第3話 確認と確信
「ここなら安全か……。攻撃力も上がってるし、大丈夫だよね?」
ラジは初めての経験に戸惑いを隠せないでいた。当然だ、スキルポイントという概念すら知らなかった彼にとって、先程の出来事は到底簡単に受け入れられるようなものではない。
ぎゅっとナイフを握り直し、スライムを探す。あれ程遭遇に怯えていたモンスターだったのにも関わらず、何故か今のラジは高揚していた。
――早くっ! 確かめたい!
上昇しているであろう能力を使いたくて堪らなかった。
すると、目の前に現れたのはブルースライム。都合が良いな、とラジは思考したが、真っ先にその思考を外に追いやる。相手取っているのは人間に牙をむくモンスターなのだ。関係のないことを考えている暇など、ありはしない。
「みつけた」
ラジはそれの正面に行き、切っ先を向ける。
先程とは打って変わって、ブルースライムはラジを見て逃げ出そうとする。これも攻撃力が上昇した効果か? とラジは思いつつ、距離を詰めた。
俊敏などの能力が上がったわけではないのに、ラジのそれはもはやレベル1などとは呼べないものとなっていた。もしかすると、攻撃力が上昇したことにより、筋力自体も増加しているのかもしれない。
そして、そんなラジの推測は間違いではなかった。
ブルースライムが目の前に現れる――否。
ラジがブルースライムの目の前に現れる。
右手を突き出すような形で、ラジはそれにナイフを突き立てる。隙があったので、何度も刺してしまおうかと一瞬思考したが、それはやめておく。それでは、攻撃力の上昇を確認できない。先程は二回痛恨の一撃を与えることでやっと討伐できたのだ。それなら今はどうだ……!
ラジはブルースライムを確認する。
「……っ! 死んでる……」
その生は確かに失われていた。
急所に当てたわけではない。それなのにも関わらず、目の前のモンスターは息絶えている。ラジはその事実に驚愕する他無かった。
ナイフを見る。青色の血がべったりとへばりついており、より一層スライムの死を感じさせた。
――本当に、攻撃力が上昇している。レベルも上がっていないのに。
ラジは自身のステータスを表示させる。
変わっていない。それに、スキルポイントも増えていない。
「なんでだ……? やっていることはさっきと変わらないはずなのに……。……待てよ」
スキルポイントが増えなかったことについて落胆したが、ふとあることを思い出す。
「いや、まさかな」
ラジはそう言いつつも、疑惑を確信へと変える為にブルースライムの死骸に近づく。
――まさか、これを食べたら……なんてこと、ないよな?
ナイフを一振りして血を払い、その流れのままスライムを摘まみ上げる。
味は既に知っているので、躊躇いはしたが確認するにはそれを行うしかない。
推測が間違っていたとしても正しかったとしても、確認するにはこの方法しかないよな。と半ば諦めを孕みながら、ラジはそれを口に放り投げた。
噛むと味覚にダイレクトに苦みが伝わってしまう為、あまり口の中で咀嚼することなく飲み込む。魔物を短時間で二体も食べる人間なんているのかな、などという解決しない疑問を浮かべつつも、ラジはそれを完食した。
瞬間。
『10のスキルポイントを獲得しました。振り分けますか?』
というメッセージが、ラジの目の前に浮かび上がるのだった。
疑惑が確信に変貌を遂げる。ラジは思わずにやけてしまう表情を、直ぐに迷宮用の表情に作り替え、攻撃力にポイントを振る。
『攻撃 20/999』
にステータスが変化する。
ラジはもう一度スライムを探し出し、今度はナイフではなく素手で対象を殴打する。いとも容易くスライムは死亡し、その場にはただ呆然と立ち尽くすラジとスライムの死骸だけが残るのだった。
スライムの亡骸をひょいと拾い上げ、今度は幾分の逡巡もなくそれを口に放り込む。味は変わらず不味いが、スキルポイントになるのであれば、と少々の忍耐を添えて、ラジはそれを噛み砕いた。
『10のスキルポイントを獲得しました。振り分けますか?』
ラジは迷いなく攻撃力にポイントを振る。
結局、胃袋が音を上げるまでその行為は続いたのだった。
○
「ラジくん! 心配したんだから……! 無事でよかった……本当に」
フェリアがラジの安否を確認し、安堵感に包まれながら涙を流す。ラジは一抹の罪悪感を抱えながら、フェリアに謝罪をする。
「ごめんなさい、でも、ちゃんと帰ってきましたから。泣かないでください」
ギルド内が騒めいでいるのが分かる。ラジとフェリアを他の冒険者が注目している。当然だ、ラジは既にこのギルドではちょっとした有名人となっているのだから。それが騒ぎを起こした話なんて、酒のつまみとして消費するのに最適なのである。
ラジは、このギルド内で侮蔑の対象となっていた。フェリアがその噂話をラジの直前で食い止めている為、本人はそれについて何も知らないが、ラジは冒険者たちの間で「はじまりの」と呼ばれていた。
上位冒険者や、英雄に近しい冒険者などは、国から二つ名が与えられる。その二つ名は冒険者自身の持ち得る特徴が使われている事が多く、例えば氷魔法を得意とする冒険者であれば、氷結の魔女、という二つ名が与えられているのだ。
しかしラジは上位冒険者でもなければ、ましてや英雄でもない。つまり、ラジにつけられている二つ名に込められているのは、純粋な悪意である。はじまりの迷宮もまともに踏破できないから、はじまりのラジ。今では名前の部分が消えて、はじまりの、と呼ばれているのである。
それはフェリアにとっては好都合であった。なぜなら、「ラジ」という固有名詞が付いていない分、誤魔化しやすいからだ。
ラジはフェリアを見て、おろおろと動き回ることしかできない。こういうときにどういった対処をするのが正解なのか、ラジには分からなかった。
「本当、ごめんなさい。でも、はじめて最深部まで到達できました」
「最深部!? ラジくん、そんなところまで行ってたの!?」
「はい、すみません。でも、生きて帰ってこれたので」
「そういうことじゃないでしょう! レベル1で! 武器はそのナイフだけで!」
フェリアは狼狽する。レベル1のラジが最深部まで行くなんて、それこそ自殺行為だからである。フェリアはそれを知っている。彼女は、ギルドの職員で、迷宮のエキスパートだから。はじまりの迷宮とはいえ、レベル1が一人で行くところではないと、彼女は知識として知っていた。
だからこそ、ラジがどうやってここまで帰還できたのか、分からなかった。
フェリアは鑑定スキルを使用して、ラジのレベルを確認する。最深部までいったのだから、多少はレベルが上昇している筈と、そう思って確認するが、ラジのレベルは1のままだった。
フェリアの鑑定スキルでは詳細なパラメーターを確認することは出来ない為、異常なまでに上昇したラジの攻撃力が露呈することはなかった。
ラジはフェリアを見据える。
「ごめんなさい。もう無茶はしません。フェリアさんに褒めてもらおうと少しだけ頑張ってしまいました」
照れるように顔を崩すラジを見て、フェリアは心配の矛を収めるしかなくなった。
そしてそれと同時に、若干の罪悪感もフェリアは感じていたのだった。私があんなことを言わなければ、ラジくんは最深部まで行かなかったのでは。と。
しかしそれはもうどうすることもできない過去の為、フェリアがそれを口に出すことは無かった。
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