ちゃんと守ってあげな
神社の鳥居が見える辺りまで、二人仲良く手をつないで歩いていると
「おっ!葉ちゃんじゃねーか!?珍しい!花火大会来てくれたのか?」
と屋台から威勢の良い声が聞こえた。
「虎目さん!」
「虎目さん!」
二人は人混みの中、見知った顔を見かけて、同じようなリアクションをした。
「おぉ!それに良く見れば、瑠璃ちゃ…、ってなんだ!いつもに増して、すげーべっぴんさんになっているな!最初、わかんなかったぜ!」
洋次は彼女の浴衣姿を豪快に褒める。
その一言で周囲の男性の視線が瑠璃に集まる。
「そんなこと、無いですよ!もう、虎目さん!褒めて頂けるのは嬉しいですけど、声が大きいですよ」
「いやー、ごめんな、瑠璃ちゃん!でも、あまりにも綺麗になったから、一言言っとかないと思って!葉ちゃん、幸せだね!こんなべっぴんさんと歩けて」
葉は少し困った顔をしながら笑っていたが、内心、洋次の言う通りだと思っていた。
『本当、そうだよなぁ。こんな人と一緒に花火が見られるなんて、俺、今この世界で一番幸せな男かも…』
ジュー
豪快な音と共に海鮮と醤油を焼いた食欲をそそる香りがしてくる。
葉と瑠璃も思わず、その匂いの方に自然と目をむけ、美味しそう…。という顔をする。
「どうだい?うちの出店自慢のイカ焼きは!そう言えば、葉ちゃんに振る舞った事はまだ無かったよな?」
「そう、ですね。噂には聞いていましたが、まさか、こんなに旨そうだとは…」
「だろ?だから、良かったら…」
と言って洋次は葉の腕をグイッとひっぱり、ガシッと肩に腕を回して顔を近づける。
魚屋の店主とは言え、大物の魚を釣竿一本で釣り上げるその鍛えられた腕に引っ張られた葉は流石に少し驚いたが…
「葉ちゃんと瑠璃ちゃんはお得意さんでせっかくのデートだ。特別に大きいやつ、焼いてやるから、二人で食べな!」
と小声で葉に伝えた。それを聞いて、葉はふっ。と笑う。急に葉が首根っこ掴まれて、瑠璃も少し焦ったが、二人はパッと離れ。
「いやー、さすが、虎目さん。商売上手ですね!でも、俺の友達も来るから二本じゃなくて、後でもう四本買いにきても良いですか?」
それを聞いた、洋次は少し驚いた後、ぷっ。と笑い、
「いやー、葉ちゃん!やっぱ、あんた良い男だな!俺は葉ちゃんみたいな人がお得意さんで幸せだよ!」
と大笑いした。
葉は瑠璃の方を振り返り、ふふっ。と笑う。
その顔を見て、瑠璃もクスクスと笑った。
「あっ、あふ。あっ、でも、おいひぃれふ。さふが、とらめはん。ありがとうごらいまふ」
「瑠璃さん、お礼なら食べた後でも良いと思いますよ」
洋次が焼いてくれたイカ焼きは他のイカと明らかにサイズが違っており、ダイオウイカの子供が焼かれていると思ったくらいだった。
瑠璃もそれを見て先程の葉と洋次の会話の内容を理解した。
その結果、彼女の脳内コンピュータは行儀が悪いと知りつつも、すぐにお礼を言う。と結論が出たようだ。
葉につっこまれた、彼女は口に手を当て、恥ずかしそうにしながらもしっかり咀嚼し、コクンと飲み込んだ後、改めて洋次に礼を述べた。
「ごめんなさい。改めて、ありがとうございます、虎目さん。こんなに美味しいイカ焼き初めてです」
「かー、瑠璃ちゃんにまでそう言って貰えると、毎年イカ焼いて良かったーと思うよ」
葉も瑠璃に倣って、イカ焼きにかぶりつく。
それは彼の予想以上に熱く、最初は舌が火傷しそうだったが
「あ、おいひぃ」
「ですよね!」
ングッ…
瑠璃が横から嬉しそうな顔で彼の顔を覗き込む。
急に視覚に現れた美女を見て、彼は食べ物を喉につまらせそうになった。
「あっ、ごめんなさい。食べている最中に…」
ゴクン…
「いや、大丈夫です。でも、流石ですね、虎目さん。このイカ焼きの味付け。ただの醤油じゃ無いですね?」
「おっ!流石、葉ちゃん。その通り、この醤油はこのイカ焼きの為に作った特製醤油さ。というのも、俺の知り合いの醤油作りの職人がいてだな…」
葉が洋次からイカ焼きの味の秘訣を聞いているのを、瑠璃は微笑ましい顔をしながら見ていたが、彼女の目にあるものが映る。
それを見た彼女はしばらくそれを我慢しようか悩んだが、欲望には勝てず、葉に話しかけた。
「あの、葉さん…?」
「えっ、あっ、ごめんなさい。話に夢中になっていて。なんですか?」
「あの、あそこに行ってきても良いですか?」
彼女の指差す方を葉は見た。
そこには、『わたあめ』と『りんご飴』の文字が書かれた屋台。
瑠璃はハの字の眉毛をしながら、申し訳なさそうにしていた。
前回のはぐれてしまった迷惑を考えての表情だった。葉はそれを見て、優しい顔をして答えた。
「大丈夫ですよ。このくらいの距離なら何かあったら、俺がすぐ駆けつけます。俺はここで、虎目さんの話を聞きながら、待っているので」
「はい。ありがとうございます。あっ、あとこれ、ご迷惑で無かったら持っていてくれませんか?」
「えぇ、もちろん」
そう言って、葉は彼女のイカ焼きを預かる。
瑠璃の嬉しそうに駆け出していき、葉はそれを見送っていた。
「綺麗だよなぁ。瑠璃ちゃん。葉ちゃんなら心配ないが、ちゃんと守ってあげな」
洋次は先程までの大声とは違い少し落ち着いた声で話した。
彼の出店の前には『材料を用意しているので、しばらくお待ち下さい』と看板が置いてあった。
「そうですね…。って、俺と瑠璃さんは恋人じゃ無いですよ?」
「あれっ、そうなのか?瑠璃ちゃん楽しそうだからてっきりそういうものかと。でも、まぁいくら楽しい花火大会でもあんなに可愛い子がウロウロしていたら、ハメを外して相手の迷惑関係無しに声かけてくる輩もいる。そういう奴らからも、しっかりと守ってあげな」
自分の力で代々続く店を守ってきた男の力強い言葉だった。
葉はそれを聞いて黙って頷いた。
「て、俺も偉そうな事言っているけど、今も奥さんに頭上がらないからなぁ。葉ちゃん、俺のアドバイスは女の子の話を男は黙って聞き続ける。それが自分への不満でもだ!頑張れよ!!」
ニカっと笑う洋次の顔を見て、葉も思わず顔が綻んだ。
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