、ラジに近づく。トルトを押しのけるような形となるが、トルトがそれを咎めることは無い。フェリアがラジのことを好いているのは知っていたし、それならば態々自分が水を差す理由も無い。
冒険者とギルド職員というのは得てして歪な関係になるものなのだ。冒険者が迷宮で死亡すれば、ギルド職員の給与が減る。その為多少口煩く忠告するようになる。冒険者はそんな危険な迷宮に自らを派遣し、安全なところで見守っている職員を嫌う。近いところにいるのにも関わらず、対極に位置する関係の為、本来冒険者と職員の仲が深まることはないのだ。
それなのにこの二人は仲が良い。そんな関係を築いている、信頼し合っている二人の邪魔をするなんて、トルトには出来なかったし、その考えも脳裏に無かった。
「でも、無事で良かった」
「はい」
ラジは寝台から上半身だけ起こし、フェリアを見つめる。
フェリアだけなのだ。ラジのことを蔑称で呼ばずに、冒険者として接してくれたのは。
そんな彼女を不安にさせてしまった自分を恥じた。
「これからは、危険な迷宮へは行かないようにします」
「……絶対、口だけ」
「……そんなことないですよ。…………多分」
「多分を取り消しなさい」
軽口を飛ばし合って、二人は笑う。
無事ならいいのだ。その過程は、生きているなら些事である。
冒険者は、常に死が付き纏う職業だ。その為、フェリアは心のどこかで諦めていた。あの時もっと強くラジを引き留めなかった自分を、殴ってやりたい気持ちに駆られることすらあった。
しかしラジを目の前にして、その不安だった気持ちをぶつけることはしない。
ラジもラジで苦悩していたことを、体感で理解しているからだ。
今ここに、生きて存在しているからだ。
「睦合いは終わったか?」
隣でそんなやり取りを見ていたトルトが、軽い口調でそんな冗談を飛ばす。ラジは笑って「僕とフェリアさんはそんな関係じゃないですってば」と告げた。
しかしトルトは思案顔になる。
「ラジ、気づいてないのか? フェリアはお前のこ――」
「トルト。それ以上言ったら」
「はいはい、やめますやめます」
ラジはその続きが気にならないわけではなかったが、しかし二人の会話に自分が入る余地はないだろうと判断して、その興味を閉じた。
フェリアはすぐにでも話題を変えようと、ラジにこの事件の結末を話す。ギルド職員の務めだ。
赤く染まっていた頬を無理矢理に肌色に変えて、職員としてのフェリアになる。
「今回のクエストの報酬だけど」
「はい」
「ラジくんには、上位区画の土地と家屋が与えられるわ。それと、三百万リル。ヨルト・ウェインにも三百万リルは支払われているから、ここから折半はしなくていいわ。Bランク冒険者にもなってるわね。これからはBランクのクエストまでなら受けられるけど、無理はしないこと」
「え? いやちょっと待ってください! 土地と家? それに三百万リル? 信じられないんですけど」
つい先日まではじまりの迷宮でブルースライムを命からがら狩って生活していたのだ。思わぬ大金と好待遇に、ラジは何か裏があるのではと勘繰りを入れてしまう。
トルトが追加で説明を入れる。
「長い間国やギルドを悩ませていた砂の迷宮での事件を解決したんだ。それくらいの報酬は当たり前だ。少ないくらいだぞ。私が上にもっと上げるよう交渉しておこうか?」
「いや、後々遺恨が残りそうなのでそれは大丈夫です」
なまじ商才があるせいで、とんでもない報酬を奪ってきそうだ。
そうなれば、国もギルドもラジを問題児とみなすだろう。ラジは上がるであろう報酬と信用を天秤にかけた結果、信用を取った。
(僕が、上位区画を拠点にするなんて……)
数か月前の自分に今を告げても、信用することはないだろうな、とラジは静かに笑った。
トルトはラジとフェリアを見て、ぱん、と間抜けな音を響かせながら手を打つ。
「じゃあ、ラジも起きたことだし。私の上位区画進出とラジの生存を祝って祝賀会でも開こうじゃないか! 私の店で! 全てラジ持ちで!」
「僕の祝賀会なんですよね!? なんで僕が払うんですか!?」
「私の店の規模拡大を祝う会でもあるんだ。それに、私もフェリアもお金を持ってない」
「嘘ですよね! 上位区画に店を出せるってことは、それなりに稼いでますよね! というか一冒険者の僕より持ってる筈だ! 騙されませんよ!」
「さあ行こうか」
「なんで話が纏まっている風に!? 僕の同意がまだなんですけど!」
しかし、そんな会話を楽しんでいるラジも、どこかで存在していたのだった。
これは、ラジ・リルルクという少年が成り上がるまでの、少しの時間を切り取った話。
大勢の人間を巻き込んで大きく成長していく、小さな少年の話だ。
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