第33話 後悔だけ
ヨルトは地面を蹴って開いていた距離を詰め、ギドラの胸倉を掴んで上へを持ち上げる。宙に浮いたギドラだったが、しかし笑みは崩さない。行き場を失った足をだらりと垂れ下げながらも、しかしそれを気にすることは無かった。
「ギドラって言ったか、お前には悪党としての矜持が足りねェ。三流以下の言葉を吐くなよ」
「それはこっちの台詞だ。悪党としての矜持? そんなものを気にしているから、お前は上位区画止まりなんだ」
歪にゆがんだ表情を見て、ヨルトはその右手に怒りを込め、魔法を発現させる。どんどんと炎が集中していき、それはギドラの顔を焼いた。
ラジは驚く。こんなにも呆気なく終わるのかと。ここまで人を騒がせた迷宮での事件を、ヨルトはひとつの攻撃で終わらせた。冒険者の憧れになっている理由を垣間見た気がした。
しかし、その炎系統の魔法の持続時間が切れた後、存在しているのは、焼死したギドラではなく、不敵でいて不快な笑みを浮かべたままのギドラだった。
「効かない効かない! ラジよりステータスが劣るお前の魔法が! ラジよりも強い俺に通用するわけがない! お前らじゃ踏み込めない領域に俺はいるんだ! 防御が749まで上昇している俺に、500そこらの魔法攻撃は届かない! あまり舐めた真似をしてくれるなよ!」
ギドラは自身の胸倉を掴んでいるヨルトの手を、引き剥がすようにして、折った。
以前ラジがギドラにしたことと同じ行為を、しかしギドラは意図的に。
すぐにラジは魔法袋から回復薬を取り出し、ヨルトに投げる。ヨルトは左手で器用にその封を開けて、右腕に振りまいた。
痛みは引いていくし、治療を受ければ右腕は快復するだろうが、現時点において既にそれは使い物にはならない。回復薬とは名ばかりのただの鎮痛剤なのだ。痛みは消えるが、傷が治るわけではない。無理に使えば、それこそギドラのように義手になってしまうということも有り得る。
「やってくれんじゃあねェか……」
しかしヨルトは笑う。その精神力を見て、ギドラは感嘆した。流石は上位区画トップの人間であるとも思う。しかし、思うだけだ。だからと言って今から友好的な態度を取ることはない。
ギドラのまだ人間である方の指先から、炎が迸り、ラジに殺到する。
ラジは咄嗟に防壁を出し回避しようとするが、しかしその炎はまるで息をしているかのような動きを持って、いとも簡単にそれを突き破る。
その炎の渦はラジにそのまま直撃し、弾けた。
苦悶の表情を携えて、ラジは魔法袋から回復薬を取り出し使用する。
痛みは引くが、しかし回復薬には限りがある。そう何度も使えない。緊急時に使用する為に購入したそれを、もう二つも消費してしまった。残りは八個だが、それでも心許ない。
その事実と、自身を超えたギドラという存在に、焦燥を纏った恐怖を感じる。
目の前にいるのは人ではない。人の皮をかぶったモンスターだ。
「防壁で防げるとでも思ったか? お前の防御ステータスが660なのは既に把握済みだ! 俺の魔法の数値は、それを遥かに上回る! お前が俺に勝てる道理はねえんだよ!」
ならば物理攻撃であれば……。とラジは思考するが、先程ギドラは言っていた。防御ステータスは749であると。ならば、攻撃740であるラジのそれがギドラを貫くことはない。
1違うだけで、変わる。
フェリアが言っていたことを思い出す。一度のレベルアップで得られるスキルポイントは1だと、彼女は言っていた。
そしてその後、
――1って凄く大きいの。
とも、続けていたのだ。
ラジは今になってその言葉の重みを感じていた。なるほど確かに1は大きい。大きすぎる。
740と749。その差は近いようで遠い。たった9の差が、ラジを苦しめている。
(こんなことになるなら、核を売却するんじゃなかった……っ)
これも幸運の低さに依存するものなのだろうか。
あの時、受付嬢の言葉に耳を貸していなければ、ラジはここを切り抜けることが出来た。核を喰い、ステータスを上げれば、ギドラを封じることが出来たのだ。
確かに回復薬に二度も助けられてはいるが、しかし核を売らなければその必要もなかったのである。
紙幣に変わってしまったそれらを思いながら、ラジは後悔を渦巻かせていた。
「さあラジ。雪辱戦だァ……」
口元の両端を分かり易く歪ませながら、ギドラは静かに、しかし快楽と恨みを持って、呟いたのだった。
ヨルトは外傷を負ってしまった腕に気を遣いながら、ギドラの背後に回り首元に短剣を突き刺す。脅しとしての形ではなく、殺意を持って。
――殺すつもりで挑まなければ、俺達が殺されてしまう。
そう考えた結果だ。
「おいおい、俺を忘れるなよ」
「なんだ、まだ生きてたのか。もう片方の腕も潰されたいか?」
その三白眼で射貫かれたギドラは、しかしそれをさして気にせずに呟いた。
「……ラジとの模擬戦はあれだけ面白かったのに、お前との戦闘は何故か心が躍らねェな? 人を喰っても、人としての器は上がらないみたいじゃあねェか」
「言ってろ。上位区画の頂点だかなんだか知らないが、今の俺はお前より強い。これがその証拠だ」
ギドラは自身の首元に突き刺さった短剣を引き抜き、その動きのままそれを握りつぶした。
直接刃の部分を握って、相当な握力を持って破壊したのにも関わらず、その手に傷はない。
人喰いで無理矢理上昇させたステータスが、短剣の耐久度、攻撃力を大幅に上回っているからである。
「面倒だ。お前ら二人でかかって来い。そのまま捻り潰してやる、この短剣のようにな」
抜き取った短剣を粉々に破壊して、その残骸を地面に散らす。
それが戦闘開始の合図であるとでもいう風に、場は動いた。
ヨルトとラジが同時にファイアウォールを放つ。迷宮内に突如として現れた炎の壁がギドラを挟むようにして襲う。
しかし、それを見て避けるでもなく、彼はただ笑った。下卑た笑みを浮かべて、その壁を見て、笑っていた。
防壁を張る様子もない。ただギドラはそれらに飲まれる瞬間、見ていろ、とだけ独り言ちた。
炎が消滅したその場に立っているのは、無傷のギドラだった。
「素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしいっ! 人喰いってのは、最ッッッ高に素晴らしいな! 下位区画の冒険者だった俺が! 今や上位冒険者二人を一方的に蹂躙している! 成長っていうのは素晴らしいッ!」
「屑が……」
ヨルトは両手を広げて迷宮内に笑い声を響かせるギドラを見て、吐き捨てた。
ギドラは肩を震わせ、湧き上がってくる笑いに無理矢理蓋をしながら叫ぶ。
「本物の魔法ってやつを見せてやるよ! ファイアウォール!」
詠唱後発現したのは、煉獄だった。
ラジとヨルトの視界を、炎の紅が埋め尽くす。
人喰いで底上げした魔法の数値が、ラジ達を殺さんと牙を向ける。
防御が660のラジはともかくとして、その下であるヨルトはその炎の圧に耐えることが出来ず、焼かれながら地面に膝をつく。
それを心配している暇ですら、ラジには無かったのだが、辛くも動かせる腕を器用に使用して、魔法袋から回復薬を何個か取り出し、ヨルトに投げる。その多くは煉獄の中に溶けてしまったが、一つだけ生き残ったままヨルトの足元に転がる。
膝をつきながらもヨルトはその回復薬を全身に振り撒く。痛みは消えた。しかし身は焼かれたままだ。鎮痛剤の効果が切れた瞬間、ヨルトは想像を絶する痛みに襲われる。
騙し騙し身体を酷使した代償を、強制的に払うことになる。しかし今はそれでもよかった。死ぬよりは、余程良い。
ラジも自身に回復薬を使用する。何度も何度も、繰り返し。
これで所持している回復薬は全て無くなってしまうが、後のことを考えている余裕は、今のラジには無かった。
(今はここを……! 目の前だけを見て、切り抜けないと……! ギドラをどうするかはその後考えればいい……!)
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