ごめんなさい。葉さん。私は今…

「瑠璃さん!瑠璃さん!どこですか!どこにいますか!」


 葉は森の中を駆けながら、大声で瑠璃の名前を呼ぶ。

 しかし、どれだけ叫んでもその声に返答は無かった。


『クソッ!クソッ!あいつら絶対に許さない!でも、一番腹が立つのは』


『俺自身だ!』


 彼は彼女の名前を呼びながらずっと自分を責めていた。


 彼女と離れてしまった自分、

 待ち合わせの場所を変えなかった自分、

 彼女が不安な時に一緒にいてあげられなかった自分、

 そして、こんな暗い森に彼女を一人にしてしまった自分を


「瑠璃さーん!」


『ダメだ、闇雲に探していてもこんな森の中じゃ無謀だ。せめて連絡が取れれば…』


 そこまで考えて、彼は思い出す。

 万が一の為に、彼女と連絡先の交換をしていた事を


「そうだよ、馬鹿か、俺は!瑠璃さんにもう一度連絡してみれば良いんだ!」


 そう言って、葉はスマホを操作し、電話をかけた。


「頼む、瑠璃さん。無事でいて…」


 祈るような思いで連絡する彼に


『葉さん、ですか?』


 スマホから瑠璃の声が聞こえた。


「瑠璃さん!良かった。今どこですか?怪我していませんか?」


『あっ、はい。少し擦り傷とかはありますが、大きな怪我は無いです。ただ、ちょっと動けなくて…』


「動けない?」


 その言葉を聞いて一気に葉の顔が青ざめる。


『あっ、いえ。そんな大事じゃないです。だから、心配しないで下さい…』


「わかりました。場所を教えてもらえませんか?俺もそっちに行きます」


『えっ、でも…』


 瑠璃の言葉が急に詰まる。

 その雰囲気を感じて、葉の不安はより強くなる。

 彼女がなぜか葉のとの邂逅を嫌がっている事を理解しつつも、葉は瑠璃に懇願した。


「瑠璃さん、迷惑かもしれないけどお願いします。せめて、貴方に怪我が無いかだけでも…、確認させて下さい」


 葉の悲痛な声に瑠璃は折れた。


『…わかりました。確か長い階段を登って、古い建物が最後に見えました。私はその近くにいます』


「古い建物…」


 それを聞いて彼は思い出した。

 湖太郎と遊ぶ際によく待ち合わせにしていた場所。


 『宝物庫』だった。


「わかりました。その情報だけで充分です。瑠璃さん、そこで待っていて貰えますか?」


『…はい』


 瑠璃の声は終始覇気が無かった。

 葉は静かに電話を切り、感覚を頼りに森を抜け、長い階段を発見する。

 そして、彼は長い階段の一番上を見上げた。


「瑠璃さんは、この上。お願い。無事でいて…」




「はぁはぁ…」


 宝物庫に到着した葉は急いで階段を登ったせいで激しい息切れを起こしていた。

 しかし、彼は口の中がカラカラに渇いているのも気にせずに、辺りを見回す。


『瑠璃さん、いない…。どこだ?』


「瑠璃さん!俺です!葉です!どこにいますか!」


 葉は大声叫ぶ。すると、


「葉さん!ここです!私はここにいます!」


 暗闇の中から、ずっと探していた女性の声が聞こえた。


「瑠璃さん!良かった…」


 彼は安堵し、すぐに声のする方へ向かおうとする。

 しかし、スマホから突然連絡が来たので、彼は足を止めた。


 着信の相手は瑠璃だった。


 彼は疑問を抱きながらも電話に出た。


「瑠璃さん、どうかしましたか?」


『葉さん、実は私、その、柵の下の坂に落ちてしまって。今は枯れ木を足場にしている様な状態です…』


 それを聞いて、葉の安堵感は一気に絶望感に切り替わる。


『あっ、でも大丈夫です。ここ、傾斜だから足場が崩れてもちょっと滑るだけだし。ただ、このまま私の方に来ても葉さんも落ちてしまうから、その…』


「わかりました。じゃあ、何か梯子かロープを持ってきます。それなら、安全に瑠璃さんを助けられますよね?」


 葉は不安を隠すように明るい声で瑠璃に言った。


『そう、ですね。お願いします。あっ、でも、無理はしないで下さい。私なら、その、大丈夫ですから…』


 彼女の事が心配な葉はすぐそこに向かいかったが、それを堪えて、辺りを見回し何か救助に使えるものが無いか探す。

 すると、宝物庫の横にロープがあり、彼はそれを手に取って、強く引き強度を確かめる。


『よし、腐っては…無い。これなら、使えそうだ』


 彼はそのロープを宝物庫の柱に固く結び、自分の腰にも巻いて、しっかりと固定した。そして、瑠璃の元へ向かう。


『瑠璃さん、危険な事には変わりないかもしれないけど、電話できる余裕があると言うことは、そこまで危ない状況じゃ無いのかも。確かに、人命に関わるようなものだったら、もっと厳重に封鎖されている筈だからな…』


 そう言って、彼は柵の破損している所の手前で止まり、下に声をかける。


「瑠璃さん!ロープがありました。今、下に落としますね!」

 

「葉さん?あっ、はい。お願いします!」


 瑠璃の元気な声を聞いて、葉は安心し、ロープを落とそうと、スマホのライトで下を照らした。


「…えっ?」


 その光景を見た時、葉は絶句した。

 彼の足元にはとてつもなく急な傾斜が存在し、立ち枯れた樹木が茨の様になっていた。こんな所に人が落ちたら、最悪転落死、そうで無くても、大怪我は免れなかった。


「葉、さん?」


 彼を見上げる瑠璃は、坂に背を預け、頼りない枯木の樹木を足場にして、精一杯の笑顔を作っていた。




「瑠璃、さん」


「えっと、葉さん、あの、その。あっ、ロープありがとうございます。それで何とかなりそうです」


 瑠璃は努めて明るい声を出しているが、葉はそれどころでは無かった。


『なんだ、この坂。いったい傾斜は何度だ?こんな所をもし、瑠璃さんが滑り落ちでもしたら…』


 そう考えて葉は全身に悪寒が走り、慌てて、瑠璃にロープを投げる。


「瑠璃さん、早く、これを体に!いや、もう俺が限界まで手を伸ばします。俺の手に捕まって!」


 焦り出した葉に対して、瑠璃は気丈にふるまう。

 彼女はロープを受け取って笑顔をつくる。


「大丈夫です。もうロープもありますし、それにこの足場の木、か弱そうに見えて、意外としっかりし―」


 バギィ!!


 激しい音をたて、瑠璃の足場の木の一部が裂けた。

 それは傾斜を滑り落ちていくが、下方に生えているに樹木にガンガンとぶつかり、どんどん小さくなって、暗闇の底に吸い込まれていった。

 まるでここから落ちた人間の末路を現しているかの様だった。


 それを見て、葉も瑠璃も血の気が引いていった。


「早く!俺に捕まって!このままだと瑠璃さんが!」


 葉はもうなりふり構わず、彼女に手を伸ばす。

 しかし、彼女は頑なにその手を取ろうとしなかった。


「私なら大丈夫です。それより葉さん。ロープ、体に固定できました。そのまま、引いて下さい。お願いします!」


 瑠璃の様子に不安を抱く彼だったが、彼女の身の安全が最優先なので、黙って言う通りにした。


「瑠璃さん、引きます!せーの!」


 葉は腕に限界まで力を込めて、ロープを少しずつ引く。

 彼女の体は傾斜を少しずつ昇っていく。


『よし、これなら大丈夫だ。後はロープが切れない様に…』


「葉さん。ごめんなさい」


「瑠璃さん?」


 彼は彼女の弱々しい声を聞いて、怪訝そうな顔をする。

 彼女は何かを隠すように無理矢理笑顔を作っていた。


「私の、私のせいでこんな事になって。私、本当にダメですよね。美世さんから貰った浴衣をボロボロにして、今も待ってくれている葉さんのお友達にも迷惑をかけて、そして、葉さんにはずっと迷惑かけている」


 彼女は言葉を紡ぐ度、その声が震えてきていた。

 彼女は泣きそうになっていた。不甲斐無い自分に。


「そんな事無いです。瑠璃さんのせいなんかじゃ無いです」


『これは、俺のせいだ。俺がもっと、色々考えていれば、みんなで花火見て、彼女の中にまた新しい楽しい思い出ができたかもしれない。全部壊したのは、俺のせいだ…』


 葉も瑠璃と同じく後悔の念に押しつぶされそうだった。


 しかし、そんな彼らに待っていたのは更なる試練だった。


 ブチブチッ…


「クソッ!嘘だろ!?」


 ロープが重さに耐え切れず、音を立て切れ始め、そして


 ブチンッ!


「あっ…」

「瑠璃さん!」


 ロープは大きな音を立てて、千切れ、瑠璃の身は再び闇の中に消えそうになる。

 しかし、幸いだったのは葉の手が届く範囲まで彼女が登ってきていた事だった。

 彼は瑠璃に手を伸ばし


 ガシッ!


 その手を掴んだ。



「良し!瑠璃さん、今引き―」

「ダメ!葉さん!!」



 ゴアッ!!


「えっ?なっ…」


 瑠璃の手を掴んだ葉は体から左手にかけて、もの凄い勢いで力が吸い取られていくのを感じた。


『この脱力感…、覚えがある。でも、以前よりもずっと強力だ。でも、何で。瑠璃さん、恥ずかしがってなんか…』


 そこまで考えて、葉はハッとなる。

 彼は不安そうな顔で瑠璃を見ると彼女は葉の顔を見ずに俯いていた。


「瑠璃さん…」


「ごめんなさい。葉さん。私は今…」




「男の人の手が怖いです…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る