実は、私は…
「ん、あれ…?」
葉の飛んでいた意識が現実に引き戻される。
頭に何か柔らかいものが当たっており、良い香りがする。できれば、このままもう少し眠っていたいと葉は思ったが
「あっ、葉さん気づきました?良かったぁ…」
真上から聞いた事のある声が聞こえて、彼は目を開ける。
そこに映っていたのは、胸にある双丘から葉の顔を覗く瑠璃だった。
気絶していた彼の頭部は瑠璃の腿にあった。彼はずっと彼女に膝枕をして貰っていたのだ。
「…ドウェ!!夢見さん!!」
彼は奇妙な言葉を発し、驚き、そこから飛び離れた。
ガインッ!
「んがッ!!」
そして、そのまま瑠璃の家にある箪笥に頭をぶつける。
「だ、大丈夫ですか!?葉さん!」
瑠璃が驚いて、葉に近づくと、
「だ、大丈夫です」
葉は頭をさすりながら言う。
それを見ていた、瑠璃はオロオロしている。
激痛に耐えながら、葉は絞り出す様な声で言った。
「でも、良かった…」
「えっ?」
「瑠璃さん、また、倒れているのかと思って…。でも、無事で良かったです」
「…葉さん」
葉の頭の痛みが治まると二人は小さなテーブルに向かい合う形で座る。
「…」
「…」
『うっ、気まずい…。昨日、あんな別れ方して今日いきなり元気良く、とはいかないよなぁ…。でも、まずは』
「あっ、あの…」
「あっ、あの…」
二人の声が重なる。葉と瑠璃は黙って俯く。二人ともほぼ同じタイミングだった。
「ゆ、夢見さんから…」
「い、いえ。葉さんから…」
葉はそれを聞くと、心の中で深呼吸していきなり頭を下げた。
瑠璃はそれを見て驚く。
「ごめんなさい。家の中に勝手に入ってしまって!無茶苦茶ですよね、俺…」
「そ、そんな事ないです!葉さんが悪い人じゃ無いことは、もうわかっていますから…。頭を上げて下さい」
「夢見さん…」
葉は頭を上げて、彼女を見る。
その目に映ったのは、困った顔をしながらも微笑む瑠璃だった。
「心配して下さってありがとうございます。ちょっと恥ずかしかったけど、ここまで来てくれた事は、その、嬉しかったです」
葉はそれを聞いて、少し自分が情けなくなる。
彼女に何か出来たわけでも無いのに、来てくれて嬉しいとこの人は言ってくれた。
それだけで、勇気を出して家のドアを開いた価値があったと葉は思った。
しばらく、彼は落ち込んだ顔を見られないように下を向くしか無かったが、瑠璃はそれを見て不安になる。彼女はまた少しオロオロしたが、突然、思いついたように軽く手を合わせる。
「お、お茶!お茶を飲みましょう、葉さん!私、急須を用意しますね!」
彼女はそう言って立ち上がり、キッチンから急須とお茶茶碗を探し出す。
『…駄目だな、俺。手助けするって決めたのに、逆に励まされて』
彼は頰を両手で軽く叩き、瑠璃に言った。
「夢見さん!俺も手伝います。あと、良かったらこれ、昨日言っていたお茶です」
瑠璃はキッチンからそれを見ると、パアァっと花が咲いたような笑顔になる。
「えっ、えっ、頂いて良いのですか!?そんな、高そうなお茶!」
『やっぱり、これ高いのか…。月長さん、五缶もくれたのに』
「大丈夫ですよ。家にまだ余りありますから、一緒に飲みましょう」
瑠璃はそれを聞いて、両手で口を押さえて喜ぶ。
「わぁ、本当に嬉しいです。葉さん、ありがとうございます」
『凄く嬉しそうだな。よっぽど好きなのか、お茶。でも、瑠璃さんって…こんなにリアクションする人だっけ?でもまぁ…』
『これはこれで凄く可愛いような…』
葉が瑠璃のリアクションに和んでいる間に彼女はいそいそとお茶の準備をし、テーブルの上に羊羹とお茶が並べられる。
コポポポ…
お茶茶碗に温かいお茶が丁寧に注がれる。
葉は瑠璃がお茶を注ぐ、その光景に思わず目が釘付けになる。
『綺麗な淹れ方だな。お茶の淹れ方で感動した事は初めてかもしれない。夢見さん、本当に幸せそうな顔しているな』
瑠璃はお茶を淹れている最中、微笑んでいた。その姿は子供を寝かしつける母の様に穏やかな雰囲気があり、彼女がこの時間を大事にしている事が一目でわかった。
「はい。どうぞ」
「…あ、ありがとうございます」
その姿に見とれていた葉は思わず返事が吃る。瑠璃は葉のお礼を聞くと満足そうに微笑んでお茶を一口飲む。
「…美味しい。葉さん、美味しいです、このお茶!こんな素敵なお茶の葉をありがとうございます」
「…あ、はい。本当に美味しいです!」
『前に俺が淹れた時はここまで味じゃ無かった…。えっ、瑠璃さんってお茶の淹れ方も上手いの?』
瑠璃の隠れたスキルに葉は驚いたが、当の本人はお茶と羊羹で幸せな時間を満喫していた。 それを見た彼は微笑ましい気持ちになり、二人はそのままお茶の時間を楽しんでいた。
お茶を飲み終えた葉はこの話題をいつ切り出すか考えていた。
『やっぱり、聞くべきだよな…。このまま、無視なんてできない』
葉が色々考えていると、瑠璃は茶碗をテーブルに置き、一言述べる。
「やっぱり、気になりますよね…」
ビクッ
葉は驚く。まさか、その話題を振ってくるのが瑠璃だとは思わなかったからだ。
彼は彼女に嘘はつけないと思って、真っ直ぐ目を見て言う。
「…はい。俺はこの問題を無視して先に進むことなんて、できません。夢見さんは、もしかしたらこの話題に触れて欲しく無いかもしれないけど…」
葉の言葉を聞いて、瑠璃は少し申し訳なさそうな顔をして微笑む。
「良いです。葉さんになら、きっと答えられると思います」
「夢見さん…」
葉は覚悟を決め、瑠璃も何かを決意して、二人は同時に言葉を発した。
「何で部屋でもワイシャツなんですか?」
「さっきの、私と姉の会話の事ですね?」
「へっ?」
「えっ?」
葉と瑠璃はお互い固まる。そして、先に口を開いたのは瑠璃だった。
「な、なんで、ここで服についての質問なんですか!」
瑠璃は顔を真っ赤にして、葉に詰め寄る。葉は慌てて答える。
「すいません!でも、気になって。それにその質問はもう少し後にとっておこうかと思って…」
「むしろそっちの方が重要じゃないですか!?」
「でも、もう質問してしまったので、先に俺の質問から答えて貰うってできませんか?」
葉はお願いします。と手を合わせる。
瑠璃の顔はまだ赤かったが、もう観念したのかもじもじしながら答えた。
「引っ越したばかりで、その、寝巻きの上だけ見つからなかったんです…。で、昼間に血の付いたワイシャツの代わりに横丁の服屋でこれを買ったのを思い出して」
「で、今に至ると」
「…はい」
葉はなるほど。と言って、軽く頷く。しかし、疑問が残る。
それは彼女が今まで着ていたワイシャツは全体的に色々な所がパツパツな感じだった。しかし、今は胸の双丘の主張は相変わらずあるものの、シャツのボタンは悲鳴を上げていない。
それを見て、葉はもしかして…。と思う。
「瑠璃さん、もしかして、今までのワイシャツって一回り小さいのを着ていました?」
瑠璃の顔がまた赤くなる。
葉は何と突っ込んで良いか分からなかったが、とりあえず疑問をぶつける。
「もしかしてワザと着ていたとか…」
「違います!これは、その、姉が用意したもので、着て見たら全体的に窮屈だったんです!」
「また、何でお姉さんはそんな事を…」
「これを着ればアンタの魅力は三倍増しよ!って、言っていました」
瑠璃は遠い目をする。
『ああ、なるほど騙されたのか。しかし、お姉さんエゲツない事する。あれ?何故かちょっとこんな扱い俺も受けた事あるような…』
葉の脳裏に茨の女王様の笑顔が浮かぶ。
瑠璃は顔を赤くしたまま、少し下を向いて話を続ける。
「最初、あのワイシャツ着て、外出たらみんな、特に男の人…が見てきて、それで買い物行くのも怖くなってすぐに引っ越しの作業着にしていたパーカー羽織って出かけていました。夏なのに…。でも、今日は出かける予定無かったからそれをさっき洗ってしまって…」
「で、今はこれが部屋着になったと」
「はい。まさか、この部屋にお客様が来るとは思わなかったので」
「…」
葉は少し彼女の事が可哀想になってきた。
しかし、彼は瑠璃の格好でもう一点気になったので、更に問う。
「あと、夢見さんって、普段は眼鏡なのですか?」
それを聞いて彼女は急にアワアワし始め、葉に聞く。
「へ、変ですか?確かに外ではコンタクトですけど、家だと眼鏡の方が楽で…。目にレンズ入れっぱなしで寝てしまうのが怖いから」
「…」
葉はこの部屋で瑠璃の格好を見たときからずっと思っていた事がある。
「なんて、可愛いんだー!!」
そう。今、葉の目の前にいる瑠璃の姿は彼の好みをそのまま具現化したような姿だった。
あざとくなく、仕方なく着ている部屋着としてのワイシャツ。
普段は着けないけど部屋では見えないから仕方なくかけている眼鏡。
変に着飾らない女の子の少し気の抜けた姿が葉にとってのツボだった。
そして、それは目の前の美女によって再現されている。
『いや、夢見さんのこの格好はヤバイ!俺の願望をダイレクトに叶えている。しかも、本人はワザとではなく、仕方なくこの格好をしているのが―、特に良い!なに?パジャマが無いからワイシャツ着たって、最高かよ!しかも、変にブカブカワイシャツとかではなく、あくまで普通のワイシャツ!これがヤバイ!』
瑠璃は自分の格好の奇抜さに顔を赤くして、ずっともじもじしている。葉は平然を装いそれを見続けていた。
彼の頭の中では熱い演説が続く。
『しかも、俺、人生で初めて見る事ができた。家では眼鏡を仕方なくかける女子!しかも、こんな素敵な人で!こんなに、こんなに嬉しい事は無い!!あー、青い縁の眼鏡かけてもじもじする夢見さん、可愛いなー!眼福ってこの事だよなー。そして、夢見さんがワイシャツを買ったのって、あの横丁だよなー』
葉は心の中でまた存在しない神に感謝を捧げる。
『アゲ横の神様、ありがとう!』
「や、やっぱり、変ですよね!ちょっと濡れているけどパーカー着て着ます」
「大丈夫です!夢見さん、変じゃ無いです!その格好も部屋なら案外普通ですよ!」
葉は目の保養所の破壊を阻止する為に、そして、もう半分は瑠璃が濡れたパーカーを着て体調を崩さない為に彼女が無茶をするのを全力で止める。
「葉さんがそう言うなら…。そうですよね。濡れたパーカー着たら風邪引きますよね。ありがとうございます、葉さん」
グサッ
半分は彼女の為とは言え、葉は罪悪感を抱く。
胸に瑠璃の純粋無垢という名の剣が突き刺さる。
「はは…あたり前の事ですよ」
瑠璃が立ち上がりかけた姿勢を戻して、またテーブルの前に座る。
二人はまた沈黙のお見合いをする。
「…」
「…」
今度は葉が先に沈黙を破る。
「話は戻りますが、夢見さん、さっきのお姉さんとの会話。あれは夢見さんが突然、体調が悪くなってしまう事と関係がありますか?」
瑠璃はビクッとなる。そのリアクションを見ただけで彼はもう答えがわかってしまった。彼は小さく一呼吸して発言を続ける。
「夢見さん、俺は貴方にとってただの隣人ですが、やっぱり、『急に倒れてしまう』なんて事情を知って『そうですか、大変ですね…』なんて、見て見ぬ振りはできないです。これは俺のワガママです。でも、もし何かお手伝いできれば協力させて下さい」
そういって、葉は頭を下げる。
瑠璃はそれを見て少し困ったが、彼の真剣な態度に邪な思いは無いと感じた。
そして、彼女は何かを心の中で決め、自分の両頬を両手で軽く叩き葉に告げた。
「顔を上げて下さい。葉さん」
彼が顔を上げると、瑠璃はまた困った顔をしていたが、葉にはそれが少し嬉しそうにも見えた。
「わかりました。葉さんにはちゃんとお話しします。貴方ならきっと、私の話を真面目に聞いてくれる人だと思うので」
葉は彼女の真剣な顔に少したじろぐ。
『夢見さん、きっと並々ならない事情が…。例えば不治の病とかでもう余命が。とか…』
葉は覚悟を決めて彼女の言葉に耳を傾ける。
「わかりました。教えて下さい。夢見さんの秘密を」
瑠璃は黙って頷く。
葉は少し怖くなり、正座している足の上にある拳をぎゅっと強く握り締める。
「実は、私は…」
葉は彼女から視線を外さない。
瑠璃はぎゅっと目をつぶり、少し大きな声で言った。
「サキュバスなんです!」
『やっぱり、不治の病―』
「へっ?」
葉は間抜けな声を出す。渾身の力を込めて自分の秘密を吐露した彼女の顔は視線を下に向けて恥ずかしそうにしている。
葉は彼女の口から出たワードを整理し、自分の頭の中にある知識の図書館からそれに関連する情報を引っ張りだす。
「サキュバスって、すいません。俺もそんなに知識が明るい方では無いですか、あのサキュバスですよね。その、異性との…」
葉は言おうか迷ったが、彼女がちゃんと自分の秘密を話したのに、遠慮するのは逆に無礼と感じ思った事をハッキリと述べた。
「エッチが好きな…魔物ですよね?」
瑠璃は顔を茹で蛸の様に真っ赤にして、顔を縦にふる。
『サキュバス?えっ、夢見さんって魔物なの?何、その急にファンタジーな内容…。というか、夢見さんもエッチがす―』
「で、でも私は別にエッチが好きな訳では無いです!」
彼女は自分の言った事が恥ずかしくてもう限界なのか、ついに目に涙まで浮かべ始めた。
これ以上、つっこんだ質問して彼女が泣くあるいはまたビンタを受けても仕方がないので、葉は別の方向に話を進める事にした。
「わかりました。夢見さんはサキュバス。それは理解しました。でも、俺はどうしても、もう一つ知りたい事があります」
葉は彼女がそれを聞いてまた困った顔をして少し罪悪感を抱いたが、それでも質問した。
「夢見さん。貴方がサキュバスって事と突然の体調不良は関係がある。って、事ですよね」
瑠璃は少しビクッとなる。
『ビンゴだ。でも、一体何が原因で?』
すこしの間、沈黙の時間があったが、彼女は口を開いて、弱弱しい声で言葉を紡いだ。
「わ、私が突然、倒れるのは、その、した事無いからです」
「した事がない?一体何の事ですか?」
と葉は質問した時、先程の彼女のとんでも発言を思い出し固まる。
それを見て瑠璃は察したのかすぐに訂正が入る。
「だから、エッチは関係無いです!いや、無くは無いけど、その…」
彼女はまた吃ってしまう。
なかなか、話が進まず、だからと言ってお互い黙る訳にもいかない。
進展が無いこの間を切り裂いたのは、瑠璃のスマホから聞こえた声だった 。
『もう良いわ、ラピス。後は私が話す』
葉と瑠璃はその声に驚く。スマホからまた声がする。
『あぁ、ごめんなさい。こっちでは瑠璃だったかしら?とにかく、瑠璃。貴方はよく頑張ったわ。でも、これ以上話が進まないのはこの人に失礼よ。後は私が話すわ』
「でも、お姉ちゃん!私は…」
「お姉ちゃん?じゃあ、この声の人がさっき喋っていた…」
瑠璃は黙って頷く。
そして、スマホから聞こえる声は葉に自己紹介を始める。
『初めまして。金木葉くんだったわね?私はそこにいる夢見瑠璃の姉で』
『名前は
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