その子が突然倒れる原因はね…

『ごめんなさいね。貴方達の会話に急に割り込んで。でも、今のままでは葉くんが一番知りたい事がわからないでしょ?だから、ここから先の説明は私が瑠璃からバトンタッチするわ』


 葉は黙るしかなかった。

 否定もしたかったが、確かに話す毎に恥ずかしがってしまう瑠璃にこれ以上説明してくれと言うのは酷だ。と感じた。

 そして、それは瑠璃も同じ事を考えていた。自分で説明したいが羞恥心が勝ってしまい、肝心な内容を葉に伝えきれていない。

 スマホの先にいる声の主『夢見真珠』に今の瑠璃の現状を説明して貰うという事が二人にとって最良の選択肢だった。


『うん。わかってくれて二人ともありがとう』


 彼女は彼らの顔を見ずとも、その沈黙で彼女の説明を聞くことを承諾したと理解した。


『では、葉くん、続けるわね?まず、瑠璃から聞いた通り、その子はサキュバスの血が流れているのだけど、貴方、サキュバスについてはどの程度知っている?』


 葉は自分の頭の中の知識の図書館から一冊の本を取り出す。

 雑学を増やすために一年前に買った『愚か者でもわかる世界の魔物』という本。その中にサキュバスに関する記述があった。


「あっ、はい。えっーと、確か邦訳だと女夢魔むまあるいは女淫魔いんま。男性にとって魅力的な姿をしている魔物ですが、中には本当の姿は醜悪な怪物っていう例もあるとか。その特性は男性の夢に現れて、淫靡いんびな夢を見せて…」


 葉の説明はピタッと止まる。瑠璃を見ると顔が赤くなっており、固まっている。

 その雰囲気を察したのか、真珠は、良いわよー、気にせず続けてー。と言う。

 彼ははぁ。と溜息をつき、仕方なく説明を続けた。


「…精液を摂取する。ていう魔物です」


 瑠璃をチラリと見ると、恥ずかしさで小さくなっていた。


『本当に苦手なんだ。こういうの…』


 逆に得意でも引いてしまうが、今時ここまで苦手な女性も珍しい…と彼は思った。


 小さくなっている瑠璃を無視して、真珠は会話を続ける。


『うん。ほぼ正解。葉くん、雑学の知識多いわね。話の引き出しが多い男子はモテるから貴方、結構女の子との会話弾むでしょ?違う?』


 葉はビクッとする。

 そう。彼は雑学の知識は豊富だった。というのも、彼の姉に『色んな引き出しがある方が男はモテるわよ!』と言われ、必死に勉強させられたからだ。

 しかし、それが真の意味で生かされるようになったのは、コミュニケーション能力を身につけて最適なタイミングで会話に滑り込ませられるようになってからだったが、それでも真珠の予想は当たっていた。


『しかも、貴方、頭の回転も早そうね。うん。これなら、妹の事、良く知って貰えそう。良かったわ。瑠璃の秘密を知ったのが貴方で』


『この人、さっきから俺の事をモテるとか言ってくれているけど、この人の方が男の人にモテるだろ…。褒めるタイミング、ポイントと良い所を突いてくる…』


 葉はまだ見ぬ瑠璃の姉に少し興味が湧いて来た。

 しかし、今は目の前で縮こまっている女性の事をもっと知りたかったので、彼女の姉の説明を黙って聞いた。


『じゃあ、話を続けるわ。まず、さっきの貴方の説明と私達、姉妹は異なっている所が何点かある。まず、私達二人はよ!』


「最初にそこですか!?」


 と葉は思わずつっこんでしまう。

 瑠璃は頭に片手をつき溜息をつく。彼女の姉はまた淡々と説明を続けた。


『まぁ、昔のサキュバス界だったらその醜悪な怪物の方も生きていたけど、今、そっちの世界のエロ業界って伸び代が凄いじゃない?V○とか、SE○用のロボット発明とか…。故にサキュバスも今では美容に力を入れたり、種族によるけど整形したりして美男美女の方が圧倒的に多いわ。そして、私とそこにいる妹も生まれた時から美人だったわよ』


「わ、私は自分の事そんな風に思った事は無いもん…」


 瑠璃の言動は少し幼くなっていた。


『夢見さん、お姉さんと会話すると妹感でるな…。なんか新鮮だ』


 葉は瑠璃に視線を向けるが、目が合い、慌ててそらす。

 そして、少し疑問に思った事を真珠に聞く。


「じゃあ、美男美女じゃないサキュバスってどうなったんですか?別のやり方でその、あれを採取しているとか?」


『あぁ、衰退して滅びかけているわよ』


「厳しく無いですか!?サキュバス界!」


 葉はまたつっこんでしまった。真珠はそれに対して何とも思わないように会話を続けた。


『さっきも言ったけど、そっちの世界のエロ技術の向上って凄まじいのよ。以前みたいに小手先の淫夢見せても効果ってほとんど無いワケ。よってサキュバス界も努力した美男美女だけが成長し、サボった者は死滅する。ここまで厳しく無いけど、人間界も基本は一緒でしょ?』


 葉は何も言えなかった。

 確かに身近な例として彼の姉も生まれ持った素材は良かったが、結局それを磨いて光らせ、輝きを損なわないようにし続けていたのは彼女の努力だった。

 そういった意味では瑠璃達の先祖は生まれ持った素材を磨いてきた、美に対して努力してきた種族になるという事だ。


「そうですね。人間界でもそれは一緒かもしれませんね。そっちほど厳しく無いですが」


『それが言えるって事は、葉くんは頑張っている方の人間って事よ。で、さっきの話の続きに戻るけど私達はサキュバスの血が混じっているけど、純血では無いの』


「純血では無い?あっ!という事は!」


『えぇ、お察しの通り。私と瑠璃は。見た目や体の機能は人間そのものだけど、サキュバスの特性の一部を引き継いだ人。まぁ、ちょっとエッチな特殊能力のある女の子みたいなものね』


「その呼ばれ方凄く嫌だよ、お姉ちゃん…」


 瑠璃がまた溜息をつく。真珠は気にせず説明を続ける。


『葉くんが考えている通り、瑠璃が倒れる原因と私達がサキュバスの混血って事は大きく関係している。その子が突然倒れる原因はね…』


 葉はゴクリと唾を飲む。

 彼は瑠璃の方に視線を配るが、彼女は少し俯いていた。

 彼の姉から真実が告げられた。


『その子、エッチする男がいないのよ』


「お姉ちゃん!」

「お姉さん!?」


 瑠璃と葉は息ぴったりでつっこむ。真珠から補足の説明が追加される。


『正確に言うとその子、恋人がいないのよ。私達、混血は純血のサキュバスと違って精液を採取しなくても死ぬ事は無い。でも、その特性を少なからず引き継いでいる分、何らの形で異性から生気を得なければならないの。でもね、それは何も精液である必要は無いの』


 さっきからポンポンとというワードがこの綺麗な声から飛び出し続けていて、葉はなんとも言えない気持ちになった。

 瑠璃の方をチラリと見ると彼女はもう諦めたのか、急須から新しいお茶を茶碗に淹れ始めていた。


『私達にサキュバスにとってのエネルギー源は自身に対して欲情した感情。だから、誰これ構わず精液を取れば良いと言うわけでもないの。自分に対してエッチな気持ちを抱いた異性の感情。これが生きる為に必要なものよ。精液はあくまでその延長の栄養源なのよ』


 まぁ、精液自体にも若干の栄養はあるけどねー。と真珠は付け足した。

 彼女の話を黙って聞いていた葉はまた瑠璃の顔を見た。彼女は不思議そうな顔で葉を見つつも、新しいお茶を口に運んでいた。


「なるほど。でも、夢見さんはその、誰から見ても魅力的な女性だと思います。そんな人なら恋人くらいすぐにできると思うのですが…」


 瑠璃はそれを聞いて、はわっ!?と言って、茶碗を手から落としそうになる。

 スマホ越しの真珠からはへぇと言う声が上がる。その声は心なしか嬉しそうだった。


『葉くんありがとうね。私の可愛い妹褒めてくれて、瑠璃、やったわねー。魅力的だって、あんた』


 お、お姉ちゃん!と瑠璃は文句を言う。彼女の姉はニヤニヤした後に真面目な声で葉の問いに答えた。


『そうね、身内贔屓もあるけど、その子は私の自慢の妹だし、可愛いと思うわ』


 瑠璃はもう。と言ってまたお茶を飲む。葉もいつの間にか空っぽだった茶碗にお茶が入っていたので、瑠璃に軽く頭を下げそれを飲み始める。


『でもね。その子は今まで恋人ができた事がなかったのよ』


 それを聞いて葉は茶碗をテーブルに置き答える。


「でも、夢見さんみたいな素敵な人でも良い出会いが無くて、恋人ができないなんて事はありますよ。中途半端な人と慌てて付き合うよりもここからじっくり探せば良いんじゃないですか?」


 それは聞いた瑠璃は顔を少し赤くなった顔を隠すようにお茶を飲む。

 スマホ越しの声からはぁ。と溜息が聞こえた。


『そうね。その子が普通の女の子ならそれで問題ないわ。ただ、私たちはさっきも言ったようにサキュバスと人間の混血。それだと困るのよ』


 彼女の姉はさきほどより少し厳しい声で説明を続けた。


『葉くん、何度も言うけど私たちは何らかの形で異性から生気を得ないといけないの。その子が急に倒れる原因はここまで言えばわかると思うけど、異性からの生気吸収不足による栄養失調みたいなものよ。そして、ここまま瑠璃に恋人ができないとね…』


 葉は真珠の説明を黙って真剣に聞いていた。

 瑠璃も同じように黙って聞いていたが、その表情には少し影があった。


『最悪、その子は死ぬわ…』

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