遊んであげよう

「クソッ!何だ、てめぇ!ウロチョロしやがって、何がしてぇんだ!」


 男と取っ組み合いを始めた湖太郎だったが、その実、男の攻撃を避けて、躱して、時に足払いして、と防戦一方の試合をしていた。


「ふふん。モブのお前にはわかんないだろうけど、湖太郎様には完璧な作戦があるのだよ」


「てめぇ、さっきから舐めやがってマジでぶっ殺してやる」


 男はこめかみに筋を浮かべ、殺意の目を湖太郎に向けるが、彼は不適な笑みを崩そうとしない。その態度を見て男のボルテージが更に上がっていた。


『おー、怖。やだなー、俺、こういう事、苦手だから早く退散したいけど…』


 湖太郎は視線を葉の駆けて行った方にチラリと向ける。


『葉。瑠璃さんに会えたかな?もう少しだけ、時間稼いでやるか…』


 そう。湖太郎の言う作戦とは葉が瑠璃を見つけるまでの時間稼ぎ。男を挑発しつつも、防戦一方だったのも、湖太郎に注意を逸らす為だった。

 その作戦が功を奏し、男は今もこの場から動けずにいた。

 そして、葉から連絡が来たら、彼は一目散に逃げる予定だった。


『喧嘩は好きじゃ無いし、何よりこっちから殴ってしまうと、コイツをお巡りさんにお預けできなくなるし…』


 湖太郎は、はぁ。と溜息をつく。


「てめぇ、なに、溜息ついてやがる!」


「いや、なに、お前達がいなければ、俺は今頃、女の子達と楽しい時間を過ごせたのに、余計な事してくれたな…と」


 湖太郎は更に相手を挑発する。

 彼の中でもう少しだけ、男を足止めすると決意したからだ。


「お前、マジで後悔させてやる」


「そんな事言ってー。さっきから、あんたの攻撃、俺に当たらないじゃん。だから、酒の飲み過ぎは良く無いよって」


 そう言われた男は何故かハッと笑う。

 先程まで安い挑発に乗っていた男の態度が急変し、湖太郎は不信感を抱く。


「そうだな。だと、お前を殴れないみたいだな」


 そう言われて、湖太郎はハッと思い、背後から感じた敵意を察知し、その場から飛び離れた。


 ブォン


 次の瞬間、何か空を切る音がして、湖太郎は思わず。


「あっぶね!」


 と声を出す。


 そこにいたのは、鉄パイプを持ったガラの悪い男。


「遅ぇぜ、お前ら」


「は?お前らがこんな分かりにくい所にいるからだろ?で、あいつか?今回、やっちまうヤツ?」


『マジかよ…、まだいたのか。そういえば、俺達が来た時言っていたな。やっと来たかお前ら。って。こう言う事か』


 湖太郎は自分の思慮の浅さを少し後悔する。


 ガサッ、ガサッ


「リュウ、てめー!何でこんな、めんどくせー所にいるんだよ!ふざけんな」


「チッ、服汚れたわ。おっ、ちょうどいい所に八つ当たりの相手いるじゃん」


「なんだよ、男かよ。つまんね。早く終わらせて、女探しに行こうぜ」


 更に追加される同種の男。

 流石の湖太郎も一滴、冷や汗をたらす。


「あぁ、でも、まずはアイツをぶっ殺す。その後、もう一人ふざけた奴がいるから、ソイツを潰す」


『チッ、覚えていたか』


 彼は心の中で舌打ちする。

 男が湖太郎のみに怒りを向けていれば、彼はここから逃げながら男達を挑発し、囮になる作戦だったが、その策は破綻してしまったからである。


「おいおい、どうした?さっきまでの威勢は?もうお前は終わりだよ」


「ハッ、ただの大学生にここまでするかね、普通。情けない連中だな」


 その湖太郎の態度に男達の怒りのスイッチが入る。


『柘榴、ごめん。また、心配かけるかも…』


 湖太郎は胸の中で彼女に謝罪する。

 そして、覚悟を決めて、ファイティングポーズをとった。

 そして、リュウと呼ばれた男が吠える。


「だったら、その情けない連中に勝ってみろや!死ね!このクソガ―」



 バチィィィン

「ポウッ!!」


 リュウの背後から強烈な張り手が飛び出し、彼はありえないくらいの飛距離で吹っ飛ばされた。

 木に叩きつけられた彼は完全に気を失っており、頰が漆か毒虫にやられたように真っ赤に膨れあがっていた。

 あまりの突然の出来事に男達、湖太郎も何事起こったかわからず呆然とする。



「ふむ、『死ね!』とは穏やかでは無いね…」


 ザッ


「えっ!?あなたは!」


 そこにいたのは赤いポロシャツが筋肉でパツパツの『鋼の肉体を持つ戦士』―


「やぁ、君が葉くんのお友達の湖太郎くんだね!はじめまして!金剛勝です!」


 爽やかに右手を上げて湖太郎に挨拶をする。



 勝だった。




「なっ、何だ!てめーは!?」


「僕かい?僕はそこにいる彼の友人の知り合いでね。今日、一緒に花火を見る約束して…」


「そんな事、聞いているんじゃねーよ!」


 こんな状況でもマイペースに説明する勝に、男からツッコミが入る。

 勝ははて?という顔しており、全く危機感が無かった。

 その『王者の風格』に湖太郎は何かを悟った顔して、ファイティングポーズを解いた。


「あっ、そうだね。まずは自己紹介か。はじめまして。僕の名前は金剛勝です」


「てめぇ、舐めてんのか!?誰が自己しょ―」


「ひやぁぁぁぁ!!」


 男の一人が幽霊を見たような悲鳴あげる。

 突然の仲間の代わり様に男達も焦り出す。


「何だよ!ユウスケ!!アイツ知っているのか?」


「お前らこそ、知らないのか!?だぞ!」


「はっ?しらねぇよ!誰だよ?」


 ユウスケは震える声で語り出した。

 

 かつて、この街で他の街の学校から来た不良による、カツアゲ事件が起きた。

 数日後、その不良達は顔が巨大な雀蜂に刺された様に膨れ上がって、学校に返された。不信に思った不良達は仲間を引き連れて、相手に復讐しに行ったが、誰一人無事で帰ってくるものはいなかった。

 そして、誰もが口を揃えて言った。


 鋼の様な体を持つ、生徒会員にやられたと。


「アイツは、アイツは、その中でも鋼鉄生徒会、会長!金剛勝だぞ!!」


 それを聞いて男達の顔は一気に青ざめ、湖太郎は、あっ、これ勝ったな。と勝利を確信し、よっこいしょ。と言って、近くの木に背を預け座った。


「ふむ。僕の名前を知っているなら、話は早いね。で、どうする?」


 質問という程をした脅迫。

 男達には彼の背に阿修羅が見えていた。


「ぜ、全員でやれば勝てんだろ!相手は一人だ!」


「お、おぉ、このまま舐められてたまるかよ!」


 精一杯の虚勢をはり、勝に敵意を向ける男達。

 やめとけば良いのに…。と湖太郎はそれを微笑ましい目で見ていた。


「ふむ。最後まで戦う姿勢を崩さない。その態度は嫌いじゃ無い…」


 ザッ


 そう言って、勝は右手を前に出し、かかって来い。と合図する。


「良いだろう。花火大会まで時間がある」



「僕が遊んであげよう」



『あっれー?おかしいな。俺、さっき勝さんと同じ台詞を言ったのに、この安心感の差は何だろう?、きっと。すげぇな』


 湖太郎はもはやそこに参戦する気は全く無く、彼は背を預けていた木の近くで体育座りをして、目の前の出来事を眺めていた。

 男達も目の前の巨大な力を前に立っているのが精一杯で、その目は湖太郎を写していなかった。


「行くぞ!てめぇら!」


 男達のうちの一人が吠えて、一斉に勝に襲い掛かる。


 それを見た、勝の顔は不適に微笑んでいた。

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